七夕の紡ぎ
一話完結の短編小説です。
こちらはもう一つの短編、「女神たちの奮闘記?」とリンクした小説となっております。
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。
まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っている。そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校。
この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。
服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
そのイナは本日行われる夏祭りにときめきを感じていた。七月七日に行われる七夕も兼ねた地域の祭りである。
「ああ~七夕祭りだ~♪花火上がるかな~。」
イナは晴天の青空の中、神社内でルンルンと踊る。現在は日が登ったばかりの明け方だ。イナがいつも起きたことのない時間だが何故か目覚め、すぐに友達であるヤモリを呼んだ。
麦わら帽子にシャツにスカートといった少し地味な格好で現れた彼女は朝早くから電話で起こされ機嫌が悪かった。
「君ね、今何時だと思ってんの?五時だよ!五時!コーヒー飲みながらくつろぐ時間よりも早いよ?」
「夏祭りだよ~!地味子!」
イナはノリノリでヤモリに詰め寄る。
「地味子じゃないってば……ヤモリ!……というか、お祭り開始は十時からでしょうが!こんな時間からノリノリで何してんのよ……。」
ヤモリは深いため息をついた。ヤモリは龍神である。民家を守る神、ヤモリとして人々を守っている人間の目に映る神様だった。だが、他の龍神に比べ、地味なのでまわりからは地味子と呼ばれている。
「花火あがるかな!」
「あがるでしょ。今日晴れだし。……ん?君のとこも天界通信来ているの?」
ヤモリはノリノリで踊っているイナの横に落ちている新聞を拾い上げた。
「ん?ああ、うん。来ているけどつまんないんだよねー。」
「まあ……君はお子様だからね。」
興味なさそうにしているイナをよそにヤモリは天界通信という神特有の新聞に目を通しはじめた。
「エジプトからはるばるアヌビス神緊急来日……?日本の墓を視察。うむ。悪くない。ところでかき氷を食べてみたいのだがどこか有名だ?とコメント……。ふーん。まあ、日本のかき氷、色々フルーツとか乗ってておいしいからね。凄いエンジョイしているみたいだね……アヌビス神。」
「かき氷!夏祭りだね!」
イナは再び輝きを取り戻した。ヤモリはまた深いため息をつき、イナの頭をポンポンと叩いた。
「だからさ、まだ五時だからね。一回寝て、また起きたくらいがちょうどいいと思うよ。」
と、いう事でイナとヤモリはイナの神社で少し眠った。人間が社を開けても御神具があるだけだが神々が開けると霊的空間が開き、生活感丸出しの部屋になる。
御神具が霊的空間を開くための鍵となっていて人間でいう、家の鍵のようなものだ。
その社内で二神は爆睡した。
しばらくして鳥の鳴き声でヤモリが起きた。イナは朝のハイテンションのせいかぐっすり眠っている。
ヤモリはとりあえず時間を確認した。
「っふ!?」
ヤモリは変な声を上げると腕時計を何度も確認した。
「に、二時!ちょっと!イナ!起きて!」
ヤモリは慌ててイナを叩き起こし、腕時計を見せた。イナははじめ眠そうにしていたが瞬きをする内に目が覚め、目を見開いた。
「ね、寝過ぎた!」
イナは蒼白の顔のまま慌てて外へと飛び出した。ヤモリも後に続いた。
「まだ、お祭りやっているけど朝から行きたかったね……。」
ヤモリはふああとあくびをすると登りきった太陽に向かい伸びをした。
「ヤモリ!行こう!」
「うわわっ!ちょっと!」
イナはまだ眠そうなヤモリを強引に引っ張り走り出した。遠くの方で祭囃子と人々の声が聞こえる。ちょうど賑やかになってくる時間帯だ。
「私とした事が!お祭りに爆睡なんて!」
「朝からあんなハイテンションだったからだよ……。」
イナの言葉にヤモリはため息をついた。二神は神社の階段を降り、学校を通り過ぎ、竹林の田舎道を下り、山のふもとを目指し歩いた。
一本道の田んぼ道を抜けて駄菓子屋を通り過ぎ、少し大きな通りに出ると眼前に海が広がっていた。海は太陽に照らされキラキラと輝いてきれいだったがイナとヤモリはそれを見ている余裕はなかった。
ここまで来るのに一時間ほど時間を使った。おまけに暑いため、ヤモリはぐったりしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……。えっと……この海沿いの道をまっすぐ行くと運命神、天之導神の神社……周辺で祭り、夜八時から海岸で花火大会ね……。」
ヤモリはフラフラとイナの後に続いていた。海を見ている余裕はなく、灼熱の太陽にただ汗をぬぐうばかりだった。
さらに頑張って歩くと神社が見えてきた。階段下で沢山の出店が出ており、人々が沢山祭りを楽しんでいた。
「やっとついたぁ!ヤモリ!かき氷買ってきて!」
イナは再び元気を取り戻し、ヤモリにかき氷をねだった。ヤモリは人間と共に生活する神なので人に見えるがイナは人間には見えない。
「はいはい……。あ、その前に運命神に挨拶しなくていいの?」
「ああ、しなきゃだね。」
イナはふうとため息をつくとヤモリと共に神社に向かった。この運命神が住む神社は縁結びや運勢などを占える神社である。当たりすぎだと評判もよく、なかなかの信仰を集めている神だ。良い事も悪い事も容赦なく伝える。それがこの神社の醍醐味であった。
神社の階段を登り、鳥居の前で軽く頭を下げるとイナとヤモリは境内に入った。
「うーん……やっぱりきれいな神社だね。」
「ねぇ……。」
ヤモリとイナはおみくじで並んでいる人々を眺めながら運命神を探した。
「お?地味子に学校の稲荷神じゃないか。元気してた?」
ふとすぐ近くで軽い感じの男の声がした。イナとヤモリは声が聞こえた方を向いた。
そこには岡っ引きのような格好をしている男が立っていた。黄土色の癖のある髪に幼い風貌が残る表情、右目の眼帯が目立つ。顔の割には身長が高く、かわいらしい顔のお兄さんといった感じだ。
「運命神、夏祭りに来たよ!これからかき氷食べに行ってくる!」
イナはこちらに歩いてくる運命神に手を振った。運命神は下駄を鳴らしながらイナとヤモリの前まで来るとニコリと微笑んだ。
「おみくじは?引いてかないの?」
運命神はイナの頭を撫でながらおみくじ販売所を指差した。
「おみくじ怖いからやだー。」
イナは頬を膨らませ運命神を見上げた。
「そうかあ。まあ、おみくじは気休めだから完璧に信じなくてもいいよ。」
運命神はサイコロを投げながら小さく笑った。微笑んでいる運命神を見つめながらヤモリはサイコロに目を向けた。
「ねえ、君、まだ近くの神々集めて丁半博打やっているの?」
「ん?まあ、運試しでね。別に本気じゃないよ。」
運命神はまたケラケラと笑った。
「ふーん。まあいいけど。」
「ああ、それよりさ、地味子、あんた、人間に見えるんだろ?」
運命神は突然、ヤモリに質問を投げかけた。
「……地味子じゃないのに……。……見えるけど何?」
ヤモリは機嫌悪そうに答えた。
「実は、この神社の裏で仕事上がったばかりなのかわかんないけどスーツ姿の青年がいてね、祭りに似合わず、すげぇ暗い顔してんだよ。あれはなんかあるかもって思ってちょっと話を聞いて来てほしいんだ。なんだかすごく目立つから気になってしょうがない。」
運命神は大きな社を指差し、ため息をついた。
「ねえ、それってそっとしておいた方がいいんじゃないの?」
「まあ、そうかもしんないけどさ、解決してあげたいんだよ。でも僕は人に見えないからさー。」
「何?人助け?ヤモリ!行こう!」
乗り気ではないヤモリをイナが引っ張り出した。
「ええー……。絶対放っておいた方がいいやつだよ。」
ヤモリは嫌々ながら大きな社の裏側に回った。心配そうに運命神も後をついて来た。