流れる過去
短編です。この短編も五話目を迎えました。
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。
まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校。
この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。
元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
その人間の少女のようなイナは現在とても怯えていた。
「どうしよ~……。もうすぐ暗くなるし……雨が降るし……。」
現在は梅雨の時期である。空は曇天で今にも雨が降って来そうだ。
「あ~……どうしよう……。なんでこんな大事な時に地味子が来ないんだよぉ……。」
イナは落ち着きなくウロウロ神社内をまわると賽銭箱に腰かけた。
「お化けが……お化けが出るんだよぉ……。」
イナは半泣き状態で怯えていた。イナが怯える原因となった出来事は少し前に起きた。
三時間ほど前の事だ。ここの神社に学校が終わったばかりの男の子二人組が遊びに来た。
遊びに来たといっても暴れに来たわけではない。学校に持って来てはいけないと言われているポケットゲーム機をランドセルに忍ばせたはいいが学校でする勇気がなく、帰りに神社に寄って友達同士でゲームをやりに来ただけだ。
イナは人間に見えない神なので男の子二人の様子を楽しそうに眺めていた。
「何やってんの?それ何?なーに?」
イナは男の子のまわりをまわりながらゲーム機を興味津々に見つめていた。
イナの声はもちろん、男の子達には届かない。男の子達は近くの丸太に腰かけ、ゲームの電源を入れる。
「……なあ。」
男の子の一人が騒いでいるイナをよそにもう一人の男の子に話しかけた。
「ん?」
もう一人の男の子はゲーム機に目を向けながら答えた。二人は無線で対戦ゲームをやっているようだ。
「今日、夜から雨だってさ。あ、俺、才蔵な。お前何キャラで行く?」
「夜からか。明日サッカーしたいんだけどグランドぐちゃぐちゃだよな。……俺、サスケで行く。ライフは二個でいいよな?」
「いいよ。必殺呪文のタイム何秒にする?八方手裏剣何個がいい?」
「十でいいんじゃん?八方はなしにしようぜ。」
男の子達は対戦ゲームのルールをカスタマイズしているようだ。
「じゃ、やるか。」
やがてはじまった対戦ゲームにイナは目を輝かせた。
「凄い!なんか忍者が凄い速さで動いているよ!」
イナは男の子達の後ろから画面を覗いている。
「そういえば、ねーちゃんが中学の時さ……、必殺カツラ剥き!」
「くそっ!忍法微塵切り!……で?お前のねーちゃんが何?」
男の子達はゲームの会話をしながら別の会話をしている。器用な子供達だ。
「梅雨入りの時にいつも言う怪談があってさー。お、クナイ落ちてた。補充っと!」
「あーっ!なんで俺の近くにはアイテム来ないんだよ!……怪談?」
「なんか、すごい天気が良かった日に母さんが洗濯物を干してそのまま買い物に行ったんだってよ、それで……あーっ!くそ!サスケが消えやがった!」
「ここだよーっ!地味に攻撃!地味に攻撃!……で、なんだよ。」
ゲームが白熱しているのか先程からピコピコと音が忙しなくゲーム機から鳴っている。
「それでだんだんと空が曇って来て雨が降りそうだったんだって。そんで……よっと!アイテム~ラッキー。……そんで、ねーちゃんが家に一人でいてさ、ねーちゃん、天気が悪くなっている事気付いてなくて……。」
「やっとアイテム来た!……気づいてなくて?」
「雨が降って来た事も気づいてなくて……、外で蛙が鳴きはじめたのも気づいてなくてさ、何してたか知らんがぼーっとしてたんだろな、……そんな時だ、その地味な攻撃やめてくれー!リアルにHP減る!」
「俺は手段を選ばない!……そこで会話切るなよ。気になるだろ。」
男の子達は手を忙しなく動かしながら会話をしている。最近の子供はとても器用だ。
「突然、家のドアが開いてねーちゃんが倒れるくらいのすんごい風が吹き抜けたんだってさ。ドア閉めてたんだぜ?
それが変な方向から開いて突然突風。ねーちゃんびっくりして風が抜けてった方を見たんだって、そんで雨が降ってきている事に気がついて慌てて洗濯物を中に入れたらしい。
そん時、外は風が全然なくて洗濯物も一枚も飛んでなかったんだって。すぐ隣のおじちゃんに聞いてもそんな強い風はなかったって言ってたんだってさ。」
「……こわっ!それ、おまえんちのねーちゃんが嘘言ってんじゃねぇの?」
「それな!母さんがその後家に帰って来たわけよ。そしたら、風が吹き抜けた廊下に置いといた物が全部ひっくり返ってたんだってさ。
その廊下、そのまま玄関に繋がってたんだけど母さん玄関のドア閉めといたはずなのに開いてたって言ってて、玄関の外に置いといた物は飛ばされてなかったんだってさ。」
「こわっ!めっちゃこわっ!」
男の子は手を止め、怯え始めた。
「隙あり!カツラ剥き剥き!」
「うわっ!ちょっ……まじかよ!」
一瞬手の止まった男の子に怪談を話した男の子が攻撃を仕掛け、見事勝利を収めた。
「手段は選ばない!ひひひ。」
「……嘘かよー……。」
「嘘じゃねぇよ。その話はマジ。つーか、雨降りそうだな。帰るか。」
男の子二人は空を見上げ、ポケットゲーム機を再びランドセルに入れた。
「だな。……おまえんち、ぜってぇ幽霊いるよ。」
「雨降りの夜は気をつけろってなんか漫画で読んだことあるな。なんか怪異がいっぱいおこる奴。」
「そんな漫画ばっか読んでるから怪異に遭うんだぞ……。この神社も不気味だし……。」
片方の男の子は完全にビビっていた。この手の話は苦手のようだ。
「確かに。なんか怖くなってきた。暗くなってきたし。」
男の子二人はランドセルを背負うと暗くなっていく空に若干怯えながら足早に去って行った。
ひとり残されたイナは暗くなっていく空を背に呆然としていた。
「……お化けが……雨の日の夜にお化け……。この時期の雨が降る前にお化けが……。」
イナは男の子達の会話を繋げ、頭の中で勝手な怪談話を作ってしまっていた。
イナが青い顔をして辺りを見回すとざわざわと木が揺れた。
「ひぃ!」
ただ風で木が揺れただけなのだがイナは過剰に怯えていた。社の扉がカタカタ鳴っただけでも飛び上がるほどに驚いた。
「お、落ち着け……自分。大丈夫。きっと地味子が来てくれるから。」
そう心を落ち着かせ、しばらく友達の神を待っていた。
こうしてしばらく待ち、今と重なる。
「来ないじゃん……。なんでこんな時は来ないの?」
イナは怯えながら仕方なしに社の扉を開いた。社の扉を開くといっても人間に見える扉ではなく、神々にしか見えない霊的な扉の方だ。霊的な扉は普通の扉に重なっているように存在していた。
人間達に見えている扉の方を開けると御神体や神具などがある。それが霊的空間を出すためのものとなり、イナは霊的扉を開ける事ができる。
つまり、神具などは神々からすれば家に入るための鍵なのだった。霊的扉を開けるといつもイナが生活している霊的空間に入る。
霊的空間は大きいモノではなく床が畳になっている小部屋が一つだけ存在しているだけだった。おそなえものなどを置いておく食糧庫と後は布団しかない。
イナは蝋燭に火をつけて部屋を明るくするといそいそと布団を敷いた。
「きょ、今日は早く寝よう……。寝てればお化けも帰って行くはず……。」
イナは布団に入ると目を閉じた。しかし、一向に寝付けない。むしろ、だんだんと恐怖心が強くなってくる。風か何かが扉に当たる音でイナは耐えきれず飛び起きた。
「……ダメだ!ダメだあ!もう、地味子に連絡しよう。来てもらおう!」
イナは小部屋の隅に置いてある黒電話から友神に連絡を入れた。
「はい。こちら家之守神社です。」
「ねえ!もしもし!地味子!地味子!」
「ん?イナ?何よ。こんな時間に電話とか。それから私はヤモリ。地味子じゃないってば!何度も言ってるよね?君。」
電話の奥の女性は少し怒っていた。地味子と言われるのが嫌だったようだ。
「ごめんなさい。もう言わない。それよりも……うわっ!蛙が鳴き出した!」
「蛙くらい鳴くでしょ。雨が降りそうだから蛙が雨雲でも呼んだんじゃない?」
イナの神社の周りで突然蛙が一斉に鳴きはじめた。イナは怯えながら電話の奥にいる友神、ヤモリに必死にお願いをした。
「お願い!今からうちに来て!できれば五分以内に!」
「えー……今日は雨降るって言ってたし……こんな時間から遊ぶの?明日にしようよ。明日は晴れるって天気予報でやってたよ。まあ、また夜から雨みたいだけど。」
ヤモリは呑気にイナに答えた。
「だ、ダメ!今からじゃないとダメ!うちに泊まりに来てよ……。お願いだよォ……。」
「どうしたのよ?なんか声が涙声だし……必死そうだし……まあ、今日は別に何もないし、わかったよ。今から行くね。」
「わあい!良かった!あ、ごはんごちそうするよ!」
イナはほっとした顔で頷いた。
「ほんと?じゃあよろしく。私もなんか持ってくね。」
ヤモリはイナの反応を不思議に思いながらも電話を切った。