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Ⅳ.望まぬ展開

 「あ? 誰だよ、ヨシュア」


 国王の問いに答えたのは、呟いた張本人ではなく副団長だった。


 「ヨシュア君とは確かご自宅から道一本離れたパン屋の息子さん、十二歳でしたか。面倒見のいいスカーレット様を姉と慕い、そして大きくなったら婿になると宣言しているのですよね。ふふ、子供は純粋で可愛らしいですね」

 「ちょっと何で知ってるの!? 怖いんだけど!」


 先ほど知り合ったばかりの相手の情報をここまで詳細に知られているとは。思わず全身に鳥肌が立った。


 「歳の差はいくつだと思ってるの。そろそろ冗談はやめて可愛いお嫁さんをもらえるように励みなさい」と、スカーレットがたびたびヨシュアに言い聞かせていたことを思い出す。この場で冗談を言ったのが彼だったら数倍良かったのに……。そう思わずにはいられない。

 個人情報を既に入手しているらしい副団長は、爽やかに微笑んでみせていた。余裕の笑みに、この類の人種に深く関わったら最悪だと判断する。絶対に、性質(タチ)が悪い。数歩後退りし、視線を前方の三人に向けた。


 「そう警戒心をむき出しの顔をされると心苦しいのですが、あなたに危害を加えるつもりはありませんのでご安心ください」


 憂いの色を浮かべた宰相が儚げに微笑む。いきなりで申し訳ないと、目が語っていた。それはこの場に強制的に連れ込んできたことか、それとも裸の男を見せられたことに対してか。だが悪いと思っているのならすぐに解放してほしい。


 「仰っている意味がさっぱり理解できておりませんが、お断りさせていただきます」


 番の最有力候補って何よ? 意味不明だ。

 国の最高権力者相手に真正面から断るという暴挙を働く一般庶民は、前例がなかったりして――なんて頭の片隅で考えられる程度の冷静さは取り戻している。未だによくわかっていないが、どうやら何か法を犯したわけでもないらしい。向こう側が何らかの取引を持ちたいと思っているのなら、こっちの言い分にも少しは耳を傾けるのでは? ……という淡い期待は、粉々に砕かれた。


 「それはできません」


 きっぱりと断る宰相に、先ほどの憂いは見えない。中性的な美貌が際立つ笑みを彼女に向けた。


 「あなたは現在、国王陛下の番に一番近い女性です。正確には番になり得る可能性が極めて高いという言い方が正しいでしょうか。代々王の番に選ばれる王妃は、王の本来の姿が見える女性……つまり、あなたなのですよ」

 「……は?」


 思考が一時停止した。先ほどの竜が一体何なのかも説明されていない。王様は竜で、竜の姿が見える女性こそが番に選ばれる条件? んなバカな。口元がひくりと引きつる。


 「竜なんて、迷信でしょ? 神話の世界の生き物でしょう? 私はただ飲みすぎで幻覚を見ただけなのよね?」


 嘘でもいい、誰か頷け。

 だが心の願いは、叶わなかった。


 「酔っ払いだとでも言えば逃げられるなんて考えは甘いぞ。毎年この祭りには、俺は元から竜の姿でしか表に出ねーんだよ。大抵の人間には、人にしか映らない。だが稀に竜の姿が見える奴がいる。そいつらは今じゃ竜の血なんてほぼ無に等しい国民の中でも、濃い血を持つ者だ。この国を作ったのが竜だなんて迷信じゃねえ。あれらの神話はまぎれもなく、事実なんだよ」


 裸マントの国王が脚を組み替えた。野生的な筋肉質の身体はマントで隠されているが、脚は見える。鍛えられた脛を見て、スカーレットは思いっきり顔を背けた。


 「陛下、そろそろお召し物を」


 宰相に言われ、とりあえずガウンに着替えたらしい。話の内容にもついていけないが、この国王の裸をいきなり見せ付けられる展開にもついていけない。肉親以外の男性的な肉体をもろに見るなんて初めてだ。

 絶世の美丈夫で国中の若い女の子の憧れの的なんて言ったの誰だよ。口調からして王様らしくない。羞恥に耐えるスカーレットは内心叫ぶ。


 「す、数千年前この国を作ったのが仮にもし本当に竜だったとして、国民全員にも多かれ少なかれ竜の血が混ざっているとか到底信じられないんですが……。国王様が竜になれるってことは、ほかの方も竜になれる可能性があるってことですか?」


 とんだ大騒動じゃないか。何らかの拍子にポンッ! っと竜に変身なんてしちゃったら、驚くだけでは済まされない。


 「いいや。血が比較的濃い貴族でも竜にはそう簡単になれねぇよ。俺がなれるのも、先祖がえりってやつだ」


 先祖がえり? つい説明をくれそうな宰相を見やると、心得たように彼は一つ頷き、形の良い口を開いた。


 「王族は我々の中でもっとも竜の血が濃い竜族の人間です。ですがやはり血の濃さには個人差があり、竜へ完全に変化を遂げられる者が歴代の王に選ばれます。身体的な特徴としては、赤髪に金の瞳。初代の国王がまさにその色を宿しておりました」


 この国に降りたったのは赤竜だという神話は、こんなところで証明された。人間に姿を変えた竜は、まさに国王ゼルガと瓜二つなんだとか。


 「つまり、血が濃い人間はその色素を濃く持って生まれてくる。王侯貴族の連中には赤みがかった髪色を持つ者が多いのはそのためだ。まあ、金色の瞳は王族にしか受け継がれていないがな」


 はあ、と思わず気のない返事を返せば、「他人事じゃないぞ」と指摘された。


 「お前のその赤茶色の髪と琥珀の瞳。最近じゃ見ない組み合わせだが、まさしく竜の血を証明してるじゃねーか」

 「えっ!?」


 (私も!? んなバカな!)


 「ご家族の中でスカーレット様だけがその色合いをお持ちなのですよね。やはり先祖がえりかと。我々を除いた国民の中で、どうやらあなただけが陛下の竜の姿を視認できたのもその所為ですね」


 何故急に見えたんだ? との問いに、思わず詰まる。

 ……言えない、王都に住んでおきながら、広場に行くのが面倒だったなんて。

 冷や汗を流す彼女は、「家が自営業だから忙しいのよ。今年はお休みすることにしたから、時間が出来て広間に行けただけ」と答えた。

 嘘ではない。でも本当は時間があっても行く気はなかった。レイラに誘われなければ、わざわざ人ごみの中をもみくちゃにされながら歩くことはなかっただろう。小春日和とはいえ、大勢の人の熱気は真夏日と同じくらい疲れそうだ。なるほど、と彼等はすんなり納得したらしい。

 いろいろ疑問点は残るが、スカーレットの頭はそろそろパンク寸前だ。一度に全てを詰め込んだら確実に知恵熱が出てしまう。


 「よくわかってないけどとりあえずわかったので、帰っていいですか」


 げんなりした顔で何度目かの帰宅したいアピールは、望まない方向へ進んだ。


 「そうですね、詳しいご説明はまた後日。お疲れでしょうし、すぐにスカーレット様の部屋へ案内させましょう」


 えっ? 待った。違う、そうじゃない。

 必要なのは王宮への案内ではなく、狭いながらも居心地のいい自室なのだ。

 がさつに見えても一応乙女。毎日お気に入りの花を花壇から摘んで、窓辺に飾っている。素朴で平凡な癒しが欲しいのであって、決して煌びやかな生活が送りたいわけじゃない。

 タイミング良く扉がノックされる。副団長の部下と思しき騎士の二人が入室許可された。そちらに気をとられていたスカーレットは、忍び寄る気配に気づかない。

 振り返った彼女は、自分の背後にたたずんでいた国王に驚き悲鳴を上げた。


 「おい、俺を見て黄色い悲鳴以外をあげる女は初めてだぞ」

 「だ、誰だっていきなり背後に立たれていたら、悲鳴を上げると思いますがっ!」


 (近い近い近いー!)


 至近距離に、庶民からしてみれば雲の上のお方が自分を見下ろしている。普通同じ空気を吸うこと自体ありえない現象だ。国民の間では賢君と名高い国王陛下がこんな砕けた口調で話し、そして露出趣味のある変態だとは思わなかったが、初めから彼に憧れていない自分の傷は浅い。出来ることなら全ての未婚女性に、憧れを持つのは勝手だが現実はむごいことを教えてあげたい。

 きっちり合わさっていないローブから、逞しい胸板が覗いて見える。男らしく引き締まった筋肉、太い首。成人男性の鎖骨と首の筋はどこか色っぽく、また薄っすらと生えた胸毛も野生的な色香を出しているが――


 (無理無理! いろいろと無理!!)


 恋人はいない、男性にも慣れていない初心な彼女には、国王の男性的な色気は強すぎる。思いっきり距離を開けようとしたが、それより先に彼がスカーレットの手首を掴んだ。

 女子としては身長が高めの彼女より、頭一個半は高い国王は、自然な動作で彼女の胸部へ手を伸ばす。


 「布か何かで潰してるのかと思いきや、見た目どおりの残念さ……。俺の好みはボン・キュッ・ボンの色っぽい姉ちゃんだから安心しろ。お前じゃまったく食指が動かねえ」


 さわさわと撫でるようにというよりしっかりと、ささやかに主張する胸を掴まれた。頭が真っ白になったスカーレットはその瞬間、握り締めたこぶしで痴漢行為を働く国王の頬を殴り飛ばす。


 「ギャー!? 何するのよドスケベ男ー!!」

 「ぐっ」


 その場に居合わせた宰相、副団長、そして騎士の二人も思わず唖然とするほど、見事な右ストレートだった。手首の拘束が緩んだ隙に距離を置く。きれいにスカーレットの拳を食らった国王は、油断していたのだろう。口の中を切ったらしい。


 「ふふ、ははは……、いーい度胸じゃねーか。俺をグーで殴りつける女は初めてだぜ」

 「初対面で胸を鷲づかみする男に出会ったのも初めてだわよ!」


 顔を真っ赤にさせて憤るスカーレットに彼は鼻でせせら笑う。


 「鷲づかみできるほどない奴が何を言う。面倒くせぇから適当な理由つけて解放してやろうと思ったが、気が変わった。いい加減後宮に女をいれろとか、世継ぎを作れと周りがうるせぇのもうんざりしてた頃だ。頑固頭の大臣どもを黙らせるのに役立ってもらおうか」

 「は? 役立つって……」


 先ほど言われた”番”という言葉が頭に浮かぶ。殴った右手を左手でさすりながら、スカーレットはごくりと乾いた喉に唾を流し込んだ。


 「今のところ結婚適齢期の女で竜型が視認できるのはこいつだけなんだよな?」


 訊ねられた宰相が頷き返す。各地方に視察として回る時、堂々と竜の姿を晒しているらしい。一応国家機密を自ら曝露するとは、大胆すぎる。


 「色気のねぇガキなんざ好みじゃねーが、じゃじゃ馬を乗りこなすのも退屈しのぎにはなるか」


 にやりと笑う笑顔は世間一般の憧れの国王さまではなく、まさに裏社会の首領(ドン)の顔。どす黒い何かが滲み出ている。

 ひっ、と小さな悲鳴を上げたスカーレットを見つめたまま、彼は「連れてけ」と二人組の騎士に命じた。


 「ちょ、ちょっと! どこへ連れてくつもりよ!」


 騎士らしいエスコートに見えるが、しっかりと逃げ出さないように身体の自由を奪われる。拘束状態のまま、彼女は身をよじり振り返った。


 「活きがよすぎるから少し部屋に閉じ込めておけ。ちったぁ大人の女に成長したら相手してやるよ」

 ――ったく、番が自分好みとは限らねぇなんて世の中ままならねーな。


 そうぼやいた言葉を聞いた直後、扉がバタンと閉められた。わなわなとスカーレットの身体は怒りで震える。


 「そ、それはこっちの台詞だわよーー!!」


 静かな役所の最奥にまで、彼女の叫びは届いた……らしい。







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