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Ⅲ.連行

 わー! と地響きが聞こえそうなほど大きな歓声が沸きたった。気がつけば国王陛下のスピーチは終わりを迎えていたらしい。

 え、聞いてなかったんだけど。ってかそれどころじゃないんだけど! と内心戸惑うスカーレットの心情を知る者は、残念ながらいない。

 頬を紅潮させて拍手しているレイラに、スカーレットは思わず声をかけた。


 「ねえ、国王陛下って人間よね?」

 「は? あんた何言ってるの。人間以外の何だと言うのよ」


 怪訝な顔で片眉を器用に釣り上げた親友は、バッサリ否定した。周りを観察しても、誰一人驚いていない。国王陛下が実は(ドラゴン)でした――なんて、実は自分だけが知らないだけで、国民にはとっくに知れ渡っている公然の事実なのかと、バカな考えもよぎったが。その可能性はレイラが砕いた。

 という事は、つまり。


 「ヤバい、私酔ってるんだ……」


 普段は滅多に口に出来ない特別な果実酒だからって、グラス四杯は飲み過ぎたか。だがアルコール度数はそこまで高くない。食堂を営む姉達を手伝うスカーレットは、時折地元のおっちゃんたちの酒盛りにつき合わされる。飲み比べでザル認定までされているのに……と思うと、少々悲しくなった。


 「もしかして疲れたのかも。そうだよ、気づいてなかっただけで、実は疲れてたんだ」

 「は? あんた大丈夫?」


 身体は大丈夫だが頭はそうじゃない。残念ながら。

 力なく首肯し、再び陛下を確認する為顔を上げれば……バチッ、と視線が合った気がした。


 「っ……!」


 鋭い金色の眼光に、射抜かれた!?

 んなまさか。こんなに無数の人間がいる中で、たった一人を見つめるなんて気の所為かもしれないが、その瞬間スカーレットの身体に悪寒という名の電流が走る。

 これは、逃げるが吉だ。

 よくわからないけど、逃げろ。とりあえずこの場は人混みに紛れて逃げてしまえ。

 本能の訴えに、スカーレットは未だ興奮する民衆の間を縫ってこの場を離れようと決意した。


 「私、帰る」

 「え? もう? この後のメインイベントはどうするつもりよ」

 「私のメインイベントは食って飲んだら終わったわよ。人に酔ったみたいだから、悪いけどレイラは一人でダンス楽しんで……」


 最後まで言い終わらないうちに、「おや、それはいけない」と見知らぬ声が頭上から降り注いだ。柔らかで耳障りのいいテノールの美声。ポン、と肩を支えられるように抱かれて、ギョッとしたスカーレットは勢いよく振り返った。


 「お嬢さん、具合が悪いのでしたら私が救護室まで案内いたしましょう。さあ、こちらですよ」


 声と同様のイメージを持つ男。ハニーブロンドの髪にエメラルドの瞳。サラサラなストレートの髪は貴公子らしく清潔感に溢れている。温厚な性格をそのまま反映させた、警戒心を抱かせない甘い(マスク)は実に女子供から受けがいいだろう。年頃の少女なら思わずぽうっと見つめてしまうほどに。

 だがスカーレットの顔からは血の気が引いた。視線の先は男の顔ではなく、服にある。


 (真紅の軍服……って、確か国王直属の騎士団服じゃない!? しかもこの男、筆頭侯爵家次男のシュナイゼル・シュタイナー副騎士団長……!)


 騎士の中でも断トツに人気の男だ。社交界でその名を知らない者はいない。スカーレットのような一般市民でも、王都に住んでいれば当然知っている名前である。

 国王陛下と違い、彼の顔は覚えていたのが幸いだったのか、不幸だったのか。彼女の本能が発する警告音は、先ほどより大音量で鳴り響く。


 「い、いえ、お構いなく。副団長様のお手を煩わせるような事は……」


 やんわりと遠慮すると言っているのに、奴の手が肩を抱いているままだ。抱いている、というかもはやこれは拘束と言っていい。柔らかくがっちりと捕まっている。

 待て、冷静になれ自分。一体陛下直属の騎士様に目をつけられるような何をした。


 「どうか遠慮なさらず。この人混みです、体調を崩される方々を案内するのも我々騎士の役目。さあ、参りましょう。すぐに楽になりますから」


 最後の台詞が不穏すぎる! 裏があるように思えてならない。


 「良かったわね~スカーレット。お言葉に甘えてお願いしちゃいなさい。シュタイナー副団長様直々に案内してもらえるなんて、一生にあるかないかよ。シュナイゼル様、友人をどうぞよろしくお願いいたします」

 「ええ、レイラ嬢。ご安心ください」


 顔見知りだったのかこの二人。だがそういえばレイラはこれでも子爵令嬢だった。(そうは見えないが。)彼女の父経由で紹介されていてもおかしくはないし、社交界で顔も合わせているだろう。


 「いえ本当に結構ですから!」


 このままではどこに連れて行かれるかわからない。妙な焦りと共に抱かれている彼の手を振り払おうとしたら、身体の重心が崩れた。一瞬で浮遊力を感じ、咄嗟に彼にしがみつく。


 「失礼、顔色が悪いので運ばせて頂きます。危ないので私につかまっていてくださいね」


 (顔色が悪いのも危ないのもあんたの所為でしょうがー!)


 突然横抱きに抱えられ、暴れようとしたスカーレットにシュナイゼルは顔を近づけた。


 「熱もはかりましょうか?」

 「結構です」


 麗しの貴公子笑顔で己の魅力を最大限に使い、相手を黙らせる手腕は見事だった。羞恥と恐怖と混乱から、もはやなるようにしかならないと悟る。それにあまり騒げば、周りから呪いの視線を受けてしまう。ちょっとあの女何なの、シュナイゼル様にお姫様抱っこされてるわよ! と。

 そして親友はこの展開に驚いているのかと思いきや。「流石鍛えていらっしゃるわよね、軽々と持ち上げられるなんて。あんたあんなに食べて飲んでたのに」と感心していた。


 (そんなのいらないから!)


 何だこの状況と思う中、「では失礼します」とレイラに挨拶した彼に、スカーレットはこの場から連れ去られる羽目になった。離れた直後、彼の部下であろう騎士がレイラに声をかけているのに気付き、頬をぽっと染める彼女を見れば、もはや脱力感しかわいてこない。


 「どこに行くんですか……」

 「しっかり休める所ですよ」


 それって牢獄とかじゃないですよね?

 投獄される何かをしたわけじゃない。大丈夫だと納得させつつ、陛下がスピーチをした白亜の役場へ、裏口から入ったのだった。


 ◆◇◆


 何度目かの「歩けますから下ろしてください」の言葉に、ようやく聞き入れた副団長と距離をとりつつ、建物内を案内される。

 はっきり言おう。救護室を何故こんな内部に設けている。

 おかしい事には気づいていた。初めからとっくに気づいていた。役場の内部なんてよっぽどの事がない限り一般人には立ち入り禁止区域。

 救護室なんて言っておきながらそんな場所に連れて行かれない事には気づいていたが、流石に自分には縁遠い場所に連れて行かれると、心細いし怖い。

 優雅にエスコートしているようで食えない男を見やり、スカーレットは声をかけた。


 「いい加減、私を強引に連れ出した理由をお尋ねしても?」

 「あなたの具合が悪そうでしたから」

 「その見え透いた嘘はもういいから。具合が悪いというか気分が悪いわね」


 ヤバい悪寒は止まらないし、この男は柔和なくせに癖が強いし。くすりと優雅に笑う姿は、黒いものが見え隠れしそうだ。だが黒くなくては副団長なぞ務まらない気もする。

 どっちにしろ、関わりたくない。


 「それはいけない。ではすぐに気分がすぐれる飲み物でもお持ちしましょう」


 両開きの扉の前で、彼はぴたりと歩みを止めた。外壁と同じく真っ白の扉。ノックをし、中から「どうぞ」と声がかけられる。

 副団長にエスコートされる形でスカーレットは中に入るよう促された。嫌な予感はすぐに的中する。


 「来たか」


 重低音の、腰に響くバリトン。その声が発せられた人物は、部屋の中央にドンと鎮座していた。

 先ほどと一寸の違いもないほど、記憶の中と同じ姿。今は座っているが、立ち上がれば三メートルは余裕で超えるであろう。

 艶々の真っ赤な鱗は陽光をはじき、金粉をまき散らしているかのようである。黄金色の瞳、同じく真っ赤な鬣、そして角。

 先ほどの雑貨屋で見かけた愛嬌のあるドラゴンのぬいぐるみを巨大化させて、数百倍怖く凛々しくさせた姿。舌をぺろりと出せば多分似ている。目の前で非現実的な存在を直視して、スカーレットの思考は白く染まった。


 「ヤバい、やっぱり酔ってる……」


 ようやく声が絞り出せた。きっと寝れば回復するはず。やはり見なかった事にしてこのまま去ろう。


 「失礼しました。帰ります。さようなら」


 早口に呟いてぐるりと回れ右をした彼女に副団長は「ダメですよ」とやんわり行く手を阻んだ。優男に見えて、隙がない。コツン、と背後で足音が響く。


 「お越しいただきありがとうございます、スカーレット・メイゼンタール様。突然の無礼、お許しください」


 絶世の美形がそこにいた――。背中まで流れるさらさらな銀髪が印象的な男は、文官服姿だ。知的な容貌で、まだ若い。これが年齢不詳の美貌と噂の宰相閣下か……初めて間近で見た。

 偉い人から頭を下げられた! とスカーレットは戸惑う。宰相なんて普通に暮らしていたらまず会えない。なのに何故その一般人に入る自分が直接声をかけてもらっているんだ。警戒心はますます募る。


 「シュタイナー副団長、ご苦労様でした。メイゼンタール様、単刀直入に伺います」


 すっと、空気が僅かに張りつめた。肌にさす緊張感に呼吸が苦しくなる。

 視界の端にちらほら映る真っ赤な物体を捉えつつ宰相の言葉を待った。

 彼は実にいい笑顔で、その真っ赤な竜を指さす。


 「これ、何に見えますか?」

 「えっ……」


 何って、竜だ。めちゃくちゃ竜そのものだ。

 神話の世界からそのまま出て来た姿。ぶっさいくな竜のぬいぐるみを巨大化し、凶暴にさせた顔だ。

 が、この場で何と答えれば正解なのかわらかない。このまま厄介事に巻き込まれず済む方法は、何を言っているのかわからないとしらばっくれる事だじゃないか?


 「何、とは? 仰っている意味がわかりかねますが」

 「大丈夫ですよ、そう硬くならず。怯える事はありません。いきなり噛みついたりはしませんので」


 普通の人間もいきなり噛みつかないだろう。まさかこの男、見えてる? 

 くすりと宰相閣下は意味深な笑みを見せた。


 「あなたはとても素直な人ですね。顔に全て出ていますよ。あなたが見えているものを教えましょう。それはこの国の守護……」

 「人間です」


 バッサリと、無礼にもスカーレットは宰相の台詞を途中で遮った。

 彼女の堂々とした嘘に、彼は思わず呆気にとられてしまう。


 「いえ、隠さずともよいのですよ? あなたの目はしっかり上から下まで捉えていたではありませんか」

 「人間です。人間にしか見えません」


 人間だと周りは言い切った。ならば自分も本来なら人間の姿が見えているはずなんだ。多分今は酔っててどこかおかしいだけなのだ。――と思いこむ事で、この場を乗り切ろうとしたが。当の本人が、思わぬ行動に出た。


 『宰相を前にその度胸……嫌いじゃねえ』


 一瞬で、赤い竜は姿を変える。風圧を感じ目をきつく瞑った。風がおさまり恐る恐る目を開ければ、豪奢な椅子に腰かける赤髪の美丈夫が、足を組んで不敵に笑う。……全裸で。


 「……っ!? へ、変態――!!」

 「あ?」


 男は器用に片眉を上げ、目を眇めた。歳はまだ三十代半ばほどなのに、貫禄も迫力もある。美貌の宰相は呆れた声を男に投げ、近くに控えるシュナイゼルに目で合図した。


 「陛下。何故羽織り物を準備していなかったんですか」

 「さっぱり忘れてたぜ」


 ぱさりと真紅の豪奢なマントをシュナイゼルから手渡された国王は、膝丈までのそれをとりあえず纏う。顔を真っ赤にさせて後ろを向いたスカーレットは、内心叫んでいた。


 (ギャー露出狂―! ギリギリ見えてなかったけど、ちょっと国王って変態だったの!? そんな人が女の子の憧れって、ないわ! ってか竜が人にってどういう事よ!?)


 訳がわからなすぎる。ここに呼ばれた理由も、王の正体も。

 裸の男をいきなり直視させられ憤慨していた彼女だが、振り返っても大丈夫との声に恐る恐る従った。真っ赤に燃え盛る炎のような髪を後ろに撫でつけた精悍な顔立ちの男は、裸マントというマニアックな姿で足を組む。


 「周りくどいのは嫌いなんだ。めんどくせぇから単刀直入に言うぞ。先ほどまでの姿、見えていたよな?」


 嘘をついたらどうなるか――。無言の圧力を感じた。流石にここでしらばっくれるわけにはいかない。

 スカーレットはピリピリ肌で感じる威圧感に耐えながらも、観念して頷いた。ああもう、喉が渇いて仕方がない。


 「だ、そうだ。どうするよ? シド」


 顎でくいっと尋ねられた宰相のシーゼルド・フォン=カルマンは小さく頷く。そしてニッコリと、先ほど副団長が見せたのと同じ類の笑みを浮かべ、優しくスカーレットに告げた。


 「スカーレット・メイゼンタール様。あなたには陛下の番の最有力候補として、本日から陛下と同じ王城にお住まいいただきます」


 柔和な口調なのに、有無を言わさぬはっきりした命令。数秒思考が停止した。


 「……冗談はヨシュア君」


 冗談はよしてくださいという発言すらまともに出来ないありさまで、スカーレットはその場に立ち尽くしてしまった。

 







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