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Ⅴ.町案内

お久しぶりです。お待たせしました…



 「ねえ、スカーレット。これって何?」

 「水時計よ」

 「じゃあこっちは?」

 「星時計」


 へえ~、と目を輝かせるアルに、スカーレットは首をひねる。王都の中心部にある雑貨屋にて、アルは熱心にあれやこれやを手に取っては眺めていた。これといって珍しいものでもないのに、アルの瞳は子供のように輝いている。

 水時計は掌サイズのガラスの球体の中に、薄く色づいた蒼い水が半分より多く入っている。上部の突起を右に回せば、その水は次第にぽこぽこと泡を生み、穴が空いた蓋から蒸発された水分が外に出る。熱を伝導しない造りのガラスは、触れていても熱くはならない。完全に水が蒸発するまで三分の一刻。ピッタリ十分だ。十分間を計りたい時によく遣われる。

 ちなみに蒸発した水は補充が可能。突起を左に回せば蓋が外れる。しかし詳しい仕組みはスカーレットにもよくわかっていない。


 「星時計は砂時計と同じかな? でも砂が星型なんて、見たことないよ」

 「え? 砂は星屑の残りかすなんだから星型で当然でしょ?」


 文化の違いと常識の違いに、アルは苦笑する。この国ではそう言い伝えられているらしい。小首を傾げるスカーレットに、アルはふわりと微笑んだ。


 「あっちのお店も面白そうだ。本屋かな?」


 すっかり主導権を握られ振り回されているスカーレットは、急ぎ足で王子様の後を追った。その後ろをスカーレットの侍女のサーシャと、アルの侍従のエドワルドが追いかけた。


 (あれ、私はサーシャと二人きりで町に出かけたはずだったのに……。どうしてこうなった?)


 小動物並みに小柄で可愛く、つぶらな瞳が愛らしいサーシャを探す。彼女はどこか面白そうに苦笑した。

 

 ゼルガとウィステリアの使者である二人と対峙していたスカーレットだが、部屋を飛び出した後すぐに後悔する。あんな風に逃げ出せば、黙秘も何も気持ちを伝えているようなものじゃないか。アルの時は即答したのに、ゼルガの時は答えたくないなど。周囲にどう受け取られたか、考えるのも恐ろしい。

 だが本人にも未だにつかみきれていないのに、他人に説明など出来るはずがない。自室に戻る途中、足音立てず追いかけてきたであろうサーシャに、彼女は後ろを振り向かず声をかけた。


 「サーシャ、町へ行きましょう。何かおいしいものでも買い食いしたい」

 「今からですか? 日没まででしたら可能ですが」


 やはり返答が返ってきた。適当に言ってみただけなのに。気配を消すのは玄人並だ。

 それでも構わないと告げ、すぐに支度をする。先日こっっってりと絞られたため、一人で飛び出す無謀な真似はしなかっただけ、成長したと思ってほしい。本来なら護衛騎士であるシュナイゼルも来るはずだが、あの部屋に留まっているのだろう、姿が見えなかった。彼と一緒に町へ行くなど、想像だけでげんなりする。まず女性陣の視線が鬱陶しいことこの上ない。


 (よし、気づかれないうちに逃げよう! じゃなかった、遊びに出かけよう!)


 意気揚々と動きやすい普段着に着替え、城を出てすぐに背後から声がかけられた。アルとエドワルドである。


 「町に行くんだって? 僕達も案内してほしいな」


 にこにこと笑いかけるアルと、若干すまなそうにするエドワルド。女の子同士の買い物に割り込んでくるとは、神経が太い。さすが王子様といったところか。

 知らない間に動かれても困るか……。そう思い至り、スカーレットは了承する。羽を伸ばすのは、またの機会になりそうだった。そして真新しい物に目を輝かせる大きなお子様を案内してから、早数刻。一同は何故かスカーレットの実家、姉夫婦が経営する食堂に来ていた。


 「ようやく顔を見せに来たと思ったら、お客さんまで連れてきたのね。ゆっくりしていって頂戴。あんたはこっち、ちょっとでいいから手伝ってね」


 なかなかに繁盛している店に急遽手伝いとして借り出され、何でここを選んだとアルに恨みがましい目を向けたくなる。いや、実家がこの辺だと言った自分に非があるのだが。


 「スカーレット様、わたくしが」


 手伝いを申し出たサーシャに、いいから座っててと断った。ここは実家だし、この店にいる間はスカーレットはただのスカーレットに戻る。番候補ではない、下町の娘だ。

 精神的な疲労と肉体的な疲れを感じつつも、飾らないこの店の空気に触れ、徐々に気分が浮上した。気心知れたおっちゃん達が、「一杯やるか!」とスカーレットに酒が入ったグラスを渡してくる。景気づけに彼女はごくりとグラスを呷った。


 「いい呑みっぷりだね! さすがだよ!」


 盛り上がる店内、心地いい喧騒。見れば、アル達三人も緊張を解いていた。どこかそわそわと借りてきた猫のように落ち着きなかったが、今ではすっかりリラックスしつつ、この店自慢の料理をつまんでいる。大国の王族だけど、よかった。店の味は口に合うみたいだ。食が進んでいるのが見て取れる。

 ぐぎゅるるる、スカーレットの腹が盛大に空腹を主張した。緊張が解ければ空腹も感じる。傍にいたおっちゃんが椅子を引き、スカーレットにつまみを渡した。


 「ほら、ちょっと休憩しな。これ、新作なんだよ。うまいぞ」

 「じゃあちょっとだけ、お言葉に甘えて」


 揚げた芋に見えたが、中にはひき肉とゆで卵が詰められている。特製のピリ辛ソースで食べるのが美味しいらしい。切り分けられた半分を遠慮なくつまめば、ソースの辛さが絶妙すぎて思わず唸ってしまった。炒めたひき肉とゆで卵もボリューム感があって美味しい。

 

 「うまっ!」

 「だろ?」

 

 ニカッと笑う近所の酒屋のおっちゃんにお礼を告げ、席から立ち上がったところでおばさま方の盛り上がりが耳に届いた。今日はやけに早いな……なんて振り返れば、数名のおばさまに囲まれた三人がいた。もくもくと酒を飲むサーシャに、どこか硬いエドワルド。そして一番彼女たちの中心にいるのが、アルだ。


 (美少年、恐るべし……! さっそくおばちゃんたち手玉にとってるーー!?)


 しまった、変装させるべきだった。いや、服装はかなり簡素なものなのだが、生まれもった美貌というのはどんな服でも他者を魅了するらしい。美形が二人に小動物系の美少女が一人。目立たないはずがない組み合わせだ。


 (あれ、そうなると私が一番浮いてたんじゃない?)


 ……余計なことに気付かなければよかった。どうあがいても、自分はあの中に溶け込めそうにない。

 鎖国状態がまだ解かれていない国で、彼らも外国からの使者だとは言わないはずだが、これはまずい。あまり知り合いを多く増やすものじゃない。どこかで情報がぽろっと洩れたら、大変な事になる。

 水が入ったピッチャーを運びながら急いでテーブルに戻れば、自分の名前が会話に出てきて、足がぴたりと止まった。


 「なかなかいい人が現れなくってね~、番までは無理でもせめていい男がいないもんかと、心配してたんだよ。で、二人のどちらがスカーレットのいい人なんだい?」

 「え、いえ、私は決してそのような……」


 おばさま方の勢いに押され気味のエドワルドが戸惑いながらも否定する。ひたすら食べ続けているサーシャは相変わらずマイペースだが、誰とでも友好的になれるアルはその話題を避けなかった。


 「じゃあこっちの美少年? 名前は? スカーレットとはいつからの関係?」


 あれもこれも食べなと言いながら、三人のおばさま方は興味津々の様子でアルを囲む。まったく物怖じしない彼は、スカーレットが割って入るより先に「友達以上恋人未満だけど、僕はいつでも準備は出来てるかな?」などと、意味深な言葉を返した。

 「ちなみに彼女からはアルって呼ばれてる」なんてついでのように言ったが、それはどうでもいい。喜色満面で息を呑んだ彼女たちは、近くで口を開けたまま突っ立ってるスカーレットを急いでアルの隣に座らせた。


 「よかったじゃないかー! こんな可愛い子を見つけて!」

 「そうだよ、スカーレット。あまりにも縁が薄いからこりゃもう、私の遠縁の息子と見合いでもさせるかって思ってたんだよ。ちょっと頼りなくて甲斐性がないけどね」

 「うちの妹の息子も紹介しようかって旦那と話してたんだよ。まだ学生だけど、いい子だからさぁ」


 お節介なおばさま方三人に詰め寄られ、流石にスカーレットも慣れているとはいえ困った。酒が入ったおばさま方は絡むとしつこく、対処に悩まされる。しかも一番絡まれたら困る話題で何故……と、八つ当たり気味にアルを睨みつけたくなった。

 

 「頼りないのも困るし、年下はタイプじゃないから! ごめん、無理」

 「そうね、まあ男は甲斐性と稼ぎに包容力だしねぇ。で、その点この子は合格点? スカーレット次第らしいじゃないか」


 ついにモテ期が到来か……! 嫁に行くかもとは、彼のもとだったのか!

 妙な盛り上がりを見せ、おっちゃんまで集まって来た所で。がらりと入口の戸が開き、新たな客が店内に足を踏み入れた。

 シン……ッ。店内が一瞬で静まり返る。これ幸いとスカーレットは営業用の笑みを客に向け、入口を振り返った。

 

 「いらっしゃいま、せ……!?」

 「お前実家に帰ってくるたびに働いてるのか? 忙しいやつだな」


 呼吸音すら立ててはいけない緊張感が走り、誰かがごくりと唾を飲み込んだ。

 少なからず竜の血を受け継ぐ下町の彼らにも本能的にわかる。相手が誰なのかを。浮かぶ疑問は皆同じだ。何故王城にいるはずの国王陛下が、親しげに下町の食堂の娘と話しているのか。一瞬で視線がスカーレットに集まった。


 「な、なんで……」

 「日没まで帰ってこねぇから迎えに来てやった」

 「っ!」


 気づけば外はどっぷり暗い。すっかり夜の帳を下ろしている。当初サーシャと日没までに戻る予定だったのに、何故予定が狂ったんだ。少し休憩するだけで実家に寄ったのがいけない。そして酒を飲ませられたサーシャの判断力の低下と、アルとエドワルドの二人。つい時間を忘れてしまったのは、気が安らいでいた証拠か。

 前から後ろから視線の棘が刺さる。何これ痛い。どこにも逃げ場がないスカーレットが一歩後退ろうとした瞬間、ゼルガの長い腕が彼女をぐいっと引き寄せた。あろうことか、公衆の面前でスカーレットは腕に閉じ込められる。


 「……ちょっ!? なに!?」

 

 抗議の声を一切無視し、ゼルガはスカーレットの後頭部を自身の胸に押し当てた。まるで視線から隠すような大胆な行動。唖然とする客に、国王はニヤリと口角をあげて告げる。


 「こいつの貰い手の相談なら必要ない。俺が貰い受けるからな」

 「「「……は?」」」


 騒ぎを聞きつけた姉のエメルダが騒動を目の当たりにし、深々とため息を吐いた。


 「何やってるのかと思えば、あんたまさか陛下に内緒でま~たうちに帰って来たの? ……国王陛下、本当によろしいのですか? この子が番って実は冗談だと思ってたんですけど」

 「一度貰い受けたものは最後まで俺のものだ。返品する気はないから、安心しろ」


 思わず見惚れてしまいそうになる不敵な笑みを向けられ、エメルダはひとつ頷き頭を下げた。未だ呆けている近所の常連客に、「というわけだから、この子は嫁に行くのでひとつよろしく。でもちゃんと発表されるまでは黙っててね」と最後にくぎを刺す。


 (待って、なにこの決定事項……! それに公衆の面前で抱擁って……!)


 息が苦しい。声をあげたくてもあげられない。

 ペチペチとゼルガの胸板を叩き、ようやく腕の拘束を緩めてもらった。顔を真っ赤に染めたスカーレットは、迎えに来たゼルガに向かって叫ぶ。


 「ふ、くを着ろー変態ーー!!」


 あろうことか上半身裸のまま店に現れた彼に告げたその一言は、至極真っ当だった。常連客の彼らが唖然としていた理由のひとつがこれか! とようやくわかった。

 

 「お召し物はどこで落とされたんですか? 陛下」

 「わからん。ちゃんとシャツを羽織っていたはずなんだがな」


 (はじめから着てなかったんじゃないの!?)

 

 しれっと答えたゼルガはエメルダからの厚意を丁寧に断り、上半身を晒したままスカーレットを担ぎ上げる。


 「ギャッ!」

 「相変わらず色気のねぇ」

 「失礼ね! 触るな変態っ」


 結局そのまま店を後にし、店先で停泊していた馬車に押し込められた。近衛騎士がもう一台馬車を用意しており、残りの三名とは別々になった。

 扱いが雑すぎる。なのに、堂々と俺が貰い受けるなどと言うとは。

 冷静になれば、時間差でじわじわと心が侵食されてくる。


 (あ、あれ……、なにこれ。恥ずかしい……!)


 思い出して赤面するスカーレットに、ゼルガが怪訝な顔で見つめていたことなど知る由もなく。彼女はひたすら自分の中で生まれた何かを探り続けていた。


 ◆ ◇ ◆

 

 「時間の猶予より先に答えを出すとはね。随分とまあ、直情的というか、これが本質なのかな?」

 

 国よりも彼女を選ぶと行動で表した国王は、先ほど明らかにアルに対して言っていた。お前の出る幕はないと。

 手強い相手は好きだ。何でも思い通りに動く人間など面白くもない。


 「ますます興味深いよね、リーゼンヴァルトは。さて、どうやってこれから攻めるかな……」

 

 呟きは、夜の闇に溶けては消えた。

 




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