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Ⅳ.二択

 宰相と遭遇後、問答無用でスカーレットを含めた一同は別室につれて行かれた。その場所にいたのは、思わぬ人物だった。


 「スカーレット!」


 優雅に出されたお茶を飲んでいた男は、さっと立ち上がりスカーレットに駆け寄る。満面の笑みを浮かべるが、名前を呼ばれた本人はあんぐりと口を開けて直立不動のまま動けずにいた。


 「え、え? 何でアルがここに!?」


 勢いよく抱きつかれ、困惑する。他人の空似でなかったら、この男は先月不法入国を果たした、隣国ウィステリアの人間ではないか。国に遊びに来ないかと言われそのまま連れて行かれそうになったのは、記憶に新しい。

 旅行感覚だったと言えば嘘ではないが、その後王城にて国王と宰相にこってり絞られた。危うく人質にとられるところだったんだぞ、その自覚はあったのか! と、自分の立場を忘れて浅はかな行動をとった説教は思い出したくもない。自分達はこっちの気持ちも考えずに似たようなことしてんじゃないの、なんて言えたら胸がすっとしたかもしれないが、後が怖いので言えなかった。

 麗しの王子様といった容貌のアルは、ふんわりと彼女に微笑みかける。


 「元気そうでよかったよ」

 「あなたも怪我もなさそうで良かったけど……。え、本当にどうやってここにいるの?」


 背後を振り返れば、扉付近に佇んでいた宰相とばっちり目が合った。条件反射で思いっきり目を逸らしてしまう。こちらの失礼な態度にも変わらぬ微笑を浮かべる年齢不詳の麗人は、何を考えているのかわからず恐ろしすぎた。


 (何だか私の周り、癖が多くて疲れる……。一人位平凡でまともな人間はいないの!)


 なかなか難しい相談である。専属侍女のサーシャでさえ、可憐な見た目で身のこなしが玄人の暗殺者。そして気配を消すのが恐ろしく上手い。


 「おい、何であのガキを招いたんだ」


 不機嫌な声が間近で聞こえたと思えば、べりっと拘束がはがされた。ゼルガの独占欲丸出しの行動に、アルは面白そうに笑う。


 「相変わらずというか、仲が良さそうで嫉妬しちゃうな」

 「一人で悶々眠れぬ夜を過ごせ」

 「へえ、あなたは悶々した夜を過ごしてきたんだ? って今もかな」


 空気が……刺々しく感じるのは自分だけか?

 明からに不機嫌さを隠しもしないゼルガはともかく、対するアルは始終にこやかな声だ。どうでもいいが、以前より更に言葉が流暢になっている。この短期間で恐ろしい子……! と思わずにはいられない。

 側近のエドワルドが深々と礼をとった。この人もいたのかと今になって気づいた。


 「先日の無礼、深く陳謝いたします」

 「言葉うまっ!?」


 全く喋れなかったではないか。片言でもなく、訛りのないリーゼンヴァルト語を話す男に恐れ慄く。どうなってるんだ、ウィステリア人は。


 「ウィステリア語に加え我々はアルメリア大陸の公用語にも精通しております。近隣諸国の言葉でしたら幼少期から習得させられますので、古語に近いリーゼンヴァルト語を操るのもさほど難しいことではありません」

 「いや、普通無理だし……」


 1ヶ月やそこらで未知の言語を操るなんて常人には考えられない。彼の口ぶりから、ウィステリア人は最低二ヶ国語は話せるそうだ。恐らく裕福な家庭のアルとエドワルドは英才教育でもさせられてきたのだろう。それでも恐るべき上達ぶりだが。

 で、何でいるの? という疑問には、宰相が答えた。


 「あの事件からたびたび上空を飛ぶ飛行船を感知しましてね。既に国の存在が明るみになっていますし、それならこちらから招いて友好関係を築いたほうが得策かと」


 つまり、懲りずにその後も何度も飛行を目撃し、いい加減鬱陶しくなったらしい。何か不利な脅しをかけられる前にこちらから招いてやれば、適当に言いくるめて同盟でも何でも結べる、と。もちろん厳しい条件つきのはずだが。

 この短期間で議会にあげられ、可決を取ったのか。これ以上頻度が増えれば、民の不安も煽るという物。ならばはっきり隣国の存在を明らかにさせた方がいい。


 (私が言った事、少しは考えてくれた……?)


 もしそうだったら、嬉しい。ほのかに腹の底から、じんわりとした物が広がっていく。

 何も知らないくせに生意気な事をと怒られたが、もしかしたら少しは耳を傾けてくれたのかもしれない。ちらりとゼルガに視線を投げるが、彼は仏頂面のまま黙っていた。

 物腰柔らかな宰相の口調の裏に隠れていない本音は、言い換えれば一言メンドクサイということだろうが。しかし憂いを帯びた微笑を浮かべる彼からは、ものぐさな要素は見受けられない。


 「最終決定は陛下が出したのでご安心を。予定より少々早いお着きで驚かれただけですよ」


 苦い顔でゼルガは舌打ちする。一応客人の、しかも隣国からの使者を相手にその態度はどうなんだ。

 ふと、スカーレットは首を傾げた。外交を任せられる人間は、国でも要職についているそれなりの地位がある者のはず。見たところ自分とそう年齢は変わらないアルが、いくら貴族の子息だからとて、こんな任務を任せられるのか?

 前回は流してしまった隣国(うち)の調査を思い出しても、こめかみが引きつる。下手すれば死んでいてもおかしくはない事故も起こったというのに。


 「アルは誰なの?」


 フロックコートを着こなす男を見やる。国名と同じ藤色を身につけているところから、やはり国の代表としてやって来たのだ。どこか親しみやすくて明るく、つかみどころのない彼は、一体誰だ。

 目をぱちくりと瞬かせた彼は、「言ってなかったっけ?」とエドワルドを見上げる。首を振るエドワルドを見て、アルは佇まいを正した。


 「ウィステリア王国第二王子、アルベルト・セドヴィッグ・ウィステリアです。再び君に出会えた幸福に感謝しよう」


 跪き、手の甲にキスを落とされる。流れるような優美さは、確かに王子様のようだ。が、想像以上に大物だったことに、スカーレットは固まった。チュ、とリップ音が奏でられ、顔が真っ赤に染まる。


 「ふふ、やっぱり純情で可愛いね。このまま連れて帰っちゃおうかな」


 彼は藤色の瞳を細め微笑んだ。艶っぽい声に目眩がした時、再びべりっと引き剥がされた。超絶不機嫌なゼルガが「寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞガキ」と、一国の王子に暴言を吐く。この部屋にいるゼルガの側近は、ギョッとした面持ちで冷や汗を流した。

 隣国の、しかも鎖国状態のリーゼンヴァルトとは比べ物にならないほど大国の王子に向かってなんて口を……。怖い物知らず過ぎて恐ろしい。


 「挨拶程度で何を動揺しているのやら。余裕のない男はみっともないですよ? 陛下」

 「アル様、」


 たしなめるエドワルドは無表情。対してアルの相好は崩れない。


 「許可なく触れるな。誰の物だと思ってる」

 「触ってもいい? スカーレット」

 「えっ」


 やめて、ここで巻き込まないで。矛先が自分に向き、スカーレットはたじろぐ。首を左右に振り、触られるのは困ると告げた。


 「念の為半径3m以内には近づくなよ」

 「貴方が一番の危険人物だと思うんだけど?」


 許可なく肩を抱いてくる男を見やり、アルはさらりと述べる。そりゃそうだと気づいたスカーレットは、すぐにゼルガの拘束からも逃げ出した。油断も隙もない男だ。気づけば肩や腰を抱かれ、密着させられる。一体どうしたと言うの。


 「俺の物に俺が触れて何が悪い」

 「ちょっと待って。さっきから何なの、聞き捨てならないわ。いつ誰が国王様のものになったのよ。そもそも人を所有物扱いしないでくれる? 私は物じゃないし、私は私だけのものよ」


 むう、と眉間に皺を刻むゼルガ。会話の隙をついて、アルは空気を読まない発言をかました。


 「二人はまだ結婚していないんでしょ?」

 「え、ええ、まあ……」

 「聞くけどスカーレットは国王陛下をどう思ってるの?」


 それはこの場にいる全員が疑問に思いつつも声に出せなかったことだった。

 面白そうに笑みを深めて見つめてくる藤色の双眸は、興味半分、からかい半分……だったらよかったのだが。好奇心と同じくらい真剣に真意を探る目で見られ、スカーレットは思わず息をつめた。

 しかも、同じく黙ったままじっと見つめる金色の双眸の強さを感じ取ってしまった。見てる、めちゃくちゃ見てる。不機嫌そうに眉を潜めては、さっさと答えろと無言の圧力をかけてくる。


 「どうと言われても……」


 ――変態露出狂エロオヤジ。

 ぱっと思い浮かんだのはこの一言だ。

 が、どうやら心の中で答えたはずが、口に出ていたらしい。ぶくく、とアルが遠慮なく笑いだす。


 「あはは、すごい言われようだね、陛下」


 ムッと不機嫌さを増すゼルガは、「事実だが気に食わねえ」とあっさり認めた上で文句をたれた。認めんのかよ、とはこの場にいた当人以外の全員が思った事だろう。


 「私は素直なので。思った事ははっきり口から出ちゃうのよ」


 一瞬その問いかけにドキっとしたのは本当だが、言わない。このまま話題が変えられるならそうして欲しい。そう内心思っていたが、甘かった。


 「素直なスカーレットにもう一つ質問。それじゃ僕のことは好き? 嫌い?」

 「え?」


 さらりと投げかけられた質問に、スカーレットはさして深く考えることなく「その二択なら、好きよ?」と答えた。嫌いではない、決して。突拍子もないことを言ってくるし、また掴みどころが見えないお坊ちゃん(王子様)だが、嫌いではないと思う。少々強引なところもあるけれど。恐れ多いが、気の合う友人になれそうだ。

 が、彼はその延長戦で白黒はっきりさせに来た。


 「じゃあスカーレットが言う変態露出狂エロオヤジの陛下は? 好き? 嫌い?」


 シン――……

 あたりが静まり返った。先ほどよりも沈黙が長く、更に視線が集中する。

 アルの目が語る。『素直なスカーレットは嘘はつかないよね?』と。己の失言に追い詰められるとは、彼女もまだ若くて詰めが甘い。

 好きか嫌いかの二択が、スカーレットの頭上でくるくる回る。じっと見つめてくる金色の瞳を見つめ返せば、心臓の鼓動が何故か早まった。

 恐怖か、焦りか、それとも……?


 「ッ、黙秘する!!」


 ダッシュで扉に走り、唖然とする衛兵の脇をすり抜けた。俊足な彼女を追いかけようとする者は、この場では誰もいなかった。

 再びくつくつと喉を鳴らし、楽しげに笑う声が響く。


 「あ~かわいい。二択が選べなくても、いくらでもごまかしがきくのにね?」 


 困った質問にも返答の仕方はある。本音は言わず、曖昧に己の意志をそれとなく伝える方法。

 貴族や王族など、地位が高い者になればなるほど、本心はそう簡単に明かさない物である。腹の探りあいをしつつ、言質はとられない方法で己が求める方向へ相手を誘導する術。貴族令嬢とて例外ではない。笑顔の裏での皮肉合戦は朝飯前だ。

 だが、あのようにどちらか答えるよう求められて逃げ出した彼女は、やはり素直な性質らしい。下町育ちの真っ直ぐさが窺えた。しかしこの城で生きるには、あのように真っ直ぐなだけでは生き残れないだろうが。


 「真っ直ぐに自分に視線を合わせてくれる人って貴重ですよね、陛下?」


 あんな風に裏のない目で見つめてくる女性はいない。いや、女性だけでなく男性もだ。身分を明かした後も驚きはしていたが、彼女は変わらず自分を正面から見つめてきた。

 彼女の瞳に自分の顔が映る。それがどれだけ珍しく、嬉しかった事か。スカーレットにはわからないだろう。

 友好国としての同盟と、今後の外交の提案書はある。後にゼルガに手渡す物だ。だがこのリーゼンヴァルトとの国交については、ほぼ第二王子に任せられていた。彼が命を張って見つけた国。ウィステリアの国王は、その功績から年若い王子に一任している。

 試すように、だがぞっとするほど美しく、彼は微笑みかける。白皙の美少年という呼び名に相応しい笑みを向けて、堂々とソファに腰をかけたゼルガを呼んだ。

 

 「さて、陛下。ここに我が国王から預かって来たリーゼンヴァルトとの同盟についての提案(・・)がありますが、これは一時保留にしましょう」

 「どういう意味だ」


 彼の向かい側のソファに腰を下ろし、アルは続ける。封蝋が押された書簡は、ローテーブルの上に置かれた。


 「ウィステリアはこの国を襲わない、侵略しない、脅かさない。リーゼンヴァルトとの友好的な関係を築く為に、貴方がたの提案を全て飲みましょう。多少の無茶もなんなりと。陛下から全て私に委任されてますので、国に持ち帰らなくても今回の滞在で決められますよ」

 

 この言葉には、ゼルガだけでなく宰相も反応した。何を企んでいる? と考えるのは当然だろう。


 「ただし、がつくんだろ? 言え」

 

 顎で王子に命じる国王(ゼルガ)に、アルは春風がそよぐような爽やかな笑みで頷いた。


 「ええ、ただし。スカーレットを僕にくれたらね」


 ――国と一人の女を天秤にかけたら、あなたはどちらを選ぶ?

 見た目によらずえげつない質問を投げるアルに、ゼルガは一層不機嫌に睨みつけた。











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