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ⅩⅩ.彼の番の条件

1万文字超えてます。お時間ある時にでもどうぞ。

(後書き追記あり)

 突風に晒され、飛行船がぐらりと傾いた。だが頑丈なのか、すぐに持ち直す。その間、スカーレットは手近な物に掴まりながら、ゆっくり窓へと進んだ。

 エドワルドが報告を受ける間、アルも自分と同じく窓辺に駆け寄る。驚きよりも好奇心の方が強い顔をしているのは、彼の瞳の輝きから伝わった。目が爛々と光っている。落ちるかもしれない危険な状態なのに肝が据わっているというか、楽天的というか。随分余裕だ。その余裕を出来るなら少し分けて欲しい。

 窓を覗く。見覚えのある赤い物体に、思わず額に手を当てては項垂れた。

 赤く滑らかな鱗。大きな体躯に鋭い眼光。アルの言葉から、他国でも竜は想像上の生き物なのだろうと察した。しかしそんなモノがいきなり現れたら、普通は腰が抜けそうなのに、何故そうも嬉しがる。

 なんて内心呟きつつも、そういえば自分も腰は抜かさなかったなと初対面の時を思い出した。そしてつい最近まで竜なんて空想の生き物だとも思っていた。自分以外の国民も、竜が建国の祖だなんて神話の話で御伽噺だと思っている。

 だけど、目の前に実物が現れてしまったら。それは紛れもなく否定できない現実だ。


 (あれ? っていうか、他の人に見えるってどういうこと? 私以外に見えないんじゃなかったの!?)


 他国の人間には見えるとか? んなバカな。むしろ竜族の血を一切引いていない彼らのほうが見えなくて当然だ。

 一体どんな魔法を使ったのやら。目に見えない壁の存在にしろ、竜が見える不思議な仕組みにしろ。ご先祖様の竜とやらにはまだまだ謎が多く、理解の範疇を超えた現象がたくさんある。一つ一つ考えていたら発熱してしまう。

 疑問はひとまず頭の隅に追いやり、スカーレットは窓越しに、恐らく自分を追いかけて来たのであろうゼルガを見やった。


 「竜がいたと思われているだけで、実際私達も神話の生き物だと信じてたんだけど……」


 困った。これ以上は国家機密で言えない。またどこまでこの国の情報を流していいのかわからない。口を閉ざすことが多すぎると、おちおち会話が出来なくて厄介だし疲れる。

 そう改めて気づいたところで、不機嫌そうに羽ばたく赤竜が、ふんと鼻を鳴らした。スカーレットの腹の底でイラッとした感情が湧きあがる。今、何だかバカにされた気がするんですが。

 わかった。あれか、勝手に飛び出したことを咎めているのか。それとも自分を追いかけて来たとでも勘違いしたバカ者とでも嘲笑したのか。こっちは侵入者をタダでは帰さないと言うために来ただけなのに、とんだおめでたい頭だな――なんて、幻聴が届く。

 途端にムカッとした。彼女の勝手な想像なのだが、恐らくあまりハズれてはいない。


 ばさばさと翼を広げ宙に浮く竜は、行く手を阻んでいるらしい。飛行船は山頂を越えたあたりで止まっていた。まだギリギリ、リーゼンヴァルトの国内。国境は恐らく山を越えた向こう側か。

 風は弱く、雪も降っていない。薄い雲が(ゼルガ)と飛行船を遮るが、彼が持つ色はそんな物では薄れなかった。

 普通の状態なら、真っ赤な鱗がキラキラと陽光を弾くところがキレイだと思えただろう。竜の鱗は神々しく美しい。思わず見惚れてしまいそうだが、そんな悠長な事は思っていられない。

 ここで彼らが捕まるのは問題だ。何せ、スカーレットもお咎めなしではいられない。先ほどまでの苛立ちは一瞬で消え、彼女はすうっと息を吸う。


 「お、面舵いっぱいー!!」

 「え、にげるの?」


 逃げないつもりか!?

 アルののんびりした声にすかさず突っ込む。この青年、やはり楽天的すぎるぞ。

 飄々と彼は身近にある防寒具を纏い、スカーレットにも着込むよう告げた。言われた通りにした直後、アルは扉に近づき、あろうことかがばっと開けた。途端に強烈な冷たい風が舞い込む。


 「え、ちょっと!?」


 抗議の声は、びゅおおお! と耳を貫く凄まじい風の声に消えた。

 至近距離で竜型のゼルガを正面から捉える。スカーレットの顔は思いっきり引きつった。まずい、これはまずい状況だ。このオッサン、一体何が目的で来たのかわからないが。


 『アル――、―――!』


 エドワルドがアルの名前を呼んだらしい。しかし名前が少し長い。つまりアルとは彼の愛称なのか。

 彼の焦る様子から、主の行動を諌めつつ、危ないから下がれと言っている風に聞こえる。激しく同感だ。奴は何をしてくるかわからない。油断大敵だ。

 と、一体どっちの味方なのかわからない発言を呟きつつ、スカーレットは手近にある固定椅子につかまりながら威圧感バリバリの竜に視線を移す。

 

 (ひっ……!)


 小さく悲鳴が漏れた。まずい、すんごく怖い。不機嫌っぽいのではなく、本気で怒っている。

 人型でほぼ裸の格好のまま怒られるのは全く怖くはないが、竜型はダメだ。本能的に恐れを感じる。強い者には逆らうべからず――。そう血が訴えていた。

 が、怖い物知らずはどこの国にでもいるようで。アルは堂々と自己紹介を始めた。そして非常に残念だがこのままでは寒さで凍死してしまうので、場を改めて話さないかと。しかも、大胆にも彼は自国へ招待した。更に爽やかな微笑みを浮かべたまま、好きな食べ物は何かと尋ねている。

 その光景を見て、スカーレットは思わずくらりと眩暈がした。彼は大物なのかバカなのか、どっちなの。

 黙っていたゼルガはくいっと顎で奥にいるスカーレットを差し、目で彼女を差し出せと要求する。態度が激しく偉そうだ。

 きょとんとした顔で振り返るアルが同世代なのに幼い子供に見えた。一言「しりあい?」と訊かれ、咄嗟に首が固まってしまう。横に振りたいが、それをしたら目には見えない溝が深まるのではないか。

 完全に石化するスカーレットに、ゼルガは低く唸った。


 「それは嫁だ。返してもらおうか」

 「え?」 

 「えっ!」


 言われた内容よりも、アルは竜が喋った事に驚いたらしい。そして時間差で内容が頭に届き、スカーレットに確認を取る。


 「きこんしゃ?」

 「未婚者よ!」


 竜が喋った事はスルーなのか。適応力半端ないな。許容範囲が広すぎると冷静に思いつつも、人妻に見えるなんて心外だ。あのおっさんと違い、こっちはまだぴちぴちの若い女の子だというのに。

 恐れも怯えもとりあえず治まっている。勝手な物言いをする男に腹が立ってきた。一体誰がいつ結婚したのよ。

 が、一言ゼルガにぶつける前に、アルがスッと彼女の前に立ちはだかる。先ほどまでの無邪気さは潜め、貴公子然とした立ち姿で対等に向き合う。風が強くて傍に寄るのは危険な状態なのに、怖くはないのだろうか。少なくとも、高所恐怖症ではないらしい。


 「本人は、ちがうって。だから、かのじょは僕がもらうよ」

 「ぁあ″?」

 「え?」


 唐突な宣言。思考がついていけない。今この男は一体何を言った?


 (もらう? もらうって何を。私を?)

 

 何故!

 唖然としたまま首を傾げた直後。グイッと腕を引っ張られ、すっぽりアルの腕に囲まれる。もこもこした防寒服は生地が分厚く、相手に抱きしめられてもあまり実感はわかない。むしろ身動きが取れず、ただ拘束されただけなのだが、冷静にその状況を分析して顔に熱が集まった。背後を振り向くのが怖い。そして標高何千メートルの中空にいる現実もものすごく怖い。


 「ね、君は僕の誓い、うけいれてくれるよね?」

 「誓い?」

 

 手を握られて、思い出す。恭しい仕草で振られたのは一度きりだ。

 掌に触れたあの唇は、一体どういう意味だったのだろう。知らない間に何やら思わぬ方向に進んでいるようで、妙な焦りを覚える。どうしよう、胸が苦しく鼓動が早い。これは一体どういう事なの。一体誰か詳しく解説してほしい。

 

 「ほお? この短時間で男を誑し込むなんざ、色気のねえガキの癖にやるじゃねーか」

 「は、はぁああ!?」


 誰が、いつ、アルを誑し込んだよ!

 抱きしめられていた腕を振りほどき、一瞬停止していた思考を稼働させる。一、二歩アルと間合いを取ったスカーレットは、キッとゼルガを睨みつけた。嘲笑しているのか、冷笑しているのか竜の顔からじゃ読み取れない。だが、バカにされているのは確かだ。

 ムカッとした彼女が一歩ゼルガに近づいたその時。背後からウィステリア語で叫ばれた。反射的に腕を伸ばしたアルはスカーレットの腰を攫って引き寄せる。


 「え、えっ?」


 振り返れば、先ほど緊急事態を告げてきた男が、猟銃を構えていた。


 「銃!? 嘘でしょ!? ちょ、ちょっと待った!」


 

 制止の声は一足遅い。いや、彼女に声をかけられても理解できなかっただろう。

 バンッ……!

 銃を構えた男は、出口の向こうのゼルガへ銃口を向け、躊躇いなく引き金を引いた。鼓膜を破る勢いで、鋭い銃声音が轟く。続けて二発撃った男は、視界からゼルガの姿が消えるのを確認後。アルに駆け寄り彼の無事を確かめていた。

 目の前で起きた出来事に、スカーレットは驚きのあまり声を失う。


 「嘘、嘘……。やだ、国王様っ……!」


 急激に心の内側から冷えていく。内臓も血液も全てが凍っていくようだ。先ほどまでの威勢のよさは消え、支えてくれたアルから離れる。

 不安定な足取りで、バランスをとりながら扉へ近づいた。鼓動が嫌な音を奏でていく。心臓がバクバク煩い。

 後ろでやめろとアルが何やら言った声が聞こえたが、耳には入らなかった。仮にも一国の王が死んだとでもあれば……、国は混乱を招く。しかもゼルガには世継ぎがいない。兄と弟がいるが、彼ほど竜の血の濃さを受け継いでいないはずだ。

 どうしよう……。自分の所為で巻き込んでしまった。勝手に追いかけてきたのはそっちだが、切っ掛けを作ってしまったのは紛れもなくスカーレットだ。


 「国王様……」


 震える唇でそう小さく呟いた瞬間。視界から消えた竜が、ばさりと再び翼を羽ばたかせて現れた。

 猛烈な寒気が入口から入り込む。ぐらりと飛行船が大きく傾いた。必死に物にしがみつき、吹き飛ばされないよう耐える。強風で目が開けれていられなかった。。

 咄嗟に腕で顔を覆う彼らに、撃たれた張本人はどこか楽しげに笑った。見た所、ゼルガは無傷だ。


 「人間の武器で俺を殺す気とは、舐められたもんだぜ。大した度胸だが、残念だったな。まあこれで堂々と暴れる口実が出来たか」


 全く痛みも感じていないらしい。彼はけろりとしている。

 生きてた、生きてたんだ。力が抜けて、座り込みそうになった。

 そうだ、竜の鱗はそう簡単に傷はつけられない。だって見るからに硬そうじゃないか。

 悪の手先を匂わせる凶悪な目に不穏な台詞。ニヤリと竜のまま笑う姿は、背筋をぞっとさせる。どうしよう、やっぱり嫌な予感しかしない。

 何を企んでやがる、と声をかけようとした瞬間。眩しい光に視界が染まった。


 「ちょ、ま、待ったー!?」


 顔を背けたままスカーレットは叫んだ。もしかしなくても人型に戻るつもりか!?

 それは大惨事だ。竜から人に戻った姿を他国の人間に見られるのはこの際もうどうでもいい。が、鱗姿の竜が人に戻れば、当然服は着ていない。つまり、ゼルガは全裸を晒すということに――


 「いやー変態ー!」

 「そりゃ最高の褒め言葉だ」


 本物の変態だ! 

 彼女が顔を引きつらせると、入口に入り込んだゼルガが間合いを詰めて、スカーレットの頭頂部に拳骨を落とした。


 「い、いったああ!?」


 若干涙目になり抗議する。振り返れば真紅のマントを纏ったゼルガが、尊大にスカーレットを見下ろしていた。マントを首に括り付けていたのかと、滲んだ視界で確認しながら把握する。そういえば首回りにビラビラしたのがついていた。


 「ふん、当然だろう。ガキのお仕置きには拳骨が妥当だ」


 続けられたもう一つのお仕置き方法――女性への鬼畜な発言に、滲んでいた涙が引っ込んだ。まだ早いと言う彼に不本意ながら同意した。いや、まだも何もそんなの断固拒否なのだが、快楽責めなど受けたくはない。恐怖から背筋が震える。

 人間に変化した男を見やるウィステリアの男達は、唖然として目を瞠っていた。アルだけは更に興奮している。銃を撃った張本人は、咄嗟に剣を手にした。


 「ほお? 活きがいいじゃねーか。先に攻撃してきたのはそっちだよなぁ? なら何されてもお前らは文句言えねーぞ」


 不敵ににやっと笑うゼルガ。完全に楽しんでやがる。どこから取り出したのかさっぱりだが、いつの間にか彼の手には真紅色が美しい豪奢な長剣が握られていた。膝下まであるマントの隙間から腕だけを出してその剣を振るおうとする。スカーレットはぎょっとした。


 「ちょっと待ってよ! その格好で戦うつもり!? やだ、やめてよっ、見えたらどうするの!」


 そういう問題でもないのだが、彼女にとっては全裸マントで戦うリスクが恐ろしいのである。うっかり30過ぎたオッサンの裸なんぞを見せられた日には、もうお嫁にはいけない。責任を取って貰ってやるとか言われても、それはそれで全く嬉しくない。 


 「俺はまったく気にならない」

 「少しは気にしなさいよ露出狂ー!」


 彼が後ろ手に扉を閉める。外気からのすさまじい風も音も止んだ。じんわりと暖かな空気にほっとする暇もなく、剣を持つ男からあっさりそれを奪ったアルが、ゼルガの隙をついた。


 「えっ?」


 ひゅん!

 スカーレットのすぐ横を、鋭い刃が駆け抜けた。手にしている剣はそのままで、小さなダガーを投げたらしい。

 キンッ! あっさりゼルガは弾き返す。ダガーはぶっすりと、天井付近に突き刺さった。 


 『――……!』


 エドワルドの声に焦りが滲む。「穴でもあいたらどうするんですか……!」とでも嘆いたのだろうか。主の安全よりも、エドワルドは傷をを気にしている。穴が開いたら確かに大惨事だ。この飛行船も墜落する。

 貴公子然とした立ち居振る舞いで子供のように興奮していたアルは、声を弾ませながら薄っすらと微笑んだ。


 「生きてる間に竜に出会えただけでも驚きだけど、人に変化できるなんてね……。僕はやっぱり運がいい」


 流暢なリーゼンヴァルト語を操る彼に、スカーレットは驚きから呆然と瞬く。ちょっと待って、先ほどまではもう少したどたどしい口調ではなかったっけ?


 「あ、アル? 言葉がいきなり上手いんだけど……」


 戸惑う彼女に彼はふわりと笑いかけ、一つ頷いた。


 「うん、スカーレットのおかげで慣れたんだ」

 「いや、この短時間で慣れたからって喋れるはずはないと思うけど!?」


 そんなあっさり言語を習得できれば苦労はしない。一体どんな魔法を使ったのだ。


 「言語は得意なんだ。元から古語も勉強してたからね。少しコツをつかめたら、発音も近くなったと思うよ。どうだろう?」

 「か、完璧です……」


 ありがとう、と微笑みかけられるが、状況はまったく微笑めない。和やかな空気は一瞬で終わり、彼はその笑みをゼルガに向けたまま剣を向けた。対するゼルガは愉快そうに口元を歪める。


 「まず初めに、部下がいきなり撃って申し訳なかった。(あなた)の出現により動転した彼が何としてでも(ぼく)を救わなければと、強い忠誠心から来た行動だったんだ。無傷そうで何より。どうか許してやって欲しい」

 「ほお、殺すつもりで撃って許せといいながら剣を向けるたぁ、矛盾したお坊ちゃんだな」

 「部下の罪は僕の責任。だけど僕の行動は僕の意思だ。戦いに来たわけじゃないけれど、止む終えない場合もあるよね」

 「見た目のなまっちろさと違って血気盛んなガキだな。俺の(くに)に不法侵入を果たした挙句、人攫いとは……ウィステリアの未来が危ぶまれる」

 「僕は二番目だから。継ぐのは兄だよ」


 両者一歩も引く様子はない。また微笑みを浮かべてはいるが、目がまったく笑っていない。一体なんだこの状況は? と事情を飲み込めていないスカーレットは、二人の傍から数歩離れた場所へ避難した。巻き込まれて怪我でも負うのはごめんだ。


 「いろいろととんだ誤算だったよ。国があるかないか、ただこの地を視察するだけだったのに、飛行船は不時着陸するわ、女の子を拾うわ、竜に出会うわ。ふふ、楽しい国だね? スカーレット」

 「誤算だらけだったらこれ以上の問題はいらねーだろ。拾い物は持ち主に返してもらおうか」

 「彼女はあなたの物ではないみたいだけど?」


 あれ、いつの間にやら話の矛先が自分になっている。まるで自分を取り合いする男二人に囲まれている図のような……

 いやいや、生まれてこの方、二人の男から言い寄られた事など一度もない。悲しいくらい色恋とは縁遠い生活を送っていたではないか。多分これも何かの勘違いだ。というかそうであって欲しい。だってこの空気辛い。

 バチバチとした火花が二人の目から放たれ――ゼルガは目には見えぬ閃光の速さで剣を振るった。キン! と相手の剣に受け止められる。 


 「アレはまだまだ調教が必要なじゃじゃ馬だ。途中で野放しにする気はねーよ」

 「酷いいい草だね。女の子を馬扱いに調教って。彼女はあなたの元から逃げ出したんじゃないの?」


 剣での攻防が狭い室内で行われる。突いては弾いて、両者一歩も引かない。高い金属音と二人の気迫に飲み込まれてしまいそうだ。口を挟める隙がない。


 「てめぇこそより取り見取りだろうが。他探せ」

 「気に入っちゃったんだから仕方ないでしょ。彼女といると楽しいし、面白いよね」

 「楽しいじゃなくて騒がしい、だ。ギャーピー喚くが退屈はしない」

 

 色気は全くないがな、とゼルガが最後に付け足した。ピキリとスカーレットのこめかみに青筋が浮かぶ。先ほどから黙って聞いていれば、人を面白いだとか退屈しのぎの玩具呼びだとか。一体何だと思っているのだ。

 急速に冷めた。心配する方が馬鹿げている。近距離で攻防戦を繰り返す二人は、殺し合いというよりじゃれ合いに近いのではないか。

 失礼な言い合いは終わっていない。色気のないガキのどこがいいと言うゼルガに対して、その女性らしさを感じない所がいい所だと慰めになっていない言葉をアルが返す。すっかり流暢に言葉を操る彼も、一癖も二癖もあるらしい。蓼食う虫も好き好き、という台詞が両者のどちらかから飛び出た。

 拳をふるりと震わせて、据わった眼差しのまま息をすうっと吸い込んだ。なるほど、いい度胸だ。一言、いや十言位文句を言ってやる。そう口を開いたと同時に、ゼルガが再び奇行に走る。


 「いい加減動き辛ぇ……脱ぐか」

 「え! ちょ、っ!?」


 ばさり。裸の上半身を晒し、腰のあたりでマントをくるりと巻き付け一結び。思う存分腕が使える事に彼は満足感を滲ませた。


 「もう本っ当最低!!」


 みぞおちめがけて殴った拳は、無駄に固い筋肉に阻まれて大した打撃は与えられない。じんじんと手が赤くなる。むしろ痛みが強いのは殴った方。理不尽だと彼女は憤りを露わにした。何度もこの痛みを味わっているはずなのに、激昂すると忘れるらしい。

 

 「ああ? 何想像してやがる」


 ニヤリと笑う意地の悪さに今度は足をダン! っと踏みつけてやった。流石にこれにはゼルガも呻く。彼女は登山用の長靴、彼は素足。足の筋肉は、残念ながら人並みだった。


 「この変態露出狂エロオヤジが! アルも随分言いたい放題言ってくれたわね……!」


 振り返りアルを睨みつけるスカーレットだが、睨まれた本人はほんわかと微笑み返した。小首を傾げ、穏やかに話しかける。


 「怒った顔も可愛いよ」

 「騙されるか!」


 もう嫌だ。このままウィステリアに行くのも気が進まない。というか、どうでも良くなってしまった。頭に血が昇った状態で冷静な判断も下せないし、意固地にもなる。いくら宥めてご機嫌を取ろうたって、そう簡単にはいかないのだ。

 完全に背中を見せていたスカーレットは、次の瞬間背後から腰に腕を回されてきつく抱きしめられた。びくりと身体が反応する。後ろにいるのは、一人しかいない。

 胸が一際大きく跳ねた直後、尾てい骨に響く低いバリトンが耳朶を打った。


 「不法侵入者はさっさとお帰り頂こうか。うちの拾い物は、お前達にはやらねぇよ」

 「帰る所を邪魔したのはあなたじゃないの?」

 

 全くだ。呆れたため息を一つ零され、ギュッと抱き締められたまま思わず頷きそうになった。

 ゼルガは閉めた扉を再び開けて、スカーレットを抱いたまま後ろに一歩下がる。ごうごうと唸る風に、まさか……と冷や汗が一粒。スカーレットの額から垂れた。

 

 「待って待って待ってちょっと何考えて、ええええ!?」


 身体が傾き、背中から空中へ――。目を見開き驚くアルの姿を一瞬だけ捉えたが、すぐに硬く目を瞑り歯を食いしばった。

 浮遊感を感じ刹那。身体は安定感のある何かの上に乗っかっている。


 「……ふえ?」


 ひらひらと落ちる、淡く白い雪。遠のいた意識が風の冷たさによって引き戻された。

 バサバサと羽ばたくのは、赤く光る竜の羽。滑らかで頑丈で、竜の鱗とは違う質感のそれはとても大きい。広げると身体の倍の長さにはなりそうだ。

 数メートル離れた先に、先ほどの飛行船があった。ゆらゆらと動くそれの中から、アルが安堵の顔を覗かせている。

 何か、何か言わなければ。ほんの少し、新しい冒険を垣間見せてくれた彼に。多少強引だったし過ごした時間も僅かだが、不思議と嫌いではない。友人として、いろいろと語り合ってみたかった。

 スカーレットの心を読んだのか、アルは大きな声を張り上げる。


 「また今度迎えに来るからー! いつでも遊びに行ける準備しておいて!」

 「二度と来るな!」


 竜型のゼルガから大人げない発言が飛び出す。その不機嫌な声にちょっぴり嫉妬の色を感じてしまい、スカーレットの口許がほころんだ。

 何だろう。まだよくわからないけど、何だかちょっとだけ、嬉しいかも……

 寒さの中に、こそばゆい気持ちとほんのり湧きあがる暖かい何か。嫌な居心地の悪さとは違う、ムズムズする痒さに近い。自然と笑いがこみ上げた。

 

 「いいよー! またおいでー! 今度はちゃんと来られるようにしておくから!」

 「こらてめえ、何勝手な事言ってやがる」

 「いいじゃない。隣国と友好関係を結べるならそれはそれで。もうバレちゃったんだし」


 苛立ちが増したのが伝わった。どうやら竜になると、より感情が直情的になるらしくダダ漏れだ。本能が強いというのはこういう時に感じられるのかもしれない。

 あははと笑うアルは、エドワルドに小言を言われながらも大きく手を振った。


 「絶対だからねー! 今度来る時スカーレットの荷物も返してあげる」

 「あ、荷物!」


 (すっかり忘れてた! 私の荷物全部あの中だ!)


 だが、まあいいか。今すぐ必要な物は、多分入っていないはず……。恐らく、だが。

 

 「なくさないでよ!? あとお土産もよろしくねー!」

 「がめついなお前」


 一言余計だバカ! 

 バシンとゼルガの頭を叩き、彼はもういいだろうと飛行する。あっという間に飛行船も見えなくなった。去ってしまえばあっけなかったが、少々寂しい。

 バサバサと飛びながら風に乗るゼルガに、スカーレットはふと思い出した事を訊ねる。


 「ねえ、何でこの姿が皆には見えてたの。私以外には見えないんじゃなかったの?」

 「見えるようにしてたから見えただけだ。今はもう結界張ってるから普通の人間には見えねーよ。見える奴は結界張ってても見えるんだ。ちなみにお前の身体も、下からじゃ見えないようにしてる」


 それはまあ、なんという便利能力。寒さが軽減されたのも、結界のおかげか。けれど、湧きあがった疑問は尽きなかった。


 「じゃあもし、もしも私以外に国王様の姿がちゃんと見える女性が現れたら。そしたら、どうするの」


 首に巻き付かれているマントをギュッと握る。鬱陶しそうな声が聞こえたが、ゼルガは思いのほか真面目に答えた。


 「そん時はそん時だろ。歴代の国王の番候補は、確かに竜型が見える事が前提だ」


 どんどん下降し、町が見えた。温石屋があったあの町だ。降り立つ事なくそのまま素通りし、どうやらゼルガは王都まで飛んで帰るつもりらしい。二人きりの空のドライブ。しかし彼女の心には靄がかかり、今は曇り空だ。

 番候補から婚約者と勝手に認定されてお披露目までしたけれど、いざ新たに候補者が現れた時。自分は一体どうなるんだろうと考えたら、何故か息が苦しくなった。決して王妃になりたいわけじゃないのに、竜の血が濃ければ誰でもいいのかと思うとツンと鼻の奥が痛くなる。

 美人で聡明で大人な女性……それこそゼルガが好む女性的な身体を持つ候補者が現れたら。十中八九そちらに靡くだろう。調教中だとか抜かしていたが、それも途中放棄されるに違いない。

 けれど、とゼルガは続けた。


 「俺の番の条件はそれだけじゃねーよ。美しく着飾る豊満な姉ちゃんは確かに好みだが、それだけじゃ面白味に欠ける。言いたい事を臆せず言い、時には俺を振り回す位の活きのいいじゃじゃ馬なら人生退屈しなさそうだ」

 「何それ。興味が失せたらいらないって感じにも聞こえるわよ」

 「ならば一生振り回せばいい。退屈とは無縁になるよう、お前が何とかしろ」


 口調はぞんざいで、全く紳士的ではないのに。飾り気のない言葉は、胸にストンと落ちて来る。むう、と口を尖らせて、スカーレットは押し黙った。先ほどのモヤモヤは、気づけばどこかに消えている。


 「ああ、だが色気は重要だな。もっと肉付きを良くしろよ。じゃないと抱き心地が……ぐぅっ」

 「な に か、言った?」


 ギリギリと首に巻き付くマントを締め上げる。

 「先が思いやられるぜ」という呟きに、スカーレットは密かにくすりと笑った。

 

 











これにて第一部を完結とさせて頂きます。

お読みいただきましてありがとうございました!

糖度高めの第二部を開始させたいと思いますので、よろしくお願いします。


月城うさぎ

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