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ⅩⅣ.隠し部屋

 夜会から数日後、スカーレットは再び書庫に篭ることが増えた。侯爵夫人の課題に、時折顔を出してはなぞなぞを与えてくる見知らぬおじさま方(高官位の貴族と思われる)に振り回されながらも、黙々と目の前の問題をやっつける。城の一角、王の執務室からそう遠くはない場所にある書庫は、膨大な資料と歴史が保管されている貴重な宝庫でもあった。

 ある程度行動の自由は許されている為、現在は一人。サーシャに数時間ほど書庫にいる事は伝えてある。

 課題の本を持ち込む事は出来るが、この場から蔵書を持ち出すことは出来ない。スカーレットは大抵窓辺のテーブルで勉強し、時折必要な資料を探しだすだけにこの場に訪れていた。また静かに読書が出来る為、集中して勉強できる。いつもは必要のある範囲でしか動き回らないが、その日はちょっと違った。

 入り口付近に近い棚に用事があったのだが、ふと書庫の奥に何があるのか気になった。

 手にしていた本をテーブルに置き、昼間でも若干薄暗い部屋を進む。少し空気がこもった、本の匂いが鼻腔をくすぐる。天井は高くはしごを使わなくては取れない本もある。等間隔に並べられている棚は、リーゼンヴァルトの歴史が年代別に整理されていたり、貴族の系譜まで詳しく載っている本もあったりと様々だ。一般には出回っていない本が半分以上を占める、まさに情報の宝庫。この国での歴史が全てつまっている。

 さほど歴史にも貴族にも興味がないが、スカーレットも読書は嫌いじゃない。大衆娯楽本なら時折図書館から借りたこともあった。レイラに薦められて読んだ本もいくつか存在した。ただ文字が細かく眠気を催す類の本は、好んで読まなかったが。


 「純文学も有名な歌劇の原作本もある……。それにこれって絶版したやつじゃない。凄いわ」


 幅広いなあ、と思いつつ、本の背表紙に目を走らせる。どうやら入り口から遠く離れた奥に行けば行くほど、年代物の書物が増えていく。少し色あせた本は、百年以上は昔の物。さらに奥に進めば、革表紙の質も変化した物が目立ってきた。年季が入りすぎていて、背表紙のタイトルも読み取れない物もちらほらある。下手に触ってばらばらに解体してしまったらと思うと、恐ろしくて触れられない。


 「何か……カビ臭いというか、換気がされていない感じで息苦しいわね……」


 直射日光が入らないので、紙が焼けるのを防いでいるが、換気もあまりされていない。比較的丈夫そうに見えた本を一冊手に取った。紙が羊皮紙で一枚が分厚く、そしてインクはかすれて読み解くには時間も技術も必要である。

 誰が書いたのか、スカーレットにはわからない。きっとここに残っているということは、偉人か著名人か学者かなんかだろう。

 ふと、同じ棚に並ぶ一冊の本が目に付いた。黒や茶色などの中で、深い真紅色をした背表紙。その色はゼルガが纏う紅と酷似していた。

 紅に金字。金色の字がところどころ剥げているため、背表紙は何て書いてあったのかわからない。だが目に留まったそれに何故か惹かれたスカーレットは、そっとその本に手をかけた。そして引っ張ろうと本を傾けた瞬間、カチリと近くで音がする。

 確か背後は、行き止まりの本棚の壁だったはずだ。だが今は真横にずれ、人一人が入れる空間が現れているではないか。

 まさか隠し部屋? こんなところに?

 王城で隠し部屋がないほうが驚きだが、書庫にまであるとは思わなかった。驚きで心臓がバクバクと跳ねる。

 どうしよう、入ってもいいんだろうか。

 この部屋にいるのは自分だけ。今は侍女も警備兵の目もない。その先に何があるかはわからないが、少しの好奇心が勝った。

 汗ばむ手を握り、かび臭い空気を吸いこむ。迎え入れるかのようにぽっかり空いた空間に、スカーレットは静かに侵入した。

 入ってすぐの正面には扉。鍵がかかっているのでは? と思いつつも、触ればあっさりその扉は開いた。足を踏み入れれば、ポッと部屋が明るくなる。人の熱に反応し、薄暗い中で輝く苔が壁に埋め込まれているらしい。青白く染まる部屋は意外と広く、そしてその部屋にある物にスカーレットは息を呑んだ。


 「これ……他国の地図だ」


 天井からぶら下がるのは、今まで知ることが出来なかった世界地図。完全に鎖国された土地で、外を知る者はほとんどいない。この国に侵入できる者は数千年経った今でも存在しないのだ。また逆も然り。国民の自分達も、この国から出ることは許されない。まさにゼルガが言ったとおり、ここは完全に隠された竜の箱庭。翼を持つ王のみが、外に出ることを許される。

 恐る恐る地図に近寄る。見ればリーゼンヴァルトは、大きな大陸の隅っこに位置していた。峻険な山脈にぐるりと包囲されし国。窪地にある為、すっぽり隠されている。山の向こうに一つの国が存在するなど、きっと向こう側の人間は思いもよらない。

 自国の地形や地図は見たことがある。だが大陸全体の地図は初めて見た。広大な土地に無数の国。山を挟んだ反対側には、大きな国が存在する。一番近くの隣国の名は、ウィステリア王国。その隣に国土が半分かそれ以下の国が隣接している。

 スカーレットは初めて自分の国以外の存在を知った。このリーゼンヴァルトは、アルメリア大陸の一部らしい。大陸をぐるりと囲む青いのは、海というものだろうか。湖は存在しても、この国に海はない。塩が混ざった膨大な水など、想像もつかない。


 一瞬で毛穴が開いたような気分に浸る。知らない事が山程ある。知らない国がこんなにも存在する。今までは自分が知らない国や文化がきっとあるんだろうなと、たまにぼんやり考えるくらいで、あまり外の事に関心はなかった。だが、はっきりした文献や地図を見れば、好奇心をひどく刺激される。


 ――知りたい。もっと他にも知りたい。

 

 人は? どういう人達が住んでいるのだろう。

 この国の民は竜の血を引いているが、他国の国民も同じく引いていたりするのか。外見は自分達と変わらないのか。伝承や神話、宗教や文化。言語や食べ物に気候や環境。着る服も思想も、きっと何もかもが違うはずだ。

 だがそれらを把握するには、圧倒的に資料が少ない。この部屋に収まっているのは、隣国のウィステリアが一番多いが、それも見たところほんの一部。どこから集めた情報なのかも、正直怪しい。


 「あ、これって船? うわ、湖用じゃなくて、海を渡るやつだ……。大きい……」

 

 手に取った本を慎重にめくる。百人は乗船できそうなほど大きい船からは、技術の高さが垣間見えた。基本的な構造や造りは似ているが、果たしてリーゼンヴァルトの人間にこれほど大きい船を作る事が出来るかはわからない。

 ドキドキしながら頁をめくる。絵が描かれており、ところどころに注釈がついている。自国に生活の不便は感じないが、他国もそれなりに文明が発展しているらしい。数百年前の文献と読み比べれば一目瞭然。日々人が暮らしやすさを求めて、技術も進化しているのだ。

 だが、圧倒的に他所の国と国交のある彼等の方が、その速さが違うだろう。自分の国だけでは発見できない事も、解決できない問題も、他所の国と共有する事で速度が上がる。その土地でしか採られない食べ物も、交易があるなら輸出入が可能だ。

 異文化交流をし、視野を広め、世界を広げる。国民の一人一人が持つ世界観は、きっとリーゼンヴァルトに住む自分達よりも遥かに広く、大きい。

 それに気づくと、スカーレットは愕然とした気持ちになった。国民の誰も、世界を広げたいなど思っていない。建国から数千年、封鎖された箱庭(くに)で穏やかに、小さな幸せを探して暮らしている自分達。それで満足だと言ってしまえばそれで終わる。だけど、それって本当にそうなの? ただ知らないから、隠されているから、そう思っているだけなのではないのか。


 「世界はこんなにも大きいのに、私はちっぽけだ……」


 いつかレイラにぼやいた事がある。この国はあの自然の要塞に守られているけれど、逆にあの要塞があるから自分達は閉じ込められているのだと。

 人が空を見上げるのは一体何の為? かつて竜だった先祖が、空に帰りたがっているから? それともどこまでも続く青い空が、とても自由に見えるから?

 一つ疑問に思えば、次々と疑問が湧きあがる。初代国王はこの地を安寧の地に選んだ。永久(とこしえ)の安らぎを得る為に、穏やかで平穏で、争いのない国を建国した。恐らく他の国のように、他国に侵略される恐怖を感じる事もなく、内乱や戦争が起こった事もない。何せ国王に選ばれるのは、絶対的な力を持った竜族の長。寿命も長く、頑丈で、強い(おとこ)。変化すらできない国民の誰が王に敵うのだろう。

 自分達は強さを本能的に察しているのだ。多少気性が激しくとも、賢君ではなかったとしても、この国を治められるだけの力があれば国民は従う。そして周りで支える官吏の彼等は、優秀な頭脳を持っている。

 王は絶対の存在だが、諌められる人間が必ず傍にいる事は、王城に来てから学んだ。側近として選ばれるのも、実力からだ。未熟な王を正しく導ける右腕を選ぶのは、先代王に仕えた宰相。今の宰相も、王ではなく先代宰相に指名されたのだとか。勿論、嫌なら断る事も出来るらしい。(しなかったけど。)


 他国の情勢や歴史を見る限り、竜が存在した話は一切出てこない。完全に普通の人間だと判明した。そして彼等の関心があるのは、土地の開拓に領土の拡大。何代にもわたって、あの山脈を越えようとしてきた人間がいる事をこの時知った。


 山の頂には万年雪。標高は高すぎてどれくらいだかわからない。猛烈な吹雪に襲われるのに、山の麓ではその気配すら感じない。神話では、山脈は竜の咆哮で作られたと聞いている。竜の祠や神話に縁のある跡地がどこかに存在するらしい。一際高い山を国民は霊山と崇めてきた。

 その山を越えようとした人間がいる? ただの人に超えられるものではないのに? それこそ竜の翼がないと厳しいその山脈を。自殺行為だとしか思えない。

 実際に、何度も悲劇が起こっていたらしい。遭難者の数は後を絶たず、リーゼンヴァルトの存在を暴こうとした罪深い彼等は自然の裁きを受けてきた。

 それでも諦めきれなかった彼等は、今度は空飛ぶ乗り物を開発しようと試みる。言わば、空飛ぶ船だろうか。そんな物が存在するとは思えないと、笑い飛ばす事はもはやできなかった。


 「……飛、行船?」


 プロペラがついた乗り物。空気より軽いガスを入れて、浮上する。

 空気より軽いガスなんて何の事だか、スカーレットには見当もつかない。空気は空気、目には見えない物を操る事などどういう意味だ。

 次の頁に、飛行船の大まかな設計図が載っていた。理論上は可能、だが未だ成功に至らずと締めくくられている。それが今より二十年ほど前の事。

 二十年なんて、つい最近ではないか。寿命が他国の人間より長いリーゼンヴァルトの国民には、余計最近に感じられる。スカーレットが二歳の時の情報が、ここにある飛行船に関しての最新情報。本を閉じた彼女は、じんわりとした汗をかいていた。


 「二十年前に不可能だった事は、それなら今は? 今はどうなの」


 技術の進歩は、進む時はあっという間に進む。何かのきっかけさえ見つかれば、驚くほど速いのだ。

 自然の要塞がこの国を守ってくれているだなんて安心は、もう持てない。何が目的で彼らが飛行船を開発し、この国を暴くのかも皆目見当がつかない。

 そういえば数千年前から国を守る結界が張られているという神話の信憑性はどうなんだろう。目には見えない薄い膜があるから、この国に厄災は降りかからないと言い伝えられている。

 竜が初代国王だったという話と同じく、誰も真剣にそれが本当だと思っていない。だがたとえそれが本当だとしても、もはや大丈夫だなんて楽観視は出来ないのだ。


 埃っぽい部屋に佇んだまま別の書物を取ろうとした時。音もなく、背後から声がかけられた。


 「そこで何をしている?」

 「っ……!」


 振り返れば、いつものダメで残念な顔をしたゼルガではなく、無表情に自分を見定める国王陛下が立っていた。

 


 







*主催者のくせに期間内に完結できませんでした、申し訳ありません!

20話ほどで完結させたいと思いますので、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします…

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