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Ⅺ.夜会

 一体何故こんな事になった……

 ここ最近の口癖を口内で呟き、スカーレットはそっと息を吐いた。

 優雅に奏でられる生の演奏は残念ながら耳を素通りしていく。贅沢なひと時に浸れる精神的余裕は存在しない。この場に集まった貴族が楽しげに談笑している様子を、彼女は遠目から鑑賞していた。

 思いっきりため息を吐きたいのをぐっと堪え、隣に座る男を見上げた。

 ああもう、本当に。昨晩は気の置けないおっちゃん達との宴会だったのに、今夜はまさかの社交界。一体何故自分はこんな所にいるのだ――。


 ◇◆◇


 予想外の訪問者に唖然としていると、ゼルガは遠慮なくパジャマ姿のままのスカーレットに近寄る。しばし混乱していたが、エメルダよりも耐性がある彼女はすぐ復活し、ベッドに座ったまま憮然とゼルガを見上げた。

 

 「何故うちにいるのですか、国王様」

 「そりゃ来たからだろう」

 「……質問を変えます。何故わざわざうちにいらっしゃったのですか」

 

 軽く腕を組んで仁王立ちする男の前に、ゆっくりとベッドから下りて立ち上がった。この際寝起きだとかどうでもいい。そんな恥じらいは今更持ち合わせていない。

 背が高く威圧感のある成人男性には、この部屋は狭く感じられるだろう。そして激しく違和感も感じる。頭一個半ほど目線の高いゼルガをスカーレットは冷やかに見上げた。


 「迎えに来る以外にどんな理由があるって言うんだ」

 

 首をひねった男を衝動的に殴ってやりたい。

 頭の片隅で、どこかほんの少しだけ期待していた。昨日のあの出来事を一言だけでも謝罪するかと。

 実際は寝ぼけていたので当の本人は全く覚えていない。その可能性も勿論知ってはいるが、だからと言って納得できる事ではなかった。


 「真っ赤な手形は一日も経てば消えるのね……腹立たしい」


 キレイさっぱり、頬の赤みは消え去っている。何が起こったか、いや何かがあった証拠はもうないのだ。無駄に治癒力の早い竜なんて嫌いだと、内心毒づいた。


 「ちょっと、スカーレット。状況についていけてないんだけど、あなた暫く休暇を貰ったって言ってたわよね? 何故国王陛下が直々にこんな早く迎えに来ているの」


 混乱から復活したエメルダに、ゼルガが答える。


 「宰相(シド)が準備が整ったから迎えに行けと言って、城を追い出された」

 

 ……宰相に城を追い出される国王なんているのだろうか。力関係はあちらの方が強いという事になる。穏やかな宰相は一番侮れないのかもしれない。

 エメルダとスカーレットを見比べたゼルガは、残念そうにスカーレットを見やる。


 「聞けばお前らの両親二人は番だとここら辺じゃ有名なんだってな。だが血のつながった姉妹でここまで違うとは……。遺伝子が残酷すぎて不憫になる」

 

 憐れみの視線。一瞬で何を比べられているのか把握した。

 顔はエメルダの方が整っているが、似ている事は似ている。それなら不憫という理由は一つ。豊満なエメルダとほぼ凹凸のないスカーレット。ぐっと拳を握り、殺意を放った。


 「今日という今日こそ、一発どころか十発殴らせろ……」


 エメルダが止めるよりも先に殴りかかろうとした所で、姉の夫である義兄が騒ぎを聞きつけ大慌てで階下から駆け上がり……あまりの状況に叫んだ。

 

 「待った、やめるんだスカーレット!」

 「止めないで義兄さん! このデリカシーもない変態は強制去勢した方が世の為なのよ!」

 「王様だから! 国王陛下だから!!」


 煩そうに小首を傾げ、当の本人は傍観者。羽交い絞めにされているスカーレットに近寄り、目線で義兄に離すようにと告げる。察しのいい彼はパッとスカーレットを離した。その反動でバランスを崩した彼女を、ゼルガは容易く肩に担ぐ。


 「ギャー! 下ろして!」

 「うっせぇ、耳元で騒ぐな。大人しくしてろ」


 ベチン。


 「キャー!?」


 パジャマのズボンの上からお尻を叩かれて、スカーレットは悲鳴をあげた。頭に余計血が上る。胃が潰されて苦しいし、不安定な体勢も怖い。


 「叫ぶなっつーの。ったく、お前もっと肉つけろよな。これじゃ何の役得にもなりゃしねぇ……」

 「だったら下ろしなさいよこの人さらいがぁああ!」


 ギャァギャァ騒ぎながら階段を下りて、馬車に乗るまで二人の言い争いは途絶える事がなかった。


 「痴話げんか……?」


 不安そうにつぶやく旦那に、エメルダはあれで恋愛感情が生まれるとは到底思えないとため息を吐いたが、そんな事を二人が知る由はない。


 ◇◆◇


 逃げ出したはずなのに一日ぶりに連れ戻された王城で、スカーレットは速攻で自室に隔離された。というのも、侍女に囲まれ一日がかりの準備をされる羽目になったのだ。

 ずらりと床中並べられたドレスと宝飾類の数々。カーペットの上に綺麗な布を敷き、ぎっしりと色鮮やかなそれらで埋められている。呆然としていたパジャマ姿のスカーレットは、速攻で湯浴みをさせられた。

 簡単な朝食を摂った後、待っていたのは試着の嵐……。そしてようやく選ばれたドレスの微調整を大急ぎでされ、ぐったりした後少しは休憩できるかと思いきや。すぐに今度は全身を上から下まで弄られた。

 丹念に化粧を施され、髪を結われ、ドレスを着させられて……気づけば外はもう黄昏色。疲れたどころではない、疲労困憊でげっそりしている。が、その後の予定を聞かされたスカーレットは仰天した。


 「は? 番として公表する!?」

 

 誰に、どこで、どうして!

 疑問を正しく読み取ったサーシャは、微笑み返す。


 「はい、本日の夜会で国内の貴族の方々が集結致しますわ。陛下の生誕祭と共に、スカーレット様のお披露目をされる予定です」


 そんな予定は一言も聞いてない。脳裏にあの宰相の顔が思い浮かぶ。

 ああ、憂いを秘めた美貌の宰相は、やはりとんだ腹黒い生き物を飼っていたのだ。あの副団長といい、宰相といい、城勤めをしている輩は信用できない。まだそれなら裏表がなく最初から素を見せつけてくるあの国王の方が……


 (って何を考えているの。あの変態は初めから最低よ)


 「でもいきなりすぎじゃない? いくらなんでも今日って」

 「予定を急遽一日早めただけですが、それもスカーレット様に縁談が舞い込んでいるとの話を受けたからですわ」

 「え?」


 ……今のところ自分への縁談は、あのヨシュアしか求婚者はいない。子供にしか慕われない悲しい女相手に縁談。姉のエメルダは何も言っていなかった。何を言っているのか疑問符を浮かべていたら、昨晩の飲み会での話を持ち出され、極限まで目を見開く。


 「おっちゃん所の倅とって、あの話ーー!? ちょっと待って、何で知って!?」

 「それはあの場所に身内を派遣していたからですわ。護衛役として、一晩中スカーレット様のご実家の周辺を見張らせていたのですよ」

 「監視役か!」


 怖い! 知らない間に監視されていただけではなく、話が全て筒抜け。しかも昨日の今日で夜会を開くまでの実行力。とんでもない所に来てしまったと、改めてぞっとする。

 あの話はただの社交辞令、誰も本気にはしない冗談だと言っても、サーシャは緩く首を振った。


 「可能性がないわけではありませんからね」

 

 (私がモテてるかもしれない可能性を摘むって事ですか……!) 


 何て非道。可愛い顔して言う事は聞き捨てならない。

 精神的にダメージを受けたスカーレットは、複雑に編み込んだ髪が完成した直後、背後の侍女たちに声をかけた。


 「私、気分が優れないので今夜欠席……」

 「あらいけませんわ。今すぐ侍医を呼んでまいります。本日スカーレット様にお会いする為に遠路はるばる各領地に引っ込んでおられる領主がお越しになるのですから」

 「え、でも国王様の生誕祭……」

 「それは二の次ですわ」


 侍女その一、その二の会話である。一体この城であの男への扱いはどうなっているのか、甚だ疑問だ。

 それから時間が来るまで、どこへ行くのも侍女がぞろぞろくっついて来る為、逃げる事も隠れる事も出来なくなった。結局スカーレットは腹を括って夜会へ挑んだ。気分は戦場前夜、いや出陣前か。


 (短かった私の平穏、さようなら。そして今日が私の命日か……)


 本人同士が反発しあっているのに無理やりお披露目ってどうなの。

 王城内では限られた人間にしか会えない為、ごく一部の側近としか面識がない。今夜は大勢の貴族や官吏が集まるのであろう。考えるだけで胃がキリキリと痛んだ。


 「おキレイですわ、スカーレット様」

 「ええ、本当に美しいですわ」

 「……ありがとう。社交辞令だとしても嬉しいよ」


 次々と賛辞を送る侍女たちは本心からの言葉だと答えたが、もうこの城で働く人間の言葉は真に受けない事にした。全て半分程度で丁度いい。

 次々と人が集まり賑わいを見せる。ほぼ全員集まった所で、最後に国王と共に広間に下りる事になっていた。

 そろそろ国王もやってくるだろうと思った直後、背後で靴音が鳴り響く。


 振り返れば、豪奢な真紅の正装姿を纏ったゼルガが視界に映った。いつもは寝ぐせなのか癖っ毛なのかわからない、燃える炎の髪の毛を、きっちり後ろにセットしている。無精ひげはない。それだけで数歳は若返った。

 そして何よりも目を瞠るのは、王城内で彼が服を着ている事である。襟元までかっちりと、一分の隙もないほど。丈の長いジャケットも真紅が基調。ところどころに黒と金色が混ざっている。まともな格好をしていれば、高貴な生まれだとわかる気品に溢れていた。見る者を圧倒し、魅了させるカリスマ性――。普段は残念ながらその欠片も感じられないが。


 「準備は出来たようだな」


 その声に、はっとスカーレットの意識は戻った。数秒ほど、意識が飛んでいたらしい。

 金色に輝く瞳がスカーレットを上から下まで眺め、満足げに頷いた。


 「じゃじゃ馬がよく化けたもんだ。スッピンじゃガキ臭さが残るが、ちゃんと化粧すれば随分見違えるな。で、その胸は一体何枚偽物が入ってるんだ」

 

 同じく真紅色のドレスは、ゼルガと同じ色だ。ワンショルダーの斬新なデザインである。スレンダーなスカーレットの魅力を最大限に引き出し、かわいらしさよりラインとドレープの美しさを追求した。太ももの中央から足首にかけて広がるデザインは、長身でスタイルが良くなければ着こなせない。

 そして普段はささやかな彼女の胸に視線を向けたゼルガが言う通り、いつもよりも若干膨らみが大きい。すっかり慣れたデリカシーのない発言に、スカーレットは美しく化粧を施された顔を歪めて睨みつける。


 「失礼ね、パッドは入れてないわよ! 寄せて上げて何とか作った自前よ!」


 何でこんな事を暴露しなければいけないのだ。本当にどうにかしてくれこの男。

 顔を染めて憤慨するスカーレットなぞ、ゼルガにとっては痛くも痒くもない。感心したように一言「そうか」とだけ告げ、彼は隣に来るよう合図する。

 嫌だけど、心底嫌だけど、渋々ながら従った。ちょっとだけ顔出しして、速攻で引っ込んでやると誓って。

 

 扉から現れた国王陛下と若い女性に、会場内のざわつきが一気に鎮まる。威厳溢れる若き国王の隣に、見知らぬ美女が登場したからだ。

 ようやく見つけた彼の番かと、一拍後には会場が湧きたった。

 大勢の紳士淑女の視線を一斉に浴びたスカーレットは、ガチゴチに固まっている。この時ばかりはしっかりエスコートしてくれたゼルガに感謝だ。こんな原因を作ったのもこの男だが。


 彼が静かに手を上げた事で、ぴたりと声は鎮まる。最高権力者としての権威を垣間見た気がした。

 用意されていた椅子に座り、スカーレットは背筋を伸ばす。喉が渇いて倒れてしまいそう。心臓もうるさい。表情は緊張からきっと硬いはずだ。だが、姉から言われた言葉を思い出す。

 ――一人でも多く味方を作れ。


 隙を見せるな、油断するな。付け込まれる失態を犯してはいけない。

 今日が自分の命日? 嫌だそんなの。自分の死にざまくらい自分で決めるわ!


 大勢の前で語り慣れている安定した低い声が、今宵集まった彼等を労う。そして一通り挨拶が終わった後、ゼルガはスカーレットを立つように促した。

 同じ色を纏う彼等はどこから見ても番そのもの。この会場に、いや夜会そのものに、真紅色を王族以外が着る事は暗黙のタブーな為、出席者の誰一人として赤を身に着ける者はいない。


 何て紹介するつもりなんだろう。そういえば詳細をまるで何も聞いていなかった。

 進行がわからないと不安も増す中、スカーレットは凛とした姿勢を心掛けて、微笑みを浮かべた。正直に番候補最有力者と言うのだろ。そうだ、そうに違いないと自分に言い聞かせながら。

 だが、肩を抱いたゼルガは、思いもよらない発言をする。


 「私の番のスカーレットだ。皆の者、よろしく頼む」

 「(……っ!?)」


 (候補(・・)が抜けてるわよ!?)

 はっきり言おう。違うと悲鳴をあげなかった自分はエライ。

 混乱と動揺を抑え、意地でもニコリと微笑んだスカーレットは次の瞬間、更なる衝撃に見舞われる。


 ――ガプリ。


 引き寄せられた彼女の首筋に伝わる衝撃。唖然としたのはスカーレットだけならず、この場に居合わせた全ての者が驚愕した。

 恐らく歯型が残ったであろう首筋を掌で押さえる事も、声を上げる事もできず。何が起こったのかも理解できていない。頭が真っ白になったスカーレットの腰を支えながら王は一言。


 「こういう事だ」


 ……場内が一瞬で騒然となった。

 









 

 

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