Ⅰ.プロローグ
雪うさぎ合同企画参加作品。ほぼコメディーかと思います。よろしくお願いいたします。
「いい加減ここから出しなさいよー!」
ガンッ! と豪快に振り下ろした足が、抉るように扉を蹴った。
蹴破らんばかりの勢いで何の躊躇もなく、叫んだ張本人は歴史を匂わせる重厚な扉を攻撃するが、扉には傷一つつかない。それどころか、逆に彼女の足がじんじんと痺れる。
無傷の扉と、痺れる足。痛みで生理的な涙が浮かび、苛立ちが増した。
「っ……何か、何か武器はないの」
暴れることは想定内なのか、武器になりそうな目ぼしい置物は見当たらない。一般家庭の一室より倍ほどの広さの部屋には、天蓋つきのベッドとナイトテーブルが中央に置かれている。そして窓の近くに、長椅子と丸い小さなテーブル。続き間になっている隣室には洗面所がある為、この室内で十分過ごせる。だが、彼女が探す攻撃性の高い物……細くて丈夫な何かとか、丸くて割れやすい何かはない。
必要最低限の家具だけが配置された部屋を見て、暴れている彼女はますます憤慨した。
「椅子は重過ぎて持ち上げられないし、家具も動かせないとか……悔しい。今なら思い切って超高級花瓶でも国宝級の椅子でも、気にせず壊せる自信があるのに」
それら一つで十年は暮らせる金額を一瞬でパアにさせる愚かな暴挙は、通常の理性があれば踏みとどまる。が、軟禁状態の今。わけのわからない理由で連れてこられては閉じ込められている現状を、このまま甘んじて大人しくするなど出来るはずもない。
「ってゆーか、国王だからってか弱い一般市民を拉致っていいと思ってるの!? いい加減こっから出しなさいよー! じゃないと一生禿げの呪いでもかけるわよ!!」
「ったく、うっせえじゃじゃ馬だな。そんだけ叫んで暴れる女のどこがか弱い一般市民だ」
散々騒いでも、扉の向こうからはうんともすんとも反応がなかったのだが、今ようやく人の声が届いた。まさしくそれは、彼女の怒りの原因となっている人物。恐れ多くも禿げの呪いをかけようとした、国王陛下ご本人だ。声に聞き覚えがある。間違いない。
「気高く賢君と有名な国王陛下が、可憐で繊細な乙女を攫って監禁なんて知ったら、国民はどう思うかしらね」
「おい、図々しいと思わないのか。可憐で繊細な乙女って、自己申告ほど信憑性のないものはない。散々暴れまわってるじゃじゃ馬のどこに当てはまるんだ」
失敬だなぁ、おい!
出会ってまだ数刻。既に印象は最悪だ。閉じ込められている彼女は、腹いせに再びガンッ! と扉を蹴った。痺れている足とは反対の足で。
「加えて足癖も悪いときたか。大人しくしていたら悪いようにはしないものを」
「既に悪いようにしてるから怒ってるんじゃないの。ちょっとー他に誰か人いないのー!?」
話が通じる相手を寄越してほしい。誰だよ、この男が若い女の子の憧れの的だなんて言ったのは。凛々しく精悍な美丈夫だなんて幻想だ。正しくはかなりの暴君である。
扉の外で、新たな声が聞こえた。陛下と呼ぶ声は、まだ若い男性のようだった。
「何だ?」
「宰相閣下から、ご令嬢にとお夜食をお持ち致しましたが」
「ああ、いい。必要ない。それは持って帰れ」
その言葉を聞いた彼女は、扉越しに「はあ!?」と叫んだ。
暴れて叫べば腹は減る。水はあるものの、食料はない。何も口にさせず、部屋に閉じ込める気なのか。何て卑劣な。
「飯は後だ。隙さえあれば逃げ出そうとする奴に、食料を与えてどうする。こんだけ元気ならちょっと位断食させても問題ねーよ」
「問題は大有りだわよこの似非人格者がー!」
ぐぎゅるる~
盛大に腹の虫が空腹を訴えた。思わず彼女は扉の前に蹲り、項垂れる。お腹減った……極限まで体力を奪う気らしい。この男は悪魔か。
恐らくニヤニヤ笑っているであろう、彼女にとって諸悪の根源は、最終宣告を下す。
「観念しろ、スカーレット・メイゼンタール。国家機密を知ったんだ、そう簡単に自由にはさせてやらねーよ」
自由になりたければ選べ、と砕けた口調で暴君は悪魔の囁きを落とした。
「機密を口外しないよう一生監視役をつけたまま今まで通りの生活を続けるか、ある程度の自由を保障されたまま大人しく城に住むか」
「……後者はあなたの番候補として後宮に入れって事でしょう」
そんなの冗談じゃない。
腹の底から唸り声を絞り出す。言われた本人は、喉の奥でくつくつと笑っていた。
「安心しろ。こっちだってお前みたいな色気のないじゃじゃ馬に興味ねぇーっつの。だが、俺の正体を知ったお前を野放しにはさせられねぇ。この国は俺の箱庭だ。逃げようと思っても逃げられはしねーぜ? 当然国外逃亡も不可能だな。大人しく諦めろ」
「本当に、悪役の台詞がお似合いですわね? 国王陛下ッ」
ギリっと奥歯を噛みしめて、扉を睨む。恐らくそのまま突っ立っていたのであろう夜食を持ってきた青年に、彼は一言「帰るぞ」と告げた。
遠ざかる足音を聞いて彼女――スカーレットは、恨めし気に呟く。
「本当に夜食まで持って行かれた……信じられない。もう、お腹減った~……!」
ふかふかのカーペットに無機質な部屋。扉の前で座り込んだまま、鉄格子が嵌められた窓を見上げた。煌々と輝く月がやけに青白く大きい。
ああ、一体何故こんな事になったのだ。
非日常は日常と紙一重の場所にあるのだと、彼女はこの日初めて知った。