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我々の視点は病院の個室をとらえている。時刻は夜の0時を回った。我々はベッドで寝ている少年をとらえている。彼は天井を、どこか特別に焦点をあわせることもなく、目的を持たずに見つめていた。考え事をしているようである。何を考えているのか、視点である我々にはわからない。人の心が目に見えないのと一緒だ。そのうちに少年は少しずつまぶたを閉じて、我々が今いる世界から遠ざかっていった。
ベッドの周りには女が3人、そして男が2人いた。40代の男たちと女、そして20代の女が2人いる。男の1人は白衣に身を包んでいた。彼は閉じられた少年の瞼を開いてペンライトのようなもので少年の目に光を当てた。そして、少年の生命活動が停止したことを告げた。もう一人の男は窓の外を見つめていた。まるで、目の前で起こった出来事から目をそらすかのように。40代の女は椅子にすわりながら上半身をうつ伏せてにしいた。彼女は少年がこの世に戻って来るのを願うかのように、少年の名前を叫んでいた。そして、嗚咽を漏らしていた。20代の女2人は互いを励まし合うように抱きあっていた。4人はそれぞれの形で少年の死を受け入れていた。あるいは、目の前で起こった出来事に対して、それぞれの胸の内を表現していると言った方が適切かもしれない。4人は深夜独特の、太陽の光が届かない暗闇に覆われていた。明かりは僅かに少年のベッドを照らす電気スタンドだけだ。時刻は零時四分、はかなくも光を放っていた少年の命の灯は静かに消えていった。
「もしもし、礼二君?実は一昨日の夜、博之が亡くなったの。」
珍しく何もない春休みのとある日に、電話に出た礼二はそう告げられた。彼は幼いころから、何度も人の死を目の当たりにしてきた。しかし、それらは皆かなりの年齢を重ねた親戚たちであった。自分と同じ年代の、それも十数年の時を共に過ごしてきた幼馴染の死を告げられたことは、彼にとって大きなショックであった。
「それで、今週の日曜日にお葬式があるんだけど、そこで礼二君に手紙を読んでほしいの。」
電話の相手は博之の母である。礼二はすこし間をおいてから、ゆっくりと丁寧に電話口で返事を告げた。
「わかりました。読ませていただきます。」
「ありがとうね。じゃあ、今週の日曜日によろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。では失礼します。」
そうして彼はスマートフォンを右の耳から離し、電話を切った。友人の死を告げられた右耳にかすかな耳鳴りがした。