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きみどりいろ

救世の魔法使いとその元姉弟子。擦れ違いと和解、ほのぼのシリアス。


更新遅くなってすみません。次も間が空くかもしれません。よろしければ見捨てずお付き合い下さいませ。

 勇者御一行の仲間として加えられた弟弟子が我が街に戻ってきたのは、魔王を倒して四ヵ月後だった。

 それ自体を遅いというつもりはない。優秀な弟弟子殿は移動魔法くらい片手の指一本で出来るとはいえ、王様への報告だの祝勝会だの後始末だのに追われていれば時間はあっという間に過ぎるだろう。その上やっぱり凱旋するとなれば優先されるのは勇者様の故郷、その後は近い順に回ったそうなので、それくらい中途半端に過ぎても可笑しくない。

「で、何でそんな晴れの日に姉弟子のあんたはこう、引き籠ってるかなあ」

「納期優先です」

 アトリエにわざわざ訪ねてきて溜息を吐く師匠に短く返しながら、私は手元に細心の注意を払う。

 魔女の孫として生まれ、魔王を倒した魔法使いの姉弟子として育った私だったが、残念ながら魔法の才能にはあまり恵まれなかった。普通よりちょっと強いかな、ぐらいの魔力で魔女として生きていくほど思い切った決断は出来ず、けれど日常言語より先に呪文を覚えたような私だ、魔法から完全に離れるのは淋しい。というわけで、武具や装身具にちょっとした魔法の機能を付加したり、札や装身具を作ったりという、魔法具職人として生計を立てることにした。

「仕上がらないと今月の稼ぎが激減します。薄情かもしれませんが、生きていくために優先すべきはこちらです」

「…うん、あんたの地に足がついてるところ、あたしは好きだけれどねえ」

「それはそれはありがとうございます」

「何という生返事」

 師匠はあからさまに呆れたように肩を竦めたようだった。

「でもさあ、あの子、がっかりするんじゃないのかい?」

「残念ながら、想像つきませんね。むしろ行ったら『今更何姉弟子ぶってんの?』みたいな反応されるだけだと思いますし」

 一応これは卑屈な意見ではない。同い年とあって小さい頃は仲良く遊べていたが、成長するに従って奴は生意気になってしまった。彼のほうがあからさまに才能があると分かってしまったから尚更だろう。こんなことも出来ないの、と言いながら容易く上級魔法を修得していく姿を見て、どんな反論が出来るだろう。彼と私の優劣が判明した時点で、姉弟子風を吹かせるのは止め、魔女の道も諦めた。祖母の魔法は彼が受け継いでくれると分かった以上、引いたほうが何にもならない嫉妬や焦燥に囚われないで済む。

 そんなこんなで私の選んだ生き方を、祖母は苦笑しながらも支持して師匠まで紹介してくれたが、何故か弟弟子の反発を妙に食らってしまった。

――意気地なし。

――そんな風で魔法具職人なんて出来るわけが無い。絶対、魔女を諦めたのと同じに、すぐそっちだって諦めるに決まってる。

 顔を合わせればそんなことを言われて、だけど私も譲れなかった。

 互いが互いに頑なになってしまっていたので、お互い冷却期間が必要かもしれないと判断した祖母が、師匠のところに住み込むことを勧めてくれた。彼の目から逃げてきたようなものなので、それからは実家とは言え気軽に行き来も出来ず。それから彼が旅立つまでの二年近く殆ど断絶状態だった。

「それでも、行かなかったら尚更こじれて溝が深まるじゃないか」

「そりゃちょっとは淋しいですけど、でも今更元に戻そうなんて虫の良いこと思っちゃいませんから。救国の魔法使いと一介の魔法具職人とで、もう道は完全に分かれちゃってますもの」

 師匠が私のことを心配してくれているのは分かっている。仕事を厳しく仕込んでくれた師匠だが、親子ほど年齢が離れていることもあって、私のことを娘のように思ってくれているようだ。だからこそ、私も第二の母親のように思って、本音を返せるわけである。

「第一、四年近くまともに顔を合わせてないわけですし、あちらは今もう私のことを『そんな奴も居たなあ』ぐらいで片付けてますよ、きっと」

「いやそれで済まされたんなら、むしろあたしが許せないね」

「…はあ。何故ですか」

「割に合わないんだよ」

 意味が分からない。が、師匠は笑って答えず、その代わりに続けた。

「あんたの仕事を止める気はないよ。あんたをそう育てたのはあたしだしね。ただ、悪いことは言わない。仕事に片がついたら、一度様子でも見に行ってやりな」

 忘れられているか拒まれるかという後ろ向きな予想しか立たない相手に、わざわざ会いに行くほど被虐趣味は無い。気が進まない、と顔に出してしまったのだろう。師匠は悪戯っぽく笑った。

「良いことを教えてあげよう」

 そうして師匠は、私にある事実を耳打ちした。


 そういうわけで、三日後。私は弟弟子が戻ってきているという実家の扉を叩いた。

 祖母ではなく彼が扉を開いた時には、やはりすぐには声が出なかったけど。

「………お久しぶりです」

「……………師匠なら、留守だけど」

 彼は彼で驚いたのか、綺麗な孔雀色の瞳を見開いて、無言の後に呟いた。

 最後に見た時よりも背が伸びて身体つきもしっかりしたようだが、まだ線は細い、少年といったほうが差し支えない容姿。存分に面影を残す、弟弟子。

「いいえ。貴方に用事があるのです」

 は、と呟いたきり、少年は息を呑むように沈黙した。だが、彼の元を訪れたのは他でもない。

「護符のメンテナンスに参りました」

「……え」


 手持ちの道具で弄りながら点検する。

 安価だが軽いことが利点の金属は、魔法で加工して強度を百倍ほどに高めてある。細かく施された浮き彫りは蔦草、生命力の象徴だ。それに隠すように、古代文字で守りの祈りの言葉も刻まれている。中心に配置された、彼の瞳と同じ色の玉には、持ち手の魔力を最大限に引き出すための魔法が込められている。

 身に着けやすいよう腕輪の形を取っているが、これは護符だ。

 かなり痛んでいることを覚悟して来たのだが、金属部分に錆は殆ど無く、刻まれた彫りも殆ど擦り切れていない。一番負荷が掛かるだろう玉は流石にくすんでいたが、彼らが歩んできただろう行程を思えばダメージは少ないほうだろう。僅かな錆を取り、玉を磨き上げ、ついでにそれぞれに込めた魔法の緩みを正すぐらいなら、この場で出来る。手早く済む仕事だ。その場で手渡し、ついでに営業スマイル。

「大切に使ってらっしゃいますね。これからも末永くお使いください。もし何かあれば私までどうぞ。いくらでも手入れさせていただきますから」

「………さっきから何で敬語なの」

 あ、さっきから何かげんなりしているのはその所為?

「いえ、メンテナンスをするからには一応お客様なので、その辺りきっちりしようかと」

「……お客様待遇は良い。君に敬語使われるなんて気色悪い。普通にしゃべって」

 気色悪いとまで言われたら、折れるしかない。でも、頷く意味はあんまり無いだろうと、とにかく次に用意していた言葉を喋る。

「じゃ、私、これで帰るわ」

「……は」

「師匠に、あんたが私のあげた護符をまだ持ってるみたいだって聞いて、メンテしないとって思ってさ」

 そう。今点検したのは、私が彼の旅立ちの時に贈った代物だ。彼が勇者殿たちに同行すると決まった時に急いで作り、祖母に頼んで渡してもらった。喧嘩別れみたいになっていたが、結局きょうだい弟子の間柄だ。どうか無事でと願いを込めて、当時の私のありったけの技術と魔法を織り込んだ。世界にはもっと使い勝手の良い腕輪型装備品なんて山ほどあるから、彼の性格上捨てたり売っ払ったりはしないだろうが、今は荷物の奥底で眠っているのが関の山だろうと考えていた。まさか身に着けてくれていたなんて、しかも結構きちんと手入れしてくれていたなんて、思ってなかった。

「あんたは元気そうだし、護符の扱いで私を嫌ってないのが分かったし、嬉しかったから。私は満足」

 しみじみと呟いた私だったが、流石に弟弟子の気配が殺気だったのには気づいた。

「…勝手に解釈して、勝手に解決して。君は相変わらず身勝手だ」

 何故怒るのか、訝しく思った隙に肩を掴まれる。もしかしたらそのまま殴られるかもしれないと思ったのに、予想に反してこちらの首元に頭を押し付けてきた。

「でも、何もせず言わず待ってただけの僕も悪いから。帰る前に、ちょっと聞いて」

 首元で喋られると、鎖骨に直接声を吹き込まれるような、不思議な反響がする。くすぐったいような気持ちのまま、ぼんやりと肯定を返す。

「…淋しかった、って言ったら驚く?」

 早速ちょっと驚きながら、私は恐る恐る返した。

「……ええと、それは、もしかして、私が会いに来なかったことで?」

 違っていたら自意識過剰で凄く恥ずかしいんだけど、幸か不幸か返事は肯定だった。

「今いきなり怒り出したのも、それ? 私がメンテだけで帰ろうとしたから?」

 これも肯定される。何だこいつちょっと可愛い。私の覚えている一番新しい弟弟子は綺麗な顔して生意気な口を聞いていたけれど、あんな意地の悪い口調の裏で懐いてくれてたんだなあ。

「…ごめん。喧嘩別れだったし、あんまり親しげにしたら嫌がられるんじゃないかなあって思った。でも、あんたの言う通りに、勝手な解釈だったね」

 片手を回して頭を撫でるが、拒まれない。スキンシップなんて五年ぶりぐらいじゃないだろうか。もう背の高さは追い越されてしまったぐらい、彼は成長している。

「本当に勝手。護符だって嬉しかったのに、直接渡してくれないから礼も言えないし」

 ああなるほど、嬉しかったから、大事に手入れしていてくれたのか。

「君は、あれから、少しは淋しがってくれた? それとも、清々した?」

 答えるのは正直照れくさい。だけど、意地っ張りな弟弟子がこれだけ腹を割ってくれたのに、私だけが飄々と誤魔化すことは出来ない。

「…淋しいっていうより、悲しかった、かな」

 才能の差を見せ付けられる度に、悲しくなった。羨ましかったし、私のほうが祖母の孫娘で姉弟子なのにという感情もあったが、それよりも強かったのは失望だった。祖母や弟弟子とは違う世界に生きなければならない己に向き合わされて、愕然とした。

 そのうち、彼が生意気なことを言っても、無邪気に感情で返すことが出来なくなった。しょうがないと乾いた膜で自分の心を覆っておくことが歪みだと分かったから、私は魔女の道を捨てた。

「魔女でなくなればかえって、対等を目指せるかもしれないって思ったの。ま、今は勿論、それだけじゃないけどね」

 作るのも売るのも大変だけど、やりがいを感じて楽しい。今まさに、彼が私の護符を身につけてくれていたのを見て尚更、魔法具職人になって良かった、って思えた。

 私は、私の出来ることを、誇りたい。

 弟弟子は暫くの沈黙の後、大きく溜息を吐いた。

「……昔の自分をしばいてやりたい」

「いや違、責めてるわけじゃなくてね! むしろ今の私があるのは昔のあれこれがあったからだし、あんたも姉弟子のくせにイマイチな様子を見てて苛々したんだろうし、発破掛けるつもりだったんじゃないの?」

 相変わらず私に引っ付いたままで表情は見えないが、傷つけたかったわけじゃないという言葉に聞こえた。それだけで、救われる気がする。嫌われていたわけじゃなく、気持ちの上で擦れ違いがあったからなのだと解釈できるから。

「……それについては置いておいても。とにかく、色々と僕らは言葉が足りなかったと思うんだ」

「それは、確かに」

 でも何が続くのか予想できない。やっと顔を上げた弟弟子はしかし、よどみなく話を続けようとする。

「とりあえず、もう少ししたら本格的に戻ってくるつもりなんだけど」

「え、あんた都に住むんじゃ」

 都の魔法使いたちの機関にどうのこうの、という話は出てきているらしいと噂で聞いた。事実そうなのだろうが、弟弟子はあっさり言った。

「嫌だよあんなところ。魔法使いも派閥争いやら何やらに現を抜かしてて、僕みたいな地方出身には向いてない。そもそも馬鹿らしいよ。魔法使いは人間と魔法との間に生きるべき、が師匠の教えだろ。権力の間に生きることなんて褒美でも何でもないね。僕の望みは、此処に戻ることだ」

「……あ、そう、なの」

 恥ずかしながらというべきか、私は都になんて行ったこともないので実情は分からない。特に何も言わずに頷くことにした。

「だから、これから時間はいくらでもある。話をしよう。もう、足りないことがないように」

「うん。そうだね」

 弟弟子と和解できるなんて、過ぎた望みだと思っていた。ただ護符の点検をして、その際に弟弟子が元気かが分かれば、それで良いと。

 それがこの運び。あの気にしっぷりといい、護符のことを教えてくれたことといい、何処となく師匠の思い通りになっているような予感がしなくもないが、でも、うん、こんなことなら悪くない。

 口が悪くて淋しがりやの弟弟子の孔雀色の瞳に視線を合わせて、自然と微笑んだ。


 世界の主役は勇者御一行。

 因みに中身に全く関連無いですが、世界観としては「あおいろ」と共通です。洞窟を攻略した御一行の中にさり気なく弟弟子(=ローブに身を包んだ少年)混じってます。

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