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こんいろ

問題外の皇女と選帝者。シリアス。

※異世界トリップものが純粋にお好きな方には向かないかもしれません。


「こんにちは、選帝者」

 道に迷った様子の異邦の子に話しかけたのは、きっと憐れみに近い感情からだったと思う。

 あたくしを振り返った少女は、警戒するようにきゅっと唇を引き結んだ。

「あんた…誰?」

「あたくしは第一皇女。恐らく、貴方は『問題外の皇女』として知らされている筈よ」

 少女は目を見開いた。そしてあたくしをまじまじと見回して、最後に瞳を見据え、小さく頷いた。

 少女には皇子皇女として紹介されたであろう三人は、揃って白い肌と金の巻き毛を持っている、妖精のような人々だ。だから疑ったのだろうが、あたくしには彼らと共通した濃紺の瞳がある。皇家の特徴と聞き及んでいる筈だ。第一皇女は皇帝の器ではないということも、合わせて。

「何の用…? あんたを選べとでも、言いたいの?」

「いいえ。あたくしは帝位などどうでも良いわ。茶番劇に付き合って命を削るなんて馬鹿馬鹿しいもの」

 多分売り込みの言葉を聞き飽きていたのだろう、警戒し、不審がっていた表情は、一気に険しさを増した。

「茶番劇、ですって! あんたの言う茶番劇に巻き込まれたのよ、あたしは!」

「ええ、可哀想に、選帝者。いきなり異世界に連れてこられ、皇帝を選べと言われ――この国の我儘につき合わされている」

 少女は肩透かしを食らったように黙り込んだ。さり気なく気遣われることはあっても、ここまであからさまな――むしろ揶揄のような憐れみの言葉を向けられはしなかったのだろう。

 この国には伝統がある。皇帝の後継者を選ぶとなった際に、異世界から人間を召喚するのだ。そうして召喚した人間は『選帝者』と呼ばれ、三ヶ月間を此処で過ごし、候補たちを見定め、次の皇帝を決める。何故このような決め方になったのかについては、無関係な者が客観的に決めることで公平さが保たれるから、といわれている。そうして今回迎えられたのが、この少女というわけだ。無作為に選ばれ、無理矢理に自分の生活から切り離された上に、無関係な国の最高責任者を選べ、とても偉大な任務だぞ、なんて言われても、選帝者にはいい迷惑だろう。

 今回の候補は、陛下の息子二人に娘一人、甥三人だったはずだ。あたくしも陛下の娘ではあるが、その中に含まれていない。ありがたいことに。

「…あんたは、何? 何を考えているの?」

「ねえ選帝者。貴方がいるのに、どうして皇帝候補なんて決まっていると思う?」

 答えず、あたくしは問い掛ける。相手の神経を逆撫でするような、甘い声で。

「どういう意味よ」

「本当に『公平に』選んで欲しいなら、国民全員を候補にするべき。そうは思わなくって?」

「…………で、でも、それは、現実には不可能でしょ」

 素直な性質なのだろう。あたくしに乗せられているとは気づいているだろうに、反応せずにいられない。

「ええ、そうね。貴方の言う通り。公平に、なんて不可能なのよ。ならば、選帝者の意義とは何かしら?」

 少女は愕然としたように、あたくしを見る。

「意味なんて、無いって言うの……?」

 自分が巻き込まれたことを思うと、とてもそう思いたくはないのだろう。気持ちは分かるので、あたくしは笑って宥めてみせる。

「いいえ、あるわ」

 そして残酷な言葉を、突きつける。

「選ばれた皇帝の『正当性』を裏付けるという意義が、ね。誰がどう貴方を持ち上げようと、貴方は正しく、道具でしかないのよ」

 まるで悪役だと、自分でも思う。けれど、これは忠告のつもりなのだ。

「な、んでそんなこと、あんたに言われなきゃいけないの!」

「あら、誰も言ってくれないでしょう、こんなこと」

 少女が怒りをぶつけてくるのは、まあ当たり前だろう。面と向かって道具呼ばわりされたくないというくらいには、彼女の矜持は強いはずだ。

 けれど癇癪を起こすということは、一面、あたくしの言葉を受け容れたという意味を持つ。思い至ることがあればこそ、怒りを覚えたはずだ。気が強く直情的ではあるが、皆に大事に扱われてただ舞い上がるほど愚かではないのだろう。

「何が言いたいの。底意地が悪かったり媚びへつらったりムカつく奴らは一杯いるけど、候補者の皆は優しい、良い人たちばかりだわ! 何も分からないあたしを気遣ってくれるし、教えてくれる!」

「そうね、選帝者。それは否定しない」

 気の無い同意だと思ったのだろうか、少女はそのまま、勢い込んで個々の候補者のことについてまくしたて始める。

 けれど、あたくしは彼らのことを知らずにああ言ったわけではない。あまり接したことは無いけど、良い人々だとは思う。特に皇子皇女たちは、同母兄弟ということもあって仲が良く、その中で誰が皇帝に立っても他は支えに回ろう、と約束しているのも知っている。多分、選帝者のことも、下心は多少あるにしても、気遣い、親切にしていることには違いないだろう。

「それでもあたくしは、貴方を哀れだと思うわ。洗脳されるしかない立場を」

「洗脳なんてされた覚えは」

「いいえ。客観的な事実よ。たった三ヶ月で、誰からも公正な判断などできない。貴方が教えられるのは、知識ではなくて先入観。『誰かの見たもの』を刷り込まれているに、過ぎないのだから」

 少女は、口を開閉させながらも、反駁できなかった。その意味を正しく理解しているのだろう。むしろ、先程の口ごたえですら感情的な反射でしかなかったのかもしれない。

 異世界から来た以上、世界の常識に関することは、赤子と変わらない。ゆえに知識を身に着けなければならないといわれ、学習を要求される。使命感や情報への飢えもあって、選帝者はそれを受け容れる。けれど普通、内容を選ぶのは教えられる側ではなく、教える側だ。ましてや政治が絡むのだから、内容は『厳選』される。選別された情報は先入観をもたらし、偏った認識の種になる。そうして最終的に、それが芽吹くように仕向けられるのだ。

 彼女が強制されたのは、選帝だけではない。洗脳されることすらも、だ。

 少女は何事か口にしようとして、一度吐息を呑み込んだ。それから、凛とした眼差しで言い切った。

「……確かに、あんたの言う通り。あたしは、誰かのてのひらの上なのかもしれない。それでも、あたしは、あたしの出来る限りを考えて、選ぶだけよ。それは曲げるつもりも無いわ」

 少しだけ考えを改めた。彼女は聡く、そして意外と強かだ。

 正直、誰かの傀儡にされる可能性を示唆されたら、気の強さゆえにそれを否定するかもしれないと思っていた。そんなことはない、自分は自分で選ぶべきものを選べると。または、どうせ誰かに踊らされるだけの立場なのだと悲観に暮れるかもしれないと思っていた。

 しかし彼女は、幼子の駄々にも近い言い方ではあれど、己の認識が偏らざるを得ないことを了解した上で、選択は自分の意思の範疇にあると言い切った。

「素敵ね」

 奇貨に対して、今度こそ、心からの称賛を送る。

 だから、おまけでもう一つ、忠告を送る。

「選帝者。ここの誰かに好意を持っている?」

「…え……そ、そんなこと無いわ! あ、あたしは帰らなきゃ、いけないし…っていうかいきなり話題変えないでよ! 何か誤魔化そうとしてんの!?」

 しどろもどろになった後、真っ赤になって食ってかかってきたところを見ると、図星だったようだ。けれどあたくしは敢えて、表面上の否定のみを掬い上げる。

「そうやって割り切っていたほうが良いわ、選帝者。恋をしたところで、誰かと一緒になろうとは思わないほうが良い」

 どうして、と問い掛けるように大きな瞳が丸くなる。多分過去の選帝者の中に皇帝の妃になった者もいる、といった類のことを聞かされているからだろう。

「あたくしがどうして『問題外』なのか説明されたかしら?」

「え…それは」

 言い淀む。まあ本人を前にしては言いにくいでしょうね。

「とても政治など任せられない、妄想癖のある頭の緩い娘だから、と教えられたんでしょう?」

「でもあんたは、全然そんな感じには見えない…」

「あら、貴方も思ったのではなくて? 『この娘はあんな親切で優しい人たちに、何て歪んだ目を向けているんだろう』とか、ね?」

 話している最中に感じた彼女の視線を要約して告げてやると、少女はさっと頬に朱を差した。

「そ、そんなことないわ! ただ、あんたはその、賢そうだから」

「そうなの、ありがとう。決め付けてしまってごめんなさいね」

 でも、あたくしはそう思う。優しい異母きょうだいたちに、もっと素直に歩み寄っていればと。結局、あたくしには出来ないけれど。

「話を戻すわね。あたくしは確かに資質など欠片も無いけれど、それはきっかけではない。『問題外』になったのはまだ言葉も満足に話せない頃からなのよ」

「じゃあ、どうして」

「あたくしの母は選帝者だったわ」

 笑うと、愕然とした目がこちらに向く。

 あたくしの容貌は、この選帝者に少し似ている。瞳だけは父譲りの濃紺だけれど、バターを溶かしたような色の肌や真っ直ぐな黒髪、彫りの浅い淡白な目鼻立ちは母から受け継いだものだから。

「父に恋をしてこの世界に残ったらしいけれど、選帝を終えた後は、ただの異分子にしかなれなかった。後ろ盾が無いから正妃になれず、父の愛も留められず、帰りたいと言いながら死んでいったわ。…貴方もきっと、此処で生活すればするほど、世界と貴方の内側との乖離に苦しむことになるでしょう」

 母は父に対する恨み言はあまり口に出さなかったけれど、思い出話も殆どしなかった。代わりのように、故郷に残してきた家族や友人のこと、故郷に伝わる物語や歴史、そして知識は豊富に語ってくれた。おかげで、年に数回会う異母兄弟たちより、会うこともない母方の祖父母のほうが身近に感じるくらいだ。

 少女は、噛み締めるように暫し黙っていたが、やがてあたくしに視線を向けた。迷いの籠った目だった。

「…お母さんが元選帝者だから、あんたも差別されたっていうこと?」

「とても分かりやすく言えば。もっと厳密に言うなら、あたくしを担いで利益になる連中が居ないから。同じく推薦するなら、自分の益になる人間のほうが良いに決まっているでしょう。あたくしは後ろ盾がない存在から生まれてきたから、誰からも推薦されなかったということ」

 まあ、結局あたくしには資質が育たなかった。だから惜しくなかった。結果論だけれど。

「つまり…あたしがもし此処の誰かに恋をしても、御伽噺みたいにはいかないってことか」

 自嘲するような口調は、冷静だった。

 そう。恋に落ちた二人は結ばれ、末永く幸せに暮らしました、なんて御伽噺。何だかんだと権力争いである以上、彼女が望む望まざるに関わらず、生臭い話は付き纏うだろう。

 あたくしは慰めない。突きつけた身で今更、白々しいことはできない。ただ、彼女を見るだけだ。

「……色々ムカついたけど、多分、あんたの言っていることは大方間違ってない。だから、あたし、色々考えてみるわ。……一応言っとく。ありがと」

 最後だけぼそぼそとした頼りない口調だった。思わず少し笑ってしまった。本当は、礼には及ばない。あたくしも大概暴言を吐いた自覚はある。けれど、そう返すのは少し味気なさ過ぎる。

「どういたしまして」

 この言葉を発するなんて、どれほど久しぶりのことだろう。

 懐かしい気分になりながらも、話は終わったと選帝者に背を向ける。

 あたくしは忠告し、彼女は考えると言った――それだけだ。あたくしは公での発言権すらもない。これから先、彼女がどんな選択をしても、それはあたくしの関知できるところではない。けれど。

「…あんたとまた、話しに来ても良い? 見つからないようには、するから」

「お薦めはしないけれど、構わなくってよ」

 振り向きはしないけれど、そう返す。母と重なる異邦の少女に、それくらいの心は残そうと、思った。


 世界の主役は選帝者。語り手は悪役にも狂言回しにも傍観者にもなりきれない中途半端な部外者です。

 異世界トリップものは嫌いではないんですが、救いの手が必要ならまず自力で育ててください、という感想から、微妙に厳しいネタが続いています。

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