ももいろ
魔法少女のサポート役。友情?
――スピカ出撃。ただちに解除のため、現場に向かえ。
またかよ。
わたしは画面を見てひとつ溜息を吐く。嫌なご時世。
まあでも、潮時ってことか。
幸いにも今から放課後、友人に一言断って、人気の無い倉庫へ向かう。
気配が周囲に無いことを確認し、起動。
わたしの輪郭がぼやけた後、再構成される。何処からどう見ても人間の少女だったものが、黒灰色の狼へ変化する。小柄な人間なら一人載せられるくらいには大きく、金色の目は鋭い。男の子が喜びそうな見た目だ。ふ、と吐いた息に混じる声も、数オクターブ低くなっている。正体から出来るだけ離れることを追究した結果、この姿に落ち着いた。
「さあて、行きますか」
ぽつり、『おれ』として呟いて、脚に力を入れて踏み出した。
わたしたちは、科学の発達により、魔法が使えるようになった。
これだけだと端的過ぎて矛盾しているが、魔法としか思えないことが科学技術で可能になった、と言いかえれば大方納得していただけると思う。
人それぞれの適性はあるが、その技術を上手く使えさえすれば、空を飛ぶことも出来るし、変身も出来る。人を攻撃することも出来るし、癒すことも出来る。ただし、無論厳しく制限が掛かる。魔法を起動するために、種類によっては特別の手続きや許可証が必要になる。
とはいえ、まあ何時の世も、非合法に力を振るいたがる人種は存在するわけだ。その中から、魔法を使って好き放題に暴れる者も出てきた。当然ながら警察も動くが、通常の犯罪などにも対応せねばならないため、それだけでは限界がある。
ゆえに、彼らとの戦闘を委任され、担当する人々が現れた。魔法犯罪者鎮圧人――というのが正式名称だが、長すぎる上に硬すぎるということで、こう呼ばれることのほうが多い。
『正義の味方』――その中でも、うら若い乙女たちは、魔法少女と呼ばれることもある。
指示された区画に行くと、見慣れた小さな背中が既に交戦中だった。
体重などないもののように身軽に敵の攻撃をかわしている。真珠のような光沢を持つ薄桃色のワンピースとリボン、ツインテールが翻る様は優雅ですらあり、人間というよりは妖精を思わせる。
彼女が通称『スピカ』――わたしが所属する組織に属する、魔法少女の一人だ。
十五歳くらいの、文句無しの美少女だ。黒髪は絹糸の輝き、すべらかな白い肌、ぱっちりした黒曜石のような瞳、声は鳴る鈴、桜色に色付く唇――全てが可憐で、芸術品のようだ。
覚えず溜息を吐きそうになったところで、スピカのちょうど死角から放たれた攻撃魔法を認識して、足が動いた。咄嗟に走り寄り、彼女と魔法との間に身体を滑り込ませて庇う。
「クロちゃん!?」
大丈夫だ、と答える代わりに、起動していた防御壁が攻撃を跳ね返す。勿論無傷だ。
わたしの魔法適性は補助系統にしか存在せず、しかも効果範囲が滅法狭いというアンバランスなものだ。ただ、その代わりとして、変身だろうが防御壁だろうが、決してわたしの意志外で破られることはない。
「ありがとクロちゃん!」
「すまない、遅れた」
これでも出来る限り速く来たのだが、彼女が一人で既に敵と戦っていた以上、わたしは遅かったと認めなければならない。
素直に下げたわたしの頭を、彼女はかき混ぜるように撫でた。制限解除のためのキーだ。
「いいよ。クロちゃんも来てくれたし、そろそろ反撃だね。サポートよろしく!」
わたしの返事を待たずに、軽い足音を立てて跳躍する。今回、特に作戦らしいものは必要ないということだろう。
一瞬たじろいだ空気を漂わせた敵の集団だったが、空中に踊ったスピカを目掛けて、再び攻撃を集中させる。空中戦は見た目が華やかで動きの自由度も高いが、実際は意外と死角が多く、全方位から攻撃されうるため案外と逃げ場が少ない。しかしスピカは、敢えて空を飛ぶ魔法を起動させた。相棒が来て気が緩んだのだとでも思ったのかもしれない。
でも残念、わたしは相棒じゃない、サポートに過ぎないのだ。
「<凝れ>」
逃げ場の少ない空中に出たのは、決して油断ゆえではない。
スピカのささやきで、小枝のような人差し指の先に、小さな立方体が現れる。同時に敵の魔法が不自然に軌道を変えた。立方体目掛けて我先にと飛び込み始めたのだ。
ざわりと驚愕の声があちこちから漏れる。
放たれた魔法を、術者から無理矢理奪うなど、本来ならば常識外れも良いところだ。変な譬えだが、他人が装着中のコンタクトレンズを掏り取るようなもの…といえば、そのとんでもなさが多少伝わるだろうか。
と言っているうちに、小指の爪ほどしかなかったはずの立方体は魔法を吸収するうちにどんどんふくらんでいく。良い予感はしなかったのだろう、阻止しようとスピカに突進してきた奴らも数名居たが、わたしが先程起動しておいた防御壁が彼女を守る。
そして、立方体が頭の大きさを越すと、静かな声が再び響く。
「<解けろ>」
立方体が、爆ぜた。咄嗟に伏せたわたしの上を、爆風のように魔力の奔流が掠めていく。防御壁を展開しっぱなしでなければ一瞬で吹き飛ばされていただろう。
ましてや、唐突に、かつモロに喰らった敵集団が無事でいられるはずもなく。
「全部片付いたかな?」
解除して、たったの一撃、およそ三分。
一応スピカの声に応えて探査魔法を展開してみたが、百人弱わらわら居た雑魚が、そしてそれらを束ねていた隊長が、今やまとめて地面と仲良くおねんね状態だと分かる。
敵の魔法を利用したとはいえ、一撃でこの威力。つくづくスピカが『正義の味方』でよかった。
「よし、じゃあ帰ろっか、クロちゃん」
「いや、本部に帰らないと…」
「許可出てるから大丈夫、直帰しよ。最近忙しかったから、偶には良いってさ」
言葉に疲れをにじませ、しかし雰囲気の華やかさは萎れていない。さすが美少女は一味違う。
イメージ戦略の関係か、強くて美少女なので人気があるスピカは、やたらめったら出動回数が多い。日頃の疲れは確かにあるだろう。
補佐の立場から言えば、少し、休ませてあげたい。
「……そうか。じゃあまたにして、今日はこのまま解散にしよう」
「え? 『またにする』って何を?」
目をいっぱいに見開いて、スピカがわたしを振り返る。
口調も仕種も、いちいち愛らしい。一歩間違えれば媚びているようにも見えそうなそれは、けれどあくまで可憐としてしか映らない。愛らしさの中に何処か一本芯を感じることと、戦闘時の頼もしさからだろうか。
「いや、またで良い」
「ってことは、いつかはしなきゃいけないんじゃないの?」
確かにそうなんだけど、話したいわけではないんだよなあ。
先程の疲れはどこへやら、好奇心にきらめく瞳に、内心で溜息を吐いた。
「…スピカ。おれは暫くこの仕事を離れるつもりだ」
「え、えええ、何でっ!?」
「いや、まあ…それは、ちょっとした、上からのススメがあって」
まあぶっちゃけた話、馬鹿上司の我儘なんですけどねー。
スピカの大ファン、というかむしろスピカオタクであるところの上司は、暫定とはいえ目下スピカと組んでいる『おれ』がかなり気に入らないらしい。最初は嫌味を言われるぐらいだったのだが、最近、結構あからさまな嫌がらせを仕掛けてくるのだ。この間などは指示をわざとミスしやがった。『おれ』に失態を演じさせたかったようだが、あれは本当に腹が立った。中継映像で観客気取りの上司殿には、現場が命懸けだなどと分かっていただけないらしい。さすが無能は考えることが違うわねえ、と『おれ』の後見はおっとりと辛辣に呟いたものである。わたしの本当の性別を知らないとは言え、良い大人が仕事に私情を挟むな。
というわけで、腹立たしいことこの上ないが、スピカに迷惑を掛けかねないこの状況は打開しなければなるまい。まあ泣き寝入りなんて柄じゃないので、証拠は全部取ってある。パワハラで訴えてやる。
…なんて非常に可愛げの足りない思考をしながら、続ける。
「最近有望な新人魔法少女が入ったらしいから、久しぶりにコンビを試してみようってことじゃないか? おれだとサポートしか出来ないが、魔法少女同士なら一緒に戦えるだろうし」
我ながら言い訳がましい。しかし、ひとりぼっちでしか戦えない今の状況より、背中を任せられる相手がいたほうが良いに決まっている。そう、心から思ってもいた。
だが、スピカは花びらのような唇を強く噛んで俯いた。細い肩が震える。
「クロちゃん…本気で、言ってるの……?」
たじろぐ。職業柄、絶体絶命のピンチという場面に何度も遭遇したし、思いがけない罠に陥ったこともある。それでもスピカは、時にぼろぼろになりながら不撓不屈で戦い続ける、可憐ながらも頼もしい戦乙女だった。涙を見せたことなんて、一度も無い。
その彼女が、泣きそうだ。主にきっと、わたしの所為で。
柄にもなくおろおろしかけたが…極限まで潤んだスピカの目が、据わった。
「やだ! クロちゃんがいなくなるなら、私、魔法少女辞める!」
「はああああっ!?」
何だその駄々っ子みたいな宣言。全国のスピカファンに嬲り殺されるよわたし!
「そもそもクロちゃん、役に立ってないって思ってるみたいだけど、自分を卑下しすぎだよ。クロちゃんに強化掛けてもらうから、私は殆ど無傷でいられる。一緒に戦ってないなんてこと、ありえないよ」
「あ、ああ、うん、ありがとう」
ベタ褒めにびっくりだ。わたしこそ、スピカ以外だったら、能力のアンバランスさゆえ、多分早々に見切りをつけられていたと思う。
「いやでも、スピカ、それだけなら何もおれに拘らずとも」
「だって、クロちゃんは、ずっと一緒に居てくれたじゃない」
スピカは、その桁違いの強さゆえに、相棒がなかなか定まらなかった。仮で決まっても、訓練中に相手方が音を上げてしまう、ということの繰り返しだったそうだ。なまじ今まで実力派扱いされていただけに、天才に並べない劣等感への免疫が弱かったのだろう、とはちょっと辛口すぎるだろうか。
結局苦肉の策で、相棒でなくサポート役として、わたしにお鉢が回ってきた。けれど、わたしはあくまで『サポート役』であって、『正義の味方』じゃない。スピカの凄まじさには感心しかしなかった。それが良かったのだろうか、当初仮の措置のはずだった関係が、現在にまで至った。
「クロちゃんがいてくれなかったら、私とっくに魔法少女辞めてた。クロちゃん以外なんて、考えられない」
分かった?と首を傾げられて大人しく頷く。いや逆らうと怖い気がしたので。
しかし何という刷り込み。
「だから、だから…上がそういうつもりなら」
ええと、この流れからして、続いて諦めるなんて類の言葉は出てきませんよね。
弱冠遠い目をしかけたわたしだったが、スピカはその予想の更に斜め上を行ってくれた。
「駆け落ちしよう、クロちゃん!」
「落ち着けスピカ!」
何か色々間違ってるから!
結局、騒ぎを聞きつけた組織が、手札総出で宥め賺してやっとスピカは収まった。
もう開き直っていた彼女を説得するのは、大変だった。物凄く。
例のロリコン馬鹿上司はといえば、半ばどさくさ紛れにわたしへの嫌がらせが発覚したため、お叱りを受けた上で異動処分となった。ざまみろー。
無論のこと、あの流れでわたしが辞められるはずもない。そういうわけで、元の鞘。
「クロちゃんと駆け落ち、楽しみにしてたのに…」
スピカは微妙に諦めきれていないのか、それとも冗談のつもりなのか、ふうっと大きなため息を吐いた。
「いや、おれは同意してないから。さすがに無理がありすぎるから」
唯一無二といわれて悪い気はしないけれど。
結局のところ、わたしも大概、魔法少女スピカを好きなんだ。圧力を掛けられてもなかなか解消を言い出せなかったことで自覚した。というか、そもそもどんな危険な目に遭おうと、今まで辞めること自体考えなかったあたりで気づくべきだったんだろう。
強く可憐な魔法少女。ああいう風にはなれないし、なりたいとも思わない。でも、彼女の隣を許されたことは、素直に誇りに思う。
お互い、相手の正体なんて知らない。お仕事上のパートナーでしかない。それでも情は生まれる。言葉を交わして、心を絡ませることはできる。
一緒に歩くには、きっとそれで充分なのだった。
世界の主役は、勿論スピカ。きっとどんでん返しな秘密も持っています。
魔法少女ものはベタゆえ難しいです。尺の関係で諦めましたが、バトルはもっと派手にやってみたかったです…。
スピカが語り手に向けるベクトルが凄まじいですが、百合じゃない…はずです。多分。