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ちゃいろ

都市伝説のような聞き手。傍観、ほのぼの?

 わたしは小さなテディベア。

 言いたいことがあるのなら、全部吐き出せば良い。

 相談相手にはならない。慰めもしない。ただ、それを聞くだけ。


 何故か、ミッション系でも何でもないはずのこの学校には、中庭の隅っこに『懺悔室』と呼ばれる小屋がひっそりと建っている。どういう謂れで出来たものか生徒達はおろか教員達すら知らないという、甚だ来歴が怪しいものだ。当然のことながら、以前は絶好の怪談のネタにされていた。

 けれど、此処数年になって、新たな噂が追加された。

――懺悔室のテディベア。

 それは、いつの間にか我が物顔で懺悔室に居座っていた。ふわふわの毛とつぶらな瞳をもつ、愛くるしいが何処にでもある類の、くまのぬいぐるみ。普通なら遺失物扱いになって職員室行きなのに、何故か置きっぱなしにされていた。

――懺悔室のテディベアは、どんな話でも聞いてくれる。

 ルールはいたってシンプル。

 来る時は一人で来ること。ドアに掛かったプレートを表に返してから、入ること。

 懺悔室というだけあって、見た目に似合わず防音設備がきちんとしている所為で、内鍵を掛けてしまえば外から話を聞き取ることはほぼ不可能。

 そうして、部屋にいるテディベアを話し相手に、喋りたいことを喋るだけ。

 一人遊びのようで、客観的に考えれば非常に怪しく気恥ずかしい。しかも、叶うとか、解決するという部分が全く無い。それにも関わらず、生徒から生徒へ噂は次々と伝播していく。

 そうして、今日も懺悔室に生徒が訪れる。

 ついでにわたしは、かのテディベアの中身である。


「抜き打ちテストなんかすんなー!」

 昼休み始めに現れたのは、常連と言える女の子だった。

「まあ普段からあんまり勉強してないあたしも悪いけど、抜き打ちなんて卑怯だよ。っていうか問2の条件複雑過ぎだって。あんなの5分で解けなんて無茶にも程があるでしょ」

 いつも彼女は、日常生活の愚痴を一通りこぼし、すっきりして帰っていく。勉強が大変とか、自分の冷え性が嫌だとか、親や教師の小言がちょっと鬱陶しいとか、彼氏が欲しいのになかなかチャンスが無いとか、そういう他愛のないこと。今日もまた、数学の抜き打ち小テストで失敗したことについてノンストップで4分間喋り続けた後は、晴れやかな表情になった。

「あーすっきりしたっ! ありがとね!」

 大したことは聞いていないのだが、出て行く彼女の足取りは軽い。愚痴を始めるとなかなか止まらない癖があるようで、不愉快な思いをさせたくなくて友達の前では滅多に不満は言わないようにしているらしい。我慢しなくて良いのがよっぽど楽なのだろう。

 さて、そんなことを言っているうちに、また来客だ。

「ああ、もう、本当に嫌になっちゃう……」

 切れ長の目を憂鬱そうに翳らせて、嘆く。彼女も常連の一人である。

「図書館で騒いでいた人たちを注意したの。でも、キツく言いすぎちゃったみたいで、そのうちの一人は泣き出しちゃうし、それで他の人たちにも悪感情もたれちゃったみたい。真面目すぎて融通効かないって。その通りなんだけど」

 つり目がちで、気が強そうな印象の彼女。事実、校内の彼女はクールで真面目、一匹狼タイプらしい。

「このままじゃずっとひとりよね…分かってるけど、見過ごせないの。もっとやんわり注意できたらよかったのに…」

 ただ、此処で話す彼女は、確かに真面目だけど、それが周りとの軋轢の元になっていることに自己嫌悪し、なかなか人間関係がうまくいかないことに悩む、等身大の女の子だ。悩みを相談できる友達もおらず、此処に通っている。

「どうしたら、もっと優しくなれるのかなあ」

 当然ながら、くまのぬいぐるみは喋れない。

 喋ることが出来たって、わたしに有用なアドバイスが出来たとは思えないけれど。

「……うん。話したら、落ち着いてきた。ありがとね」

 埃っぽいだろうぬいぐるみを一度抱き締めてから、彼女は部屋を出て行った。


 他愛も無いおしゃべりや自慢話、愚痴に悪口、悩みや秘密、恋愛話。

 わたしには、相談も解決も肯定も否定も出来ず、聞いていることしか出来ないのに、噂も来客も絶えることは無い。昔からおしゃべりでは聞き手に回ったことが多かったし、今特にすべきこともないわたしには、悪くない居場所だけれど。

「何故かしら」

 旧知に聞いてみたところ、彼はわたしと同類らしからぬ面倒見の良い笑顔を見せた。

「人間、話を聞いてもらえるってだけで結構満足するみたいだぜ?」

「そういうもの?」

「うん。話すっつーより、聞いてもらえるほうが大事なんだろうよ。人間、世間体とかで全部が全部相手に喋れるわけじゃないし、ろくに聞いてもらえないこともある」

「くまのぬいぐるみなのに?」

「お前が中にいるってこと、無意識で悟ってるんだろ。お前も、元人間だからな」

 八年前、わたしは死んだ。以来、幽霊を続けている。

 一般に心残りゆえになるものらしいけれど、わたしには特に強い衝動もなく、どうしたら良いか分からないまま、学校内を浮遊していた。彼のアドバイスを受けて、懺悔室のぬいぐるみに憑いてみるまでは。

「…それなら、あなたが中に入ってみたらどう? あなたのほうが親身になってくれて、喜ばれるんじゃないかしら」

 元は人間だから良いというなら、条件は同じはず。真剣に悩んでいる子たちにとっては、彼のほうが良い相手ではないだろうか。そう思ったのだが、彼はひらひらと手を振る。

「あー、駄目駄目。俺、悩み相談には聞き入れるけど、どうでも良い話は普通にスルーしちゃうからさ。ああこいつ生返事だなって、空気で相手に伝わっちゃうもんだし」

「わたしも、物凄く真剣に聞いているわけじゃあないんだけれど」

「でも、お前はどうでも良い話でもきちんと付き合える。上手いことは言えないし、淡々としてるけど、最後まで聞くことだけは天下一品だ」

 確かに、あの子達の話が意識を上滑りしていくということはないけれど、それが普通なんじゃないのと尋ねると、彼はおかしそうに笑った。

「そういう、お前の愛すべき鈍臭さ、変わんないよなあ」

 あっけらかんとした笑顔の中に、付き合いの長さゆえの親しみがこもっていることは分かる。

「良いんだよ、聞くだけで。生きてる奴のことは生きてる奴が解決するしかないのさ」

「…口出しは、出来ないものね」

 たとえれば、わたしたちは、本の読み手。どれほど歯痒い思いをしても、本の中の世界に干渉することはできないのだ。出来ることと出来ないことは、どうしたってある。どんな存在だって、それは一緒。

「…あ。誰か、来たみたいだから、戻るね」

「ん? もう下校時間過ぎたろ?」

「何だか最近、偶に先生たちも来るの」

「お、出世したなあ」

「ええ、有名になってしまったものだわ」

 茶化すような彼の言葉に、珍しくわたしも冗談めかして頷いた。

「じゃあ、またな」

「うん、またね」

 そして、わたしはわたしの居場所に戻る。懺悔室の、テディベアの中へ。


 わたしは小さなテディベア。

 言いたいことがあるのなら、全部吐き出せば良い。

 相談も解決も肯定も否定もできない。けれど、どんな話であっても、あなたの言葉に耳を傾け続けることはできる。

 わたしがいつか、何処かに消える日までは。


 世界の主役は、二番目の相談相手。青春してます。

 そして此処では初の人外語り手。人外ゆえに、傍観者に据えました。また、彼らにもそれなりの物語はあったはずですが、全て片付いたこととして扱っています。そのため、意識して淡々とした語り口としました。

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