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はいいろ

灰かぶりの魔法使いになりたかった少女。シリアス。

 あたしは魔法使いになりたかった。

 ファンタジックな意味じゃない。比喩だ。

 でも、あたしがもつのはなけなしの小賢しさだけ、ただの臆病で卑怯で非力な子どもだった。

 それでも、彼のことが好きだった。もう、許されなくても、役に立ちたかった。

「……よし」

 今日、塾で貰ったリーフレットを握り締め、あたしは作戦をおさらいする。

 大丈夫、きっと、大丈夫。

 顔を上げて、リビングへ一歩踏み出す。義兄に意地悪を思いついた小憎たらしい女の子の笑顔を作る。

「ねえお母さん」

 振り返った母親に、リーフレットを突き出す。

「お兄ちゃん、この学校に入れちゃえば良いんじゃない?」


 振り返れば4年前、あたしの母と義兄の父は再婚した。

 だけど――残念だけど、あたしの母と実兄は、新しい父の連れ子である義兄のことを、気に入らなかった。あたしの2つ年上である義兄は、穏やかな優等生。優秀さが、鼻についたんだろうなあ、と今になって思う。母も実兄も、暴力を振るったりはしないものの、言動が何かと意地悪で。義父の仕事が忙しくて家を留守がちなのも拍車を掛けたんだろう。

 あたしは、でも最初から、義兄のことが好きだった。

 初めて会った日、妹が出来るって彼は偽りなく喜んでくれた。人見知りなあたしに何くれとなく話しかけてくれたのは義兄だった。正直な話、乱暴な実兄より、義兄のほうが好きなのだ。

 だから、本当は義兄の味方でいたかった。

 でも、そうしたがったのが実兄にばれて、「あいつの味方するならお前もいじめるぞ」って言われて、怖くなってしまった。―――いや、ううん、それは言い訳。あたしは結局、自分可愛さに、義兄を見捨てたんだ。

 それでも、あたしは卑怯者のくせに往生際が悪かった。最初は気遣いで疲れ、段々と翳り、今では無表情になっていきつつある義兄を、何とか助けたかった。

 とにかく、義兄をこの家から出さなきゃ、とあたしは結論付けた。

 でも、どうやって?

 義父に訴えることも考えたが、そもそも義兄が何も言っていないようなのだ、さして会ったこともない義理の娘であるところのあたしの話を取り合ってくれるか怪しい。公的機関は更に頼れない。義兄の積極的な訴えが得られない限り、多分、家庭内の不和として片付けられちゃうだけ。

 そんなとき、塾でもらったリーフレットを見ていて、思いついたのだ。

 全寮制の中高一貫校に、義兄が入ってしまえばいい。

 そのリーフレットの学校は、設備も進学実績も良くて、総合的には良い環境だと塾の先生に聞いた。継子は気に入らないが世間体を気にする母も、此処に入れるなら文句はないだろう。


 案の定、母はすぐに乗り気になった。とんとん拍子で話は進み、義兄は見事試験を好成績でパスして、学力特待生として入学が決まった。

 家を出る日の義兄の、憑き物が落ちたようなすっきりした表情を忘れない。幼いあたしの大好きだった、澄み切った青空みたいな、綺麗な笑顔。火傷みたいに残る痛みと一緒に、刻み付けたまま。

「お前には感謝しているんだよ」

 彼はこれをチャンスだとは思っているだろうが、あたしの善意とは考えないだろう。

 それで良い。あたしは一度、義兄を見捨てた。彼を迫害する側に回った。だから、彼に本心を告げることはない。信じてもらえないだろうし、信じてもらう資格も無い。

 あたしはつんと顎を逸らし、意地悪く見えるように口角を上げる。

「何のこと言ってるか、よくわかんない」

 裏切り者が高望みしちゃいけない。本当の意味で、感謝してもらえるわけがない。

 何も知らないふりで、追い出してやった、負け惜しみ言ってるのね、みたいな顔をしていなきゃいけない。

 ごめんね、を言うことすら出来ない。

 この火傷を気づかれる資格はないの。

「ばいばい、お兄ちゃん」


 魔法使いになりたかった。灰かぶりを舞踏会へ送り出した魔法使いのように、彼の助けになりたかった。

 あたしが、義兄を、幸せにしたかった。

 だけどあたしは結局、灰かぶりの姉妹にしかなれなかった。

 だからせめて、最後まで火傷を抱えたまま、憎たらしい妹を演じ続けよう。


 ばいばい、お兄ちゃん。

 ずっとずっと、大好きだったよ。

 幸せになってね。


 世界の主役は義兄。灰かぶりがモチーフです。

 多分状況は語り手が思うほど八方塞がりではなかったんでしょうが、自分の中で優先順位が高い物事ほど、小賢しく小難しく色々考えてしまうこともあるかな、と。


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