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くろいろ

最初で最後の恋に殉じて、世界の敵に回る少女。ドロドロ。

※流血・殺傷描写注意。


 つきたてた刃が、まるで幼馴染の胸から生えているようにもみえた。

「ふふ」

 その光景が何だか滑稽にも思えて、堪えきれない笑みが、私の唇をこぼれ出る。

「ふふ、ふふふふふ、ははははははははっ!」

 くずれおちる幼馴染に手も貸さず、私は高らかに笑う。

 待っていた、この時を、ずっとずっと待っていたの!

「はは、あはははははははははははははっ!」

 私は今とても醜い顔をしているんだろう。だけど、そんなことどうでもいい。

 だって、こいつが、あのひとを殺した。

 元から大嫌いだった。身近だったひとたちは、私を愛してはくれたけど、何かと幼馴染のほうを贔屓した。私が好きになった人は、必ず私より幼馴染を好きになった。それで幼馴染に好意的になれるほど、私は人間が出来てない。お綺麗なものに守られていた幼馴染は、幸せで、だけど本当に鈍感で。私の血みどろの感情なんてまるで理解していないみたいにすり寄って来たけど。

 幼馴染に巻き込まれてこの世界に飛ばされた後だってそうだ。救い主と崇められどんな困難にも保護され愛される幼馴染とは反対に、無能と侮蔑され不吉と嘲笑された。

 お幸せな頭をしている幼馴染は、私を親友だと公言しているようだったけど、馬鹿みたい。城の連中が私をどう扱っているかなんて、まるで気づいてもいないくせに。こんな格差があって、対等な人間関係なんてあるわけないのに。

 それでも、逆らうほどの気骨も無い私は、いじけた性根に拍車が掛かっていった。そして、滑稽なことに、大嫌いな幼馴染にある意味で依存していたのだ。なけなしの自尊心を散々に踏み潰された私はもう、幼馴染とその取り巻きを憎むことでしか、自我を保てなくなっていたのだから。憎むことをやめたら、私は聖人になれるのと引き換えに、正気をなくしていただろう。

 そんな中、私を見てくれたひとがいた。

――泣いてるの?

 笑いかけて、冗談混じりに色々話をしてくれた。ぼろぼろになった手を取ってくれた。

 始めは、幼馴染への点数稼ぎか何かで声を掛けてくれたのだろうかと疑った。

 嫌だった。この優しささえ偽りだったら、私は本当に壊れてしまう。信じたくて信じられなくてばらばらになりそうで、散々逃げ回ったりもしたのだけれど、彼は諦めないでくれた。

 そして、私を城から連れ出してくれた。

 やっと、誰か――ううん、このひとを信じられると思った。

 幸せだった。私が苦しかったこと、仕方無くはないって言ってくれた。私を好きだと、愛していると言ってくれた。ばらばらになりかけていた心が、ゆっくりと癒え始めた。生まれて良かった、そう言えるのはあのひとのおかげになった。あのひとと居る日々は、今までの視界は何だったんだろうって思うぐらいきらきらしていた。私の全部があのひとに満たされて、だから他の人にも優しくなれる気がした。あんなに憎たらしくて大嫌いだった幼馴染だって、あのひとに会うきっかけだったと思えばまあいいか、って思えるぐらいだった。

 愛しているとかいう言葉でももう追いつかないぐらい、あのひとがすきだった。

 だけど、幼馴染はそのひとを殺した。

 それも、私を攫ったから、だと、そう言った。

 もし。もしも、彼が一緒に逃げてくれると言った時に拒否していたら、あの温かいひとはきっと死ななかった。私に責任が無いとは言えない。でも、救い主だという幼馴染は、それゆえに罪を問われることもなく、むしろ正当化されたなんて、あんまりじゃないだろうか。

 そして、いつものように誰かの中心で、お幸せにも笑い続けるのだ。

 あのひとを、殺したくせに。そんなの、あんまりじゃないか!

 それでもしおらしく暮らしてきたのは、すべてはこのため。どれほど心を捧げても届かなくなってしまった、あのひとのため。

 いいえ。優しいあのひとは、こんなこと望まないかもしれない。

 だから、これは私のための復讐劇。

「死、ね、ない…死にたく、ない…っ!」

 呻く幼馴染に、私は笑み返した。

「この世界、救わなきゃ…!」

 この期に及んで、何を言うやら。

 幼馴染は私の靴に手を掛け、縋るような眼差しで見上げてくる。

 私が情に負けるとでも思ったの? 本当に、お幸せなこと。

 弱々しく息を吐く幼馴染の手を思い切り踏んづけた。ばきばきと音がしたけど、気にしない。上がる悲鳴が、五月蝿い。

 確かに、救い主が死ねば、この国は滅びるだろう。そんなの分かりきっている。

「それがどうしたっていうの?」

 あのひとを殺したこいつや、それを救い主だと持ち上げる世界なんて、天秤にすら掛からない。

 刃を引き抜く。噴き出す生温かい血と気持ちの悪い肉の感触と共に、幼馴染がこぽりと血の泡を吐き、静かになった。

 もう、戻れなくていい。

 復讐は、あのひとを愛した証明。滅びる世界が、私の追慕のかたち。

 歪だけど、いいの。

 存分に狂え、私の心。

 だって、あのひとがいない今、どうしてまともに戻る意味があるの?

 世界の主役は、幼馴染。異世界トリップ逆ハーレムものの主人公、但し物凄く鈍感。そんじょそこらの悪人よりも下手な善人のほうが性質が悪いという典型例でもあります。


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