~ 眠り姫 ~ その3
美九音が自宅に向かって意気揚々、元気溌剌と足早に歩き出した。
あいつ、今にもスキップでもしそうな勢いだな、そんなに慌てて歩いてると雪道に足を取られて転んでも知らねぇーぞ?
スキップでもしそうだな、と思っていたら、あいつ本当にスキップなんぞしだしたぞ、高校2年生の女子が幼女の如くスキップしている姿って、思っていた以上にきつい絵面だった。
あっ……。
「きゃぁーーーーっ」
雪が降り積もり始めた道でスキップを始めた美九音の奴は、案の定というか当然というか足を滑らせて盛大にすっ転んだ。
料理以外はなにをやらせてもそつなくこなす美九音は、当然の事ながら運動神経もいいから、まあ大きな怪我はしてねぇーだろう? 首元にはもふもふの自前の尻尾もあって、クッションにもなるだろうしさ。
背中から転んだ美九音は、暫く雪が落ちてくる天を仰いでいたが、むくりと起き上がり、女の子座りになってこっちを振り向いた。
羞恥の余り真っ赤に顔を染めていた。
「知泰、転んだ……」
うんまあ見てたから知ってるんだが……。
「……知泰、ウチ転んだんだよ?」
うんまあ知ってるけど……。
「知泰? お尻冷たい」
だろうな、だったらさっさと起き上がればいいじゃねぇーか?
美九音は、こっちを向いたまま両手を広げた。
「知泰が抱っこしておこちて?」
あれ? あいつ、まさか自力で起き上がれねぇ―の? どこか強く打ったんじゃねぇーだろうなっ。
「み、美九音っ、だ、だだだ、大丈夫かっ? け、けけけ、怪我してねぇーだろうなっ」
それほど開いてはいない美九音との距離を一気に縮め、俺を目掛けて開いていた両腕の下に手を回して起き上がらせてやった。
「ありがと、知泰。でも遅いよ、ウチが転んだんだから直ぐに来るっ」
バカ、なに悪態吐いてんだよ、まあ……元気そうで良かったじゃねぇーか。
「もっ! 知泰が早く起こしてくれないから? ウチ、パンツびちょびちょやねん」
……美九音よ? それって何処かで聞いたような台詞だなっ! その言い回しとイメージからすると、なんか違うもんでびちょびちょになってるみてぇーだぞっ。
美九音はそのまま腕を俺の背中に回して肩に顔を埋めた。
「お、御姉様……せこい」
「きぃぃぃーーーーっ! 狐の奴、まんまと知くんの腕の中を独り占めにっ! あたしもあざといけど、狐も相当あざといわね」
後ろでは紅葉と未美がなにやらキーキー騒いでいるようだが、いったいどうしたんだ?
近寄って来た紅葉と未美に引き剥がされた。
三バカ妖娘たちがなにやら口論したいたが、落としどころでも着いたのか美九音は1人で家路に着いた。
俺はまた美九音がバカな真似をして転ぶんじゃないかと心配で姿が消えるまで背中を見送った。
俺たちは知人の経営する喫茶店【あいす・ありす】の前で、美九音を待つことにした。
とうのも美九音の奴は「中に入って待ってなさい」と言って去って行ったのだが、紅葉は中に入ろうとはしなかった。
俺と未美は中に入ろうと声を掛けても紅葉は一向に首を縦に振らない。
いつもの様に無表情のまま、壁際に移動して動こうとしなかった。
「紅葉、風邪引いちまう、中に入ろうぜ?」
「ダメ、御姉様1人だけに寒い思いはさせない」
いや……あいつん家ってここからそんなに離れてないから、もう直ぐ着いて暖かい家の中に入るんだぞ? いや既に到着しているかも知れねぇーな?
「知く~ん」
人一倍? いやこいつの場合は妖一倍というべきか、寒がりの未美は両手で自分の肩から二の腕の辺りを摩って凍えている。
「ほら紅葉? お前は良くても未美が寒がってるから店の中に入ろうぜ? お前だってちょっと前にくしゃみして鼻水垂らしてただろ」
その鼻水は俺の上着に付いているんだけどなっ!
「私は大丈夫、体が冷えて来たら尻尾を出して寒さを凌ぐ」
あっ!? なるほど美九音がやっていたみたいに冬毛に衣替えした尻尾を首に巻くんだな?
「猫もそうすれば、寒さを凌げる」
「あたしの尻尾は、あんたたちみたいに、そんなにもふもふしてないっ! ほら見なさいよ」
未美はそういってコートの裾から冬毛に変わっている尻尾を出して見せた。
しかし美九音や紅葉の尻尾と違って、細くて貧素な尻尾が寒さに振るえて揺れていた。
そんな未美を尻目に紅葉はコートの裾から両手を忍ばせて、なにやらごそごそし始めた。
なにやってんだ? 紅葉の奴は。
「御主人様にお願いがある、スカートが落ちて来たら受け止めて」
……は、はい? 今、なんと仰いました?
「スカートが落ちたら受け止めて欲しい、雪の上に落ちると濡れる」
スカートが落ちる……だと。いったいどうやって? なにが起ころうとしているんだ?
「尻尾を出そうとしたらタイツが邪魔で出せなかった」
んん? だからなんでタイツが邪魔になるんだ?
「タイツはおへそのあたりまである、尻尾が出せない」
ああ、なるほどね。タイツやストッキングってそうだったよな。だから本来、尻尾がある辺りの上まであるし、肌にフィットしてるから窮屈で出せねぇーのか。
それにタイツのウエストの方がスカートのウエストよりも上にはみ出しているから脱げねぇーんだな、と理解した瞬間、制服のスカートが紅葉のしなやかな足に沿って落下してきた。
うおっ! 言われた通りに落下してきたスカートを間一髪、雪原に触れる前に屈んでキャッチすることに成功した。
紅葉はまだコートの中でもぞもぞ両手を動かしている。
……ってまさかっ!? この寒空の下でタイツまで下ろす気かっ! 紅葉っ。
言っている内に紅葉が腰を折って前屈みの体制にしながら両腕を一気に膝の辺りまで下ろし、目の前に紅葉が履いていた黒いタイツが現れた。そしてその中に……、んん? なんで黒いタイツの中に白い小さな布が混じっているんだ?
「パンツも脱げた」
いや、いやいやいや、いやいやいやいやいや。紅葉よ、勝手にパンツがひとりで脱げたみたいに言ってんじゃねぇーよっ! お前が一緒に脱いだんだっ。
「と、知くん? 今の知くんの姿って、まるで――」
ぎゃぁーーーーっ! 未美、みなまで言うんじゃねぇーっ!
俺は今、しゃがんだ状態で両手には紅葉が脱いだスカートを膝の辺りで掴んでいる。そしてほぼ同じ位置には、紅葉が下ろしたタイツとパンツが窮屈そうに皺を寄せて止まっているんだよな?
これじゃまるで俺が紅葉のスカートとタイツとパンツ一式を白昼堂々、天下の往来でズリ下げたように見えね?
未美の言葉に反応した紅葉が首を傾げて俺を見下ろして言った。
「御主人様のえっち。とんだ変態さんね」
ちくしょうーーーーっ! 泣けてきたっ。
尻尾を出して首に巻いた紅葉は、何事も無かったように雪の中で立っていた。
あの? もしもし紅葉さん? 俺はいつまでスカートを持っていればいいんでしょうかね? それとタイツとパンツも膝の辺りに縮まったままなんですけど……。
「くちゅんっ」
ほら言わんこっちゃない、くしゃみしてんじゃんねぇーかよ。
「パンツ履き直すの忘れた? ……まあいいか」
よくねぇーよっ! お前、くしゃみしてたじゃねぇーか、本格的に風邪引くぞ。
「ねぇ知くん。あたしもう限界」
寒さに弱い未美は耐え兼ねて俺に助けを求めるような目をして訴えて来た。
未美を良くみると、唇の血の気が引いて紫がかってきている。
「あたしだってそりゃ自分だけ暖かいところに行こうなんて思わないけど……もう無理っ。寒くて死にそうだよぉ~知くん」
そうだよな、俺たち傘も持ってないし、雨ではないとはいえ降り積って溶けた雪で濡れて来だしているし、俺も正直室内で待ちたい。
紅葉が渋々といった感じでタイツとパンツを掴んで履き直し始めた。俺は手に持ったスカートを上げてタイツとパンツを元通りに直し終えた紅葉の手へと渡してやった。
「知く~んったば、あたし寒い」
震える未美を見兼ね、頭や肩に降り積もった雪を払ってやり、俺の着ているコートの前を開けて……えと、変質者的行動じゃねぇーぞ? きちんと服も着てるんだからねっ!
コートの前を開いて未美の背中側からスッポリ包み込んでやった。
「知くん? ……ありがと、凄く嬉しいし暖かいよ」
ここは俺がコートを脱いで掛けてやる方が男らしいんだけれども、俺も寒くて出来そうになかったんだ。
ヘタレな俺で悪いな未美。
「なあ紅葉? お前が美九音想いなのは良く知ってるし解ってる。だけどお前が風邪で寝込んじまったら、俺も美九音も辛い思いをするんだよ。だから中に入ろうぜ?」
未美と同様に紅葉の頭と肩に積もった雪を払ってやりながら問い掛けた。
紅葉は俺のコートの中に居る未美を羨ましげに見てから無言のまま小さくコクリと頷いた。
つづく
御拝読アリガタウ。
早よ本編書けよ!
とか自分に突っ込みつつ、特別編を描いております。
本編と違い乗りだけで書いている特別編ではございますが、ちょこちょこ本編に絡んで来りもします。
あれ? いつも乗りで書いてるんじゃなかったけ? 僕。
というわけでどういうわけで特別編にもうしばらくお付き合いくださいねw
では次回もお楽しみにっ!




