得てして余りにも近くに居過ぎるって、遠くに居るのと案外変わらねぇーよな? 3
振り向いている最中に、視界の端にぶつかった女の子のぼんやりとした姿が見えた。
移り込んだ視界には俺と同じ陽麟学園の制服を着た女の子が尻もちをついて俯いている姿が見えている。
これって……もしかして恋愛物やラブコメディーなんかの物語で良く見掛ける、運命の出会いフラグじゃねぇーの?
ほらこのシチュエーションてさ? 学校に登校している途中の四つ角で、遅刻しそうになってパンを口に咥えたまま走って来た女の子とぶつかって、制服の短いスカートなんかが捲れちゃってるんだけど、ぶつかった時に動転してたり、ぶつけたところを摩っていて気付かないんだけれども、ぶつかった相手の視線に気付いて慌てて捲れたスカートの裾を直してるやつだよな?
その時は「どこ見て走ってんのよっ!」とか「あんたどこ見てんのよっ!」とか恥ずかしさを誤魔化して怒ってたり、お互いの所為にしたりして気まずくなったりもするけんだけど、それが切っ掛けになってその子とのイベントが増えたりとかしてさ、気が付けばお互いに気になる相手になっているっていう運命のフラグイベントだろこれ。
俺は倒れなかったから上からの視点になる状況から確認出来た制服とそして視界の端に移った映像では女の子の脳天辺りも確認出来た。
髪の色は朝の太陽を浴びて眩く輝く金色の綺麗な髪の毛、上から見る限りでは、その綺麗な髪の毛に手を加える事なく、そのまま降ろしているように見えた。
一瞬、幼馴染の女の子の姿が脳裏で重なったけども、あいつは基本的に夜行性だから兎に角、朝が早い。
それでもってあいつは化粧なんかもリップを曳くくらいで殆どしないし、登校の準備なんかは前日に終えていて、身だしなみを整えトレードマークになっているポニーテールに髪の毛をリボンで結わえて整えたりしても時間が余る。
それで暇を持て余して俺の眠りを妨げに来やがるから、遅刻やギリギリになって登校しなくちゃならない状況には先ずはならないんだよ。
まあ髪の毛の長さは女の子が立ち上がれば、背中の真ん中くらいかもう少し長いくらいはあるように映ったから同じくらいなんなんだけれども、骨格や特に腰の形なんかそっくりなんだけれども、そもそもあいつとは昨日、喧嘩していつも来るはずの朝にも来なかったし、髪型はストレートロングに降ろしてるから別人だろうよ。
「あ痛たたたっ……」
俯いたままの女の子はくぐもった声で痛みを訴えながら、尻もちを着いた腰の辺りを両手で摩っている。
そして視線を変えてみると、制服のスカートからにょっきり伸び出している両足の白い太ももから膝、そして紺色のハイソックスを履いた艶めかしい足がM字型に開かれていて、スカートの中には彼女のプライベートゾーンが見えている。
ビンゴっ!
このシチュエーションは間違いないっ! 遅刻しそうになってた女の子が朝食もままならず、食卓に用意されていたトーストを掴み取りながら家を飛出して走りながら学校に向かう途中の四つ角で同じ学校に通う冴えない男の子とぶつかり、そんな出会いが切っ掛けになってお互いに意識し始めるって運命の出会いフラグが立った予感がするぜ!
期待に胸が踊って、跳ね上がる鼓動と興奮を悟られないように、取り分け冷静を装った優しく声を掛け、転んだ女の子に手を指し伸ばした。
「大丈夫? 立てるか?」
俺の声に気付いた女の子は、ハッとした様子を見せた後、自分の姿勢とスカートの状態に気付いて、慌ててスカートの裾を押さえると、そのままぺたんと女の子座りの状態になった。
「み、みみみ、見た?」
俯いたままスカートの裾を押さえて座り込んでいる女の子がくぐもった声で言いながら、差し伸べた俺の手にを掴んだ。
「いや、見えなかったぞ?」
「ウソっ……見たんでしょ?」
「み、見てねぇーよ」
「何色だったの?」
「白、赤いリボン付きのヒラヒラレース付き? ……あっ」
「もっ! バカっエッチっ」
俺に向けて罵声を発しながら女の子が顔を上げて俺を睨み付けて来た。
「あっ……」
顔を上げた女の子は油揚げを口に咥えていた。
「美九音じゃねぇーかっ! お前こんなところでなにしてんの?」
「ふんっ、知泰には関係ないでしょ? ウチがどこでなにをしていようが、運命の出会いを求めていようが、あんたには関係ないじゃん」
正体がばれた美九音は普段は決して人前では見せない狐耳と短いスカートの布を押し上げて、顔を出したもふもふした毛並の良い尻尾をゆらゆら揺らして腕組みをし、横柄な態度で俺を睨んでいる。
「耳っ! 尻尾も出てんぞっ! っつーか! のんびりしてっと遅刻すんぞ。お前にしては珍しいじゃねぇーか? 遅刻寸前までこんなところをふら付いているなんでよっ!」
美九音に問うたところで携帯を取り出して時間を確認する。
「……6時50分? あれ? なんで? 目覚まし時計は確かに……あれーーーーっ?」
「当然よ! ウチが忍び込んで目覚ましの時間を1時間ほど早めておいたもん」
……こ、こいつ、なんてことをしやがるんだ。
「だって、あんたが通り掛る時間まで暇だったんだもん。それにウチの無遅刻、無欠席の記録が途切れちゃうのも嫌だったし」
美九音は悪びれる風もなく、ぱたぱたと尻尾を揺らしながら、しれ~っと、とんでもないことをぬかしやがった。
「……おーまーえぇ~っ! もしかしてこのシチュエーションをやりたかったがために、わざわざ早朝にこんなところまで来て、マンションに忍び込んで俺の部屋に入り込んで、目覚まし時計を狂わせたのかっ! そもそもお前は女の子なのに男の部屋になんか忍び込んでくんなっ! 幼馴染みとはいえ、男の部屋に毎度毎度、忍び込んで来て襲われてぇーのかよ、お前はっ」
怒鳴り付けるように言葉を荒げて美九音を叱りつけた。
「……そ、そんなに怒っちゃヤダよ、知泰」
俺が怒鳴り付けると美九音は肩を窄めて、現れている狐耳をパタリと折ってへこたれさせた。
「そ、それに……ウチ、知泰のところにしか忍び込まないもん。……と、ととと、知泰はウチが忍び込もうが薄着でミニ履いていようが、ウチになにもして来ないし? 安心してるもん……。きゃっ!」
俺は美九音の両肩を乱暴に掴んだ。
「いいんだな? 俺がお前になんかしちゃっても、本当にいいんだな?」
「えっ、え、え、えっ! ……と、知泰? 急にどうしたの?」
「して欲しいんだろ? 俺にエッチなこと? あんなことやこんなことをして欲しいんだろ? 俺の〔ぱきゅ~ん〕で、お前の初めてを〔ぱきゅ~ん〕を奪って欲しいんだろ? なら観念しろよ、俺だって男なんだぜ? お前の幼馴染みである前に、一般的な高校生の男なんだぜ? 〔ぱきゅ~ん〕に興味だってあるし、チャンスさえあれば〔ぱきゅ~ん〕してぇーんだよっ」
「ちょっちょ、ちょ、ちょっと? 知泰? ダメだよ、こんなところでなんて……そ、そのね? ウ、ウチ……恥ずかしいよ……」
「じゃあさ? 授業終わって帰ってからならいいのか?」
「…………」
美九音は黙ったまま赤らんだ顔を俯けてしまった。
「どうなんだ?」
「ダメ……かも。だってあんた、ウ、ウウウ、ウチと離れたいんでしょ? ウチのこと嫌いになっちゃったんでしょ? だからウチと離れてたいってゆったんでしょ? それにそういうことするのはね?」
「そういうことするのは? なに?」
「け、けけけ、……」
「け、けけけ?」
「け……けけけ、結婚して、お嫁さんになってからじゃないとダメかも……」
……言って置くがな美九音よ。
俺はこの先に誰かと彼氏彼女の関係になって付き合うことになったとしたら、それが例えばお前だろうと誰だろうと、そんなに我慢出来ねぇーぞっ!
お前はもし俺と付き合ったら、俺を生殺しにするつもりかよっ!
……まあいいか? その時はその時の風が吹くさ。
上目遣いで俺を見つめ、紅い眼を潤ませているこいつを見ていたら、何故だかそんな風に思えてしまう。
今回、ほんの一日だけ、いや時間的には一日というほども無い、短い時間だけだったけれども、こいつと、美九音を突き放して、こいつを怒らせて突き放されてみて分かったこともある。
結局のところ俺はこいつと居る時間が好きなんだってさ? いつも嫌々無理やりに起こされても、こいつの放つ眩しさに自分の情けなさを思い知らされても、こいつが傍に居ない事が寂しいんだって事が、幼馴染みとか許嫁とか、そんな俺たちの与り知らないところで決まってたことなんかは別にして、俺にとってこいつは、美九音は特別な奴なんだってさ。
例えば、例えばだぞ? 手の平に書いた“好き”って文字を顔のに押し付けられて見せられても、なにが書いてあるかなんて読めやしねぇーし、姿が豆粒みたいにしか見えないところから見せられても同じように読めやしねぇーんだ。
俺とこいつは一度、妖界でのこととして結婚式を挙げたけれども、その時に俺の中で釈然としていなかった気持ちは、子供でもなくかといってまだ大人に成り切ってない高校生の俺たちの急速に縮まった距離に、対外的な面識だけ縮まった距離に俺は戸惑っていたんだ。
いつも傍にいるから気付けない気持ちがある、離れてみて始めて気付く気持ちがある、それが分っただけでもいいさ。
「ねぇ知泰?」
しょぼくれた声色で俺を美九音が呼んだ。
「なんだよ」
なんだか分かった様な事を、知った様なことを考えた所為か照れくさくてぶっきらぼうに返事を返す。
「……まだ怒ってる?」
様子を窺がう様に潤んだ眼をして上目遣いに俺の顔を覗き込んでいる幼馴染みの握ったままの手を引いて歩き出した。
「……美九音?」
「なに?」
「学校に行くぞ」
「……それだけ?」
ちょっとだけ不満が残る声で尋ねながら、俺に手を引かれて後ろを着いて来る。
「うん、それだけ」
今はいい、これでいい。俺たちの年相応の、等身大の距離でいいんだ。
「……ちぇっ」
美九音は小さく詰まらなそうに可愛らしい舌打ちをして横に並び掛った。
「なんだ? 不満そうだなお前」
「……べ、別に」
「ならいいじゃねぇーか? 早く学校に行こうぜ。今日の昼飯は俺が奢ってやるよ、昨日のお詫びにさ」
「う、うん! ウチね? 今日はきつねうどんが食べたい♡」
……今日はって、お前が学食で食べる昼飯の週の三分の二はきつねうどんじゃねぇーか!
嬉しそうに天使の様な笑みを浮かべる幼馴染みの手を引いて、俺たちは学校へと向かった。
「ねぇ知泰?」
「なんだよ、今度は」
好きかって聞かれても今は答えてやらねぇーからなっ、俺は。
「昨日、あんたったば、狼と猫の奴にキスされたじゃん?」
……そ、そんなこともありましたね。
「その後さぁ~、狼に聞いたんだけどあんたってば、波音ちゃんや飛鳥、それに真冬さんにもキスされたんだってね?」
……そ、そそそ、そんなこともありましたね。
「ウチ、絶対、じぇ~ったい許したげないんだからねっ」
先程まで魅せてくれていた嬉しそうな微笑みはどこえやら、頬を膨らませながら氷の微笑を浮かべている、ちょっと? 九尾な幼馴染みと、夏休み明け2日目のまだ残暑が厳しくなりそうな一日を過ごすことになるんだが、果たして今日、俺は無事でいられるのだろうか?
「あんたさ? ほんとどうするつもり? あいつらにキ、キキキ、キスなんか許しちゃって、あいつらも本気だよ? あんたのこと」
ですよねぇ~。
「まあ? それはあんたとあいつらの問題だから? ウチはとやかく言わないけど、あんたがもしあいつらの気持ちを踏み躙るようなことしたら、ウチ、あんたを許さないから」
狐の嫁入りっ ちょっと? 九尾な女の子
第二章エピローグというか第三章プロローグ 得てして余りにも近くに居過ぎるって、遠くに居るのと案外変わらねぇーよな?
終わり。
ご拝読アリガタウ。
次回から第三章に突入いたします。
では第三章もお楽しみにっ!




