なんてこった! 嫁と姉ちゃんが修羅場ってるんですけどっ 14
闘いを再開してからも一撃すら、いやこっちが技を出すことすら出来てねぇー。もうダメだ姉さんには敵わない。
姉さんの本気に恐怖したのか、空は俄かに曇り始めぽつりぽつり雨粒を零し出し始めた。
体中が痛てぇー、もうこんな戦いは終わらせて家のベッドで眠りてぇーよ、美九音。
逃げ出したい気持ちが顔を出し始める。
だけど……今日は、今だけは逃げるわけにはいかねぇーんだぞ、俺。
「知泰……」
幼馴染みで許嫁だということが発覚し、昨日まで短い間だけれども嫁だった美九音のか細く不安で溢れた声が耳に届いた。
雨に打たれ太陽の匂いがする地面に、仰向けになっている体を転がりながらお越し始める。手を地面に突っぱねながら膝を立て這うようにして。
「知? まだ立ち上がれるのですか……」
いつも穏やかでおっちりとした喋り方をする姉さんが、僅かに強張った声色で、再び驚きの様子を見せている。
「……俺りゃー打たれ強ぇーんだよ」
いつもいつも、毎日のように美九音の理不尽喰らって鍛えられてんだっつーの。これくらいなんてこたぁーねぇーんだよ。
立ち上がった俺に休む間を与えることなく、姉さんが間合いを詰めてきた。どこまでも本気の姉さんだが、少しは空気読んでくれよって思わないか?
一気に間合いを詰めた姉さんの右の掌が俺の胸部の左側に添えられた。
ヤベェ。これは七霧古神道体術奥義“神縫い”じゃねぇーか? こんなもん喰らったらマジで死んじまうかも知れねぇー。
奥義、神縫い。掌或いは拳を相手の体に添え零距離から放つ打撃技で貫き手の一種だ。宙にぶら下げたタオルや手拭い、或いは布団なんかを拳速だけで突き破り穴を穿つ七霧でも最高難度の奥義中の奥義だぜ。
記憶に無い程、小さいときからひたすらに毎日毎日の修行を重ねて物にしていく技である故に、七霧に生まれなければ絶対に修得することは不可能な技だ。
「波音先輩?」
「は、はいっ」
「知は明日から暫く入院のために学校は休ませますから、そのように手続きを……」
「えっ? 飛鳥……ちゃん?」
「終わりです。知」
「……っ」
姉さんの言葉が終わると同時に体を襲う凄まじい爆発にも似た衝撃が俺の体を貫いた。
「あがっ……がはっ」
七霧 知泰17歳高校2年生、只今吐血中につき暫くお待ちください。っても……もう意識が……体の感覚が無ぇー痛みすらも感じねぇ―ぞ? ああ……そうか、これ、この感覚って以前にも体験したっけ? 痛みが酷いと人間は痛みを脳に伝える信号を断つんだよな……。
前のめりに地面へと向かって倒れていく感覚を虚ろな意識と視界でぼんやり認識していた。
「ともひろーーーーっ」
美九音……。
声がした方向に眼球だけを向けると両手で顔を覆った美九音が膝から崩れ落ちていく様子が映った。崩れていく美九音を両隣にいた紅葉と未美が支えてくれた。
倒れねぇー倒れねぇ―ぞ、俺もーーーーっ。
「知……これ以上向かって来ないでください。本当に死にますよ」
「じょ、上等……だぜ、姉、さん」
そう言い終えた途端に地面に倒され、仰向けになった俺に馬乗りになった姉さんは左手の拳を硬く握った。硬く握られた姉さんの拳が俺の体に再び添えられる。
姉さんの利き腕は右。そして今度の“裏神縫い”は左手だ。
両方の手で同じ威力を持った神縫いを使える人間は、七霧の歴史の中でも数える程しかいねぇーって、じいちゃんに聞いたぞ? あの天才と言われた兄貴でさえ、その威力は利き手の半分にも満たなかったそうだ。
しかし器用な姉さんは、両方とも同じように使えるとも。
「御嬢様、お止めなされよ」
この声は……。
「与田」
俺の代わりに姉さんが声の主の名を呟いた。
「もう勝負は着いております」
「与田……あなたは何に話し掛けているのです? わたくしは庭樹ではありませんよ」
ついにボケたかジジイめ。
「知泰坊ちゃん。お久しゅうございます」
「与、田……」
俺は庭石じゃねぇーぞ。
「知泰坊ちゃん。よくぞ御嬢様に一撃を与えましたな。見事でございましたぞ」
「ボケましたか? 与田。2撃……、同質、同量の神縫いを同時に2撃です。知はわたくしが最初の神縫いを放ったときに、わたくしの腕に“双連神威”を叩き込みました。お蔭でわたくしの腕は折れ、放った神縫いの威力も半分以下にまで下げられましたわ」
「双連神威、ですとな? この私めは、七霧では無い故に本物の神縫いも修得出来ませんでしだが、言い伝えは先々代から聞かされておりました。神威とは神縫いと同様に零距離からの打撃技であり、神縫いの最上級技であると。その神威の双連を……」
与田のジジイが地面に倒れている俺の方に向け、記憶を懐かしむ様な遠い目をしていたっておい。……だから与田? 今なにに視線を向けた? 俺は丘に打ち上げられた鯉じゃねぇーよ!
「ええ、両腕で挟み込まれ神威を受けましたわ。もし知にダメージの蓄積がなければ、もしここ数年鍛錬を怠っていなければ、わたくしの右腕は影も形も無かったことでしょうね」
「知泰ぼっちゃんんっっ」
よぼよぼ、よたよた杖をつきながら近付いて来ていた、源柳斎・S・与田が突如走り出した。
美九音、目掛けて。
って! てんめぇーーーーっクソジジィーーーーっ! そいつは俺じゃねぇーし。っつーか美九音に抱き着いたら冥土行きの渡し船の片道切符をプレゼントしてやっからなっ!
ぺチン――☆
あっ! 美九音に叩かれた、叩き落とされた蚊の如く。
まあ、あれでも七霧道場の最高師範代なんだよな? 今や見る影も無いボケジジイとなっているけれども、与田は俺たちの師匠で拳の腕も然ることながら剣の腕は超一流だったんだぜ?
「そういえば知? あなた七霧の生家から宝刀を持ち出しましたね?」
と姉さんがパチンと指を鳴らした。
すると姉さんの側近がなにやらぶら下げて音も無く現れ、それを姉さんに差し出した……って! 枢? 宇敷 枢じゃねぇーかっ。
なにお前、亀の甲羅みたいな模様に縛られて、磯〇波〇さんが同僚と呑みに行った帰りにぶら下げているお土産の助六寿司みたいになってんの?
っつーか姉さん? なにしてんのあんたっ! この場面は絶対視覚化出来ねぇー絵図面になってんじゃねぇーかっ。多方面に置いてヤバイ絵図面だぞ? 絶対にないけれどもアニメ化されたとしたら、この場面はテレビ一面モザイクで埋まっちまうだろっ。
「うわぁ~ん。助けてよ知泰お兄ちゃ~ん」
「話はこの座敷童から全部聴きましたよ、知。あれは……大炎魔七斬は便宜上、宝刀と呼んではおりますが、決して持ち出してはならぬ代物だったのですよ」
えっ? どういうことなんだ?
「あの刀には、とある化け物が封じられているのです」
……ああ知っているぜ。
「その化け物とは――」
「がはっ……げほっげほ……」
吐血再び……、俺死ぬっ! きっと死ぬっ!
「知? 大丈夫ですか?」
「知泰っ」
涙を流しながら美九音が駆け寄って来る様子が薄れる意識と視界に映った。
「……うぐっ」
気は失わねぇぞ、絶対に。今俺が気を失えば美九音に心配を掛ける、あいつがまた泣きじゃくるじゃねぇーかっ。
唇が噛み千切れるほど強く唇を噛み締め、その痛みで今にも失われそうな意識を呼び戻した。美九音が上向きに倒れている俺の頭側に立ち、涙を浮かべて心配そうな表情で見下ろしている。
「美九音?」
「な、ななな、なにっ!」
「そこに立つとパンツが見えそうになるんだけど……」
「なっ!? 見るなっ、見ちゃダメ……」
そう言って顔を真っ赤に染め上げた美九音は、短く詰めた制服の裾を押さえペタンとその場に座り込んだ。
あれ? いつもは俺の前ではパンチラすることなんて気にも止めねぇ―のに、どうしたなにがお前に起こってんだ?
「御姉様が御主人様を……」
「狐が知くんを……」
「久遠寺さんが知泰さんを?」
「九尾ちゃんは弟くんを男の子として意識し始めた様ですね、本当の恋に目覚め始めたみていですよ? これまで幼馴染で兄妹も同然に育ち、弟くんのことは好きは好きなのだけれども、それは異性としてというよりも、寧ろ家族愛に近いものだったのでしょうけれど、まさに今、特別な異性として見ていなかったのでしょうけど、今日の弟くんは九尾ちゃんとの行く末を掛けて飛鳥ちゃんと必死に戦い、倒れても倒れてもフルボッコにされても何度も何度も立ち上がる弟くんを、恐らくはまさに今、初めて弟くんを異性として感じ始めたのでしょうね」
「恥じらいを見せている御姉様って可愛い」
「飛鳥……もういいでしょ?」
「美九音ちゃん。あなたその妖気……」
「これ以上、知泰を追い込むことはウチが許さないから」
美九音? お前また九尾の力の破片を集めたのか? 無茶しやがって。
「違いますよ、知。美九音ちゃんも目覚め始めたのです。彼女自身の九尾の狐の力に目覚めつつあるのです」
俺と美九音がこうなることが、自身の力を目覚めさせることが姉さんの、七霧の今回の目的だったのか? それとも単に姉さんが極度のブラコンを患っている所為で美九音に嫉妬して起こした戦いなのか、その真意は分からない。
というか分からなくなった。
姉さんの側近が呼んだ七霧の者たちに怪我の応急処置を施された後に、美九音と姉さんがどっちが俺の看病をするのか言い争いをおっ始めたからだ。
「飛鳥? その知泰に、知泰に折られた右腕で看病なんて出来るわけないじゃん。ここは許嫁のウチに任せておけばいいのよ」
「それもそうですね? でも大丈夫ですよ? 知の状態に比べれば右腕の一本くらい大した怪我じゃありませんわ」
「痩せ我慢すんなっつーの! そんな腕じゃ箸も満足に持てないでしょ? 知泰の看病はウチがしたげるの」
「あら大変。困りましたね、知? 姉さんお箸が持てないわ。あっ! そうだ食事のときには知に、はい、あ~ん。ってして貰うことにしましょう」
「ぬぐぅぐ……」
「お風呂のとき体も満足に洗えないですわね? あっ! そうだ知と一緒に入っていろいろなところを洗いっこすることにいたしましょう」
「ぬぐぅぐ……ダメ……そんなの絶対にダメっ! ダメなのっ、ダメなんだからっ!」
こうして俺と美九音と姉さんとの闘いは終焉を迎えた。
「ねぇ知泰? あのさ……もし飛鳥に負けたらウチとの距離を置きたいってゆってたよね? ……あれって本気、なの?」
「……ああ本気だ」
「知泰、負けちゃったよね?」
「ああ、負けたな。完膚無きまでに」
「でさ? ……どうするつもり、なの?」
小さい頃から当たり前のように何時も一緒に居た美九音と今更どうやって距離を置けば良いのかなんてわからねぇー。
だけど今のままじゃ俺は美九音を守れるだけの力がねぇ、夏に出掛けた旅行での夜、こいつに言えなかった言葉を言えるまで、言えるようになるまで、胸を張って言えるようになるまで、こいつの傍に居る資格が今の俺にはねぇーような、そんな惨めな気になってしまうんだ。
だから……美九音。
「バ、バババ、バカーーーーっ! 本気でそんなこと思ってんの? 本気でウチと離れるっつてゆってんの? 誰があんたに守ってくれなんてゆったっ!」
「……」
美九音? お前も俺を必要とはしてくれねぇーんだな……。
「もう知らないっ。勝手にすれば? で、ででで、でもあ、あああ、あんたがウ、ウウウ、ウチから離れている間に、ウ、ウチが他の雄に取られちゃっても知らないんだかんねっ! ウチがカッコイイ雄とで、でで、出会っちゃっても知らないんだからねっ! バカーーーーっ」
そう捲し立てると美九音は走り去ってしまった。
「……美九音は俺なんかに守って欲しくねぇーんだよ。ヘタレで弱っちい俺なんかにさ」
「御主人様はバカ」
「ほんと……知くんはなにも分かってないわね、まぁあたしはそれでもいいんだけどさ。……ねぇ知くん? 狐はああは言っていたけれどね、好きな男の子にお前は俺が守ってやるって言われて嬉しくない女の子なんていないよ? 守って欲しくないって思う女の子なんていないんだよ」
本当にそうなんだろうか、あいつも……。
姉さんとの闘いの最中に振り出した雨は、まだ止まることを知らず、また激しく降り出していた。
狐の嫁入りっ ちょっと? 九尾な女の子 season2
第二章 なんてこった! 嫁と姉さんが修羅場ってるんですけどっ
おわり
第三章につづく。
ご拝読アリガタウ
次回はエピローグみたなプロローグを挟んだのち、新章に突入していきます。
次回もお楽しみにっ!




