なんてこった! 嫁と姉ちゃんが修羅場ってるんですけどっ 12
姉さんの拳は俺の鼻先でピタリと停止した。
おそらく姉さんは手加減はしてくれているんだろうけども、それでも一度は当てるつもりで繰り出した拳を止めるなんて曲芸じみた芸当は姉さんだから、達人らからこそ出来ることだ。
「知? どきなさい」
「嫌、だと言ったら?」
普段から弟の俺を猫っ可愛がりして、あまつさえ油断していると恋人だと言いかねない姉さんのブラコンぶりだったら、俺に敵意を向ける、なんてことは出来ねぇーだろ?
「なら知ごとブチのめすまでですよ」
またもや期待空振り! あれ? どうして俺は」いつもこう期待は外れて悪い展開になるんだよっ。
「知泰はどいていなさい。ウチがやらなきゃなんないことなんだから、これは」
「いいえ美九音ちゃん。あなたもですが知にもやって貰わないといけないことなんですよ」
俺にも? いったいなにを企んでるんだ姉さんは。
「いいから始めますよ。2人掛かりでも、なんなら今し方、伸ばしたそこに這いつくばっている狼さんに猫さん、それに波音先輩と真冬先輩も纏めて掛って来て下さっても良いですよ」
「御主人様、御姉様、……私はやる」
「……あたしもよ、知くん。狐もいいわね?」
「知泰さんっ! 私は――」
あっ……波音ちゃんが泣いちゃった。
「やりますよね? 波音先輩に真冬先輩?」
「なんで私まで……」
涙目になって戦意喪失しているように見える波音ちゃんと真冬さんに向かって、姉さん? あんたは鬼かっ!
「ダメよ。狼も猫も黙って見てなさい。これはウチの問題なんだから出しゃばってくんなっつーの」
「美九音? お前なんでそこまで姉さんに突っ掛っていくんだ? 意地張っても今のお前じゃ姉さんにはどう足掻いても勝てやしねぇーぞ」
「だからよ、だからこそ意味があるんじゃない」
「もしお前が九尾の力の破片を取り込んで力を得て、万が一また暴走して我を忘れてお前がお前でなくなっても……、俺を忘れてしまってもいいのかよっ!」
「いい分けないでしょ? そうならないためにウチは戦ってんの、飛鳥と」
「……そうかよ。なら俺も一緒に姉さんに挑んでやんよ。だからさっさと九尾の力の破片を集めろ」
「もう集めないよ。ここで飛鳥と向かい合った最初は集めたけど、それじゃダメなんだって気付いたの。あれは昔々に存在した九尾の狐の力であって、今の久遠寺 美九音の力じゃないわ。それじゃダメなんだって気付いたの」
「あら? なかなか賢いですわね、美九音ちゃん」
姉さん? それはいったいどういうことなんだよ? なぁ美九音、いったいなにをしようとしてんだよ?
「知にはまだ分からないのですね? それでは美九音ちゃんの対にはなれませんよ。美九音ちゃんにとって知は確かに弱点と成りえました。しかし知にとっても美九音ちゃんが弱点にならなければ意味がありません。しかし知も知っているように事態は急を要して来ました。決戦まで時間がないので、少し強引ではありますが、もう一段階計画を進ませることにしたのです」
急を要した事態とは鬼の一族復活の件だろうけど、計画っていったいなんなんだ?
「お話はもうこれくらいにしておきましょうか?」
言い終わるや否や姉さんが動いた。
「私たちも忘れないで」
「狼、挟み打ちにするわよ」
紅葉と未美が両サイドから美九音と俺に向かっていた姉さんに襲い掛かった。
「……っ」
「くっ……」
半妖化した紅葉と未美の奇襲は、姉さんが両腕を広げた、と思えば一瞬の内に2人共、10メートルほど吹き飛ばされて地面を転がった。
っつーか姉さんがなにをしたのか全く見えなかった。
「来るわよ知泰。ウチの忠告を無視して参戦したんだったら、少しは本気だしてよね。……くっ」
いつもの威勢を見せた美九音だったが、俺たちがここに来る前に姉さんから受けたダメージの蓄積でよろめいた。
「美九音っ! 大丈夫かっ」
今にも地面に崩れ膝を着きそうになりながら、必死に立っている美九音の体を支えた。
「知泰……ありがと」
「知? 姉さんの前で女の子とイチャイチャしないでください。姉さんは不愉快です。それが七霧の家が決めた知の許嫁であっても」
姉さんが俺たちの前で急停止をしたと思えば、そのトップスピードからの急停止により発生した運動エネルギーの力の全てを右手一本に乗せて掌底打を繰り出した。
「知泰っ! 危ないっ」
「バカっ美九音、お前……」
美九音が咄嗟に俺を突き放し体を入れ替えた。
「ぐっ……」
美九音は小さなうめき声と共に、その細い体が宙に舞った。
「美九音っ! ……姉さんっ」
「まだまだですよ」
姉さんは俺を無視して吹き飛んだ美九音目掛けて走り出した。美九音は大地を転がり漸く停止したところで、よろよろと体を起こし始めている。
そこに姉さんの容赦のない蹴りが撃ち込まれ、美九音の体は休む暇も無く再び宙を舞った。
そこへ先程、姉さんに吹き飛ばされた紅葉と未美が復活し、またも美九音に向かおうとした姉さんに飛び付いた。
「行かせない。これ以上、御姉様を傷付けさせない。御主人様、御姉様をっ」
「知くんっ! あたしたちが押さえている間に狐を看てあげてっ」
「お、おう」
紅葉と未美の言葉に頷いて、地面に蹲っている美九音の下に駆け寄った。
「美九音っ大丈夫か」
「ウチの心配なんかしている暇があったら、自分の心配をしてなさいよあんたはっ! 痛っ」
「馬鹿っ、なに意地になって姉さんと戦ってんだよ? お前は」
「……だって、悔しかったんだもん」
そう言って美九音はプイッと顔を背けてしまった。でも紅い美九音の眼はなにかを言いたがっているようにも見えた。
「なにがだよ?」
「教えたげない」
美九音を看てやると言っても俺になにが出来るわけでもなく、美九音の傷付いた細い体を抱き起してやった。
「いいから言えってーの。言いたいことを言わないなんてお前らしくもねぇー」
「……たから」
「なんだよ、聞こえねぇーよ」
「ウチにはあんたのことを任せられないって言われたからっ」
「えっ? それどういうこと?」
「今のウチじゃあんたを守れないって、あんたを妖の事情に、これから嫌でも巻き込んでしまうウチにはあんたを守るだけの力が足りないって、全国に散らばった殺生石の破片を、九尾の力の破片を集めて暴走しかねないウチには知泰を預けるわけにはいかないって言われたの! ……ウチ、知泰の許嫁なのに」
バカかこいつは……。そんなの気にしなくてもいいのに。……いやバカは俺の方か? こいつを、美九音を守るとか心の中で決めていながら、俺は、俺にはそれだけの力がねぇーからってどこかで重荷に感じて諦めて逃げて、こいつに面と向かって、こいつの顔を見て言ってやれねぇーんだからな。
「御主人様」
「知くん、もう持たない」
先程は一瞬にして姉さんに弾き飛ばされた紅葉と未美が、今度は相当喰らい付いてくれているようだ。
「美九音、ごめんな? それは俺も同じだよな」
「知泰?」
「知、分かっているではありませんか? 知も美九音ちゃんには到底釣り合ってはいないですね、今のままでは」
「そうね飛鳥。ウチは……以前の九尾の狐じゃないんだもん。久遠寺 美九音っていう新しく生まれ変わった九尾の狐だもん。ウチは以前の九尾の狐ではなく、久遠寺 美九音として在りたいと思うわ」
「だったら美九音ちゃん。あなた自身の中に眠る潜在しているはずの九尾の狐の力を発揮しなさい。まだまだ自分自身の物にするには時間がかかるとは思いますけど、時間が余りありません。ここはひとつ荒療治ではありますが、とことんあなたを追い込んで九尾の力を覚醒してもらいます。覚悟してくださいね、ここからは本気を出していきますから下手をしたら……あなた死にますよ」
言い終わるや否や、姉さんが美九音目掛けて攻撃を繰り出した。今度のはこれまで美九音や紅葉、未美に対して使っていた物じゃない。
その拳には印が結ばれ、光を纏っていた。
本来の姉さんが妖を退治するときに使う技だ。あらかじめ複雑な印を拳や足、体中に直接描き得意の打撃と共に繰り出して一気に対象を殲滅する七霧古神道術の奥義とも言える技だ。
俺も初めて目にする。こんなのを妖である美九音が喰らえば……消滅してしまうじゃねぇーかっ! そんなことはさせねぇー。
「知泰?」
俺は美九音の前に立ち、姉さんが繰り出した本気の一撃を右手の手の平で受け止めていた。
「あら知? あなたも本気を出す気分になりましたか? かつて死んだお爺様とに愛され、七霧の血を引かない門徒の中では七霧始まって以来の切っての使い手であり七霧流古武術最高師範までなった男、知付きの執事でもあり、わたくしたちの師匠でもある源柳斎・S・与田に若干8歳にして天才と言わしめた、あなたの本気を」
今春、4月に学園で起きた鬼襲来から俺は怠けていた武術の鍛練とトレーニングを再開してきた。だけど先月起きた、いくしま童子の配下に身を窶してしまった、もうひとりの俺たちの幼馴染み、新田 綾乃による美九音拉致事件のときには、まったく話にならなかったけど、大分以前の勘は戻ってきている。
だからと言って今のままじゃ姉さんには到底及ばないだろうけど、俺もやらなきゃなんねぇーときがきているんだと思うんだ。
おそらく美九音は封印されたままの九尾の力に頼っていてはダメだってことに気付いて、姉さんに誘われるままこの戦いに挑んだに違いねぇー。
もし俺が今日ここで逃げたら、もう2度と美九音を守りたいなんて言わねぇーよ。いや言う資格すら失うんだと思う。
「なぁ美九音?」
「なに知泰」
「もし俺が今日、姉さんに勝てたならさ」
「飛鳥にあんたが勝ったら?」
「お前の思い付きで結婚式挙げてさ、突然お前が俺の嫁になったり、それは結局、誰にもなにも認められていねぇー関係は子供のママゴトみたいなもんで、結局は元の幼馴染みっていう関係に戻った途端に許嫁だとか言われたり、いろいろあったけどさ。もし俺が姉さんに勝てたら美九音、俺の彼女になってくれねぇーか」
「なにゆってんの? 知泰が飛鳥に勝つなんて出来るはずないじゃん! って、そ、そそそ、そのあとなんてゆったの? 今。えと……その、かっ、かの……(ry」
「俺の彼女になってください。って言ったんだよっ」
何度も言わせんなハズカシイ。
「えっ? えぇえええええっ!? いいの? ウチで本当にいいの? ウチ……言っちゃなんだけど、凄く可愛いよ? 頭も良いし美人だしスタイルも良いし万能美少女だよ? こんなウチで本当にいいの?」
本当に言っちゃなんだけど、だなオイっ! 自画自賛じゃねぇーか。
「いい、っつてんのじゃねぇーか! 俺はお前じゃなきゃダメなんだ」
「ほんと? 嬉しい……かも」
「だけど負けたら、俺はお前から暫くの間、少し距離を置こうと思う」
でないと俺自身の甘えが消えねぇー。
「……えっ? それ本気で言ってんの?」
「これで俺が負けるようなら、俺にお前を守らせろ、なんて言う資格はねぇーんだよ」
所詮、俺は人間なんだ。これから始まろうとしているパネェー妖の事情に首を突っ込んで美九音に負担を掛けるくらいなら、俺なんてお前の傍に、隣になんていない方がいいんだよ。
それがお前の為になるんだ。
きっと……。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ
次回もお楽しみにっ!




