なんてこった! 嫁と姉ちゃんが修羅場ってるんですけどっ 11
もう一つの門。その門は目に見えて“門”の形をしているわけじゃない。
丑寅の方角、つまりは屋敷を中心に北東に位置する場所になり鬼門と言うんだ。鬼門は悪しき者が溜まり易い場所、鬼が出入りし集まる場所だとも言われている。
つまりは妖、人間から見れば忌み嫌い、畏れ退ける悪しき者でもある。なら俺の考えている通りなら、姉さんはその鬼門には結界を張っていない。
そうしなければ美九音は九尾の妖力の破片である殺生石を集めることが出来ねぇーからな。
「あの知泰さん? もしかして久遠寺さんを探しに来た強い退魔師っていうのが飛鳥ちゃんなのですか?」
「さあ、それはまだ分からないです。それがもし姉さんだったなら姫子先生が言っていた、美九音を探すって情報の表現はおかしいんです。姉さんならわざわざ探す必要はないですからね。それに四天王の封印を姉さんが解くとは思えないんですよね」
だったら酒呑童子の四天王の封印を解いた別の退魔師が動いているってことになる。だけどだとしたら、姉さんはなぜ美九音を……。
美九音が強引に俺と祝言を挙げたことが気に入らない? でもそれは先々では七霧と久遠寺が望むことじゃーねぇーの? 俺と美九音を許嫁にしたんだし。
「御主人様、着いた」
あれこれ思考を巡らせている間に、七霧の屋敷の丑寅の方角に当たる場所に着いた。しかしそこに目に見えた入口は無い。
「行くわよ」
そう言って未美が石膏を塗った白い塀に向かって歩き出した。未美が塀に阻まれるかと思いきや、体が塀を擦り抜けて行った。
俺の考えは正しかった。やはり姉さんは鬼門を開けていたんだ。
続いて紅葉、波音ちゃんと真冬さんが塀の向こう側へと消えて行った。そして俺もその後に続いて塀を擦り抜けようと飛び込んだ。
「痛ってっ! なんで俺だけ通り抜けられねぇーんだよ」
俺の体は白い塀に阻まれた。
〔やれやれじゃのぅ~我が主様よ〕
脳内に直接語りかけてくる年端の行かない幼女の声がした。その声の主は大炎魔七斬、七霧に伝わる漆黒の妖刀、妖殺しの刀。その中に封じられたらしい得体の知れない者の声だ。
〔主がなぜ通れぬのか分からぬか? 主様は人間じゃ通れるはずが無かろうよ〕
……忘れてた。俺は人間なんだ鬼や悪しき者たちが出入りする場所を通れるはずがねぇーっ!
俺、つまり人間は妖とは違い紅葉や未美のような妖みたいに壁を擦り抜けたり空を駆けたりみたいな妖力や長く生きている間に神通力を授かっているわけじゃない。
目に見える物理的な遮蔽物は、当たり前のように目の前に存在し、目に見えない門は当たり前のようにそこには存在していないんだ。
〔それだけでは無いわ。鬼門というのはのぅ、悪しき者が溜まり鬼が出入りする場所と云われておるが、しかしだからこそ、その場は清浄に保ち淀んだ気を流す場所でもあるのじゃよ。神々が通る場所でもあるからのぅ〕
神々が? だけどあいつらは妖で神様じゃねぇーだろ。
〔あやつらはある意味で神じゃよ。この日ノ本、火ノ国、陽出る国には八百万の神々が存在しておる。時に妖を神と奉ることもあろう? 狐の妖を現にあの九尾の狐っ娘の神社では崇め奉っておるじゃろ〕
稲荷神社に祀られている狐も広い解釈をすれば神様であり狐の化け物ってことだよな? 八百万の神々っていったいどういうような者たちを指しているんだ?
〔様々じゃよ。犬神や猫又、あやつらは元々生きておった生物に執着し長きに渡って生きて成った付喪神じゃ。やつらはある意味で神でもあるのじゃよ。それに主様が降ろすことが出来る仏法神もまた八百万の神なのじゃよ〕
だったら神様を降ろせる俺も通ることが出来てもよくね?
〔それは無理じゃ。主様はあくまでも人間なのじゃ。七霧の始祖は確かに“人ならざる者”ではあったようじゃがのぅ。しかし主様はその因子を持って生まれただけで神では無い〕
ここに来て俺だけが美九音ところに、あいつを助けに行けねぇーのかよ……。
〔そんなに落ち込むことはないじゃろ? 余程あの無い乳狐っ娘が可愛いと見えるのぅ我が主様は〕
べ、別にそんなんじゃねぇーよ……。あいつは、そ、その……幼馴染だから……。
〔あるぞ〕
今、なんっつーた。
〔ある、と言ったがなにか?〕
だからなにがあるんだっつーんだよ。美九音にはお前が言うように乳はねぇーぞ?
〔やれやれ、本当にあの狐っ娘が絡むと、主様の頭の回転はたいそう忙しくなることじゃのぅ。恐ろしいほどよく回ることがあると思えば、途端に鈍くなったりもするからのぅ〕
勿体ぶってんじゃねぇーよ。大炎魔。
〔椿姫じゃ。わしのことはこれからそう呼べ、我が主様よ〕
椿姫?
〔柳陣 椿姫、わしの名じゃよ。じゃがこれはわしを封じた人間が勝手に付けた名じゃがな〕
柳陣 椿姫……大炎魔、お前はいったい何者なんだ?
〔気になるのかえ? じゃが今は教えん。そうじゃのぅじゃがヒントはやろう、わしは鬼じゃよ生粋の鬼じゃ。但し洋物の鬼じゃ、洋ピンじゃよ〕
洋ピンって……如何わしい方面のエロ関係によく使う呼び方をするんじゃねぇーよ!
〔さあ呼べお前様よ、わしの名を〕
「椿姫っ!」
そう叫んだ俺の手に漆黒の大刀、大炎魔七斬が現れた。
〔さあ振るうがよい、お前様よ。振るって結界を切裂くがよい。こう言っちゃなんだがわしはチートじゃぞ? 本来の力を発揮したお前様や本来の力を取り戻した九尾の狐っ娘と同等にの〕
……本当に、こう言っちゃなんだがだったなっ! チート設定とかバラしてんじゃねぇーよっ。チートは物語を面白く無くするんだっ。
どれだけ作者がチート設定に、縛りを設けてると思ってんだよっ!
大炎魔七斬椿姫を手に丑寅の方角に面する塀に向かって立つ。そして漆黒の刀身を両手で振り上げ塀に向かって切り下した。
塀を斬った。まるで空気の壁を切裂いたみたいだった。衝撃はフィードバックして来ない。ただ塀自体に歪んだ空間が現れた。
〔さあ行こうか主様よ〕
「おお」
俺は塀に現れた歪んだ空間に向かって飛び込んだ。
一瞬で歪んだ空間は抜け出た。そして次いで視界に広がったのは、既に半妖化した紅葉や未美、波音ちゃん、真冬さん、そして九尾の妖力を集めて力を得たのか既に九本の尻尾が生えた美九音が、ボロボロになって地面に力無く横たわる姿だった。
その更に視界の先にはあの人がやはり居た。そう七霧 飛鳥、その人だ。いつもと変わらない柔和な笑みを讃え、無傷のまま彼女たちを見下ろしている姉の姿があった。
「遅かったですね? 知」
「これは……いったいどういうことなんだ? 姉さん」
「どう? とは」
「どうして姉さんが美九音を傷付けるようなことをしてんだよっ! 七霧が、久遠寺が俺たちの知らない間に決めたことなんだろ? こいつを俺の許嫁にして俺をこいつの弱点にして、万が一、九尾に目覚めたこいつを……九尾の狐をコントロールする手立てとして七霧と久遠寺の家がしたことなんだろ? 今のこいつは九尾で在って古の大妖怪九尾の狐じゃねぇーんだよ。なのにどうして美九音を傷付けるようなことをしてんだよっ! 今のこいつは守るべき対象で、今世での九尾を、こいつを見守って行くのが七霧と久遠寺の役目じゃねぇーのかよっ」
「あら知は、なんだか愉快な勘違いをしているみたいですね? 確かにそうでもあり、またそうでもないのですよ? 七霧にとって妖は退治し滅するものなのです。基本的にはそれが揺るがない七霧のスタンスなのですよ」
もしかして……姫子先生が掴んだという四天王の封印を解いたという退魔師の情報は、まだ事の入口で七霧 飛鳥を知らなかった姫子先生も事態を掴み切れていなくて、七霧とは別の組織が動いたんだと誤認して動いていたのだとしたら……、美九音を、九尾の狐を探していたのは他でもない七霧 飛鳥だとしたら、鬼の四天王の封印を解いたのは姉さん。
ちょっと試しにカマをかけてみるか……。
「姉さん? 鬼の四天王が封印を解かれたことは知っているか?」
「ええ。そのようですね」
顔色一つ変えてねぇーな。
「解いたのは人間の退魔師や陰陽師の組織って話じゃねーか」
「の、ようですね」
「まさか七霧が、ってことはねぇーよな? 鬼の一族は美九音を探してた。そして美九音を襲ったんだぞ。美九音と接点を持つ七霧が、こいつを襲った一味の元凶の封印を解くなんてことはねぇーよな?」
九尾の狐である美九音を守る存在でもあり、また妖は敵とする七霧だ。それが姉さんがいうところの「そうでもあり、またそうではない」ってことなんだろ?
「さあ、わたくしには分かり兼ねます。七霧と言えども大勢の人間がいる組織です。そこに渦巻く様々な人間が深い闇の部分に抱き、持つ意思までは統一など出来ませんよ」
慌てた素振りも驚きもみせねぇー。だからと言ってそのことを肯定しているようにも見えねぇー。
「ちょっと? 知泰……邪魔しないでくれる?」
姉さんと話していた俺の背後で、随分と痛めつけられた美九音が立ち上がっていた。
「これはウチと飛鳥の問題なの、邪魔しないで」
……美九音、お前。
「美九音ちゃん? そうではないでしょ。これはわたくしと美九音ちゃん、そして知の問題なんですよ」
「そうね、そうだったわ。でもウチは認めてないんだからっ」
えっ? なに? どういうことなんだ? 俺と美九音と姉さんの問題ってなんなんだ。もしかして俺のことで幼馴染と姉さんが修羅場ってんの?
「美九音ちゃん、まだやるのですか?」
「当たり前じゃん」
「なら……もっと九尾の力の破片を集めなくちゃ私に傷ひとつ付けられませんわよ」
「姉さんっ! そんなことをしたら美九音はっ」
「大丈夫ですよ、知。ここはわたくしの張った結界内です。いくしま童子のときみたいにはなりませんよ。でも……」
あの時の九尾の力に支配された美九音の姿を思い出す。戦いに餓え恐怖を喰らい歓喜していた美九音の姿を。
「でも万が一、美九音ちゃんが暴走したときはわたくしが全力を持って美九音ちゃんを滅しますから、知はなにも心配しなくても良いのですよ」
「なっ……ね、姉さん?」
「大丈夫だよ、知泰。ウチ、もうあのときみたくはならないよ」
「あら? いいの美九音ちゃん? 確かあのときは我を忘れて暴走し始めた美九音ちゃんを知がギュって抱き締めて、あまつさえ不意に唇を……、キ、キキキ、キスまでされて正気を取り戻したのじゃなかったのかなぁ~?」
「あぅ……」
「知にギュってされて、キスまでされて……ゆ、許せません、……絶対に許せませんけど、暴走する覚悟で九尾の力を集めないと勝てないですわよ。あっでも暴走しなければ知が美九音ちゃんをギュってしなくてすみますね、ウフフ」
「……それ、それ好くないっ! ぜんぜん良くないっ! 暴走はしないけど、したくないけど知泰がギュしないのはぜんぜん良くないっ」
美九音の体を禍々しい妖気が纏い始めた。
「やっとやる気を出しましたね」
言葉を終えると同時に姉さんは美九音に向かって拳を突き出した。美九音には相当のダメージが残っているのか動くことが出来ないようで反応出来ていない。このままじゃ美九音は……。
「……知?」
姉さんに呼ばれて気が付いた。いつの間にか俺は姉さんと美九音の間に体を割り込ませていた。姉さんが繰り出した強打の前に大の字に手を開いて美九音の前に立っていた。
「知泰?」
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!
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