なんてこった! 嫁と姉ちゃんが修羅場ってるんですけどっ 6
今回はちょっとした自虐ネタありです。
折角の新居で団欒とはいかないようだ。
それどころか一気に緊張が高まり周囲の空気が張り詰め、美九音と姉さんが互いに鋭い目でにらみ合だしている。
これはマジでヤバイかも。姉さんが本気になれば、いくら大妖怪九尾の狐であったとしても今の美九音では絶対に勝てやしない。
なぜなら姉さんは七霧の中でも一番だといわれ、戦いが凄惨になる退魔術である斬拳走気一体を掲げた古武(退魔)術七霧流体術の達人なんだよ。
妖をもっとも残虐に退治する退魔の方法は、基本的に己の五体を使って武器にし、洗練された技で妖を滅する、その体術は妖の体を素手で粉々に滅する七霧退魔術の中で一番残虐で非道な退魔術だ。
かといって姉さんは、なにも陰陽道に似た護符を使って妖を滅する七霧の退魔術が苦手なわけじゃねぇ。だからといって姉さんを上回る術師は門下生の中にも少なくはなく得意にしているというほどでもないけれど、しかし姉さんは体術だけなら七霧切っての天才といわれる兄貴よりも強ぇーんだ。
そんな姉さんと今はその殆どの力を封印されていて全盛期には程遠いけれども、九尾の狐である美九音が封印を逃れている殺生石の破片を学園に迷い込んだ鬼やいくしま童子との一戦同様に力を掻き集めれば、このマンションや周囲の建物は無事ではすまないだろうな?
……だめじゃんそれっ!
なんとしてもこのバトルを止めねぇーと、今世紀最大級の近所迷惑になるじゃねぇーかっ。下手したら死人が出兼ねないもんな。
「姉さんっ! ご近所の迷惑を考えろよっ! 越してきたばかりなのにご近所さんに白い目で見られたくはねぇーぞ、俺は。美九音も落ち着け、姉さんの強さはおまえも嫌というほど知っているだろ?」
美九音と姉さんは小さい頃から良く喧嘩をしていたが美九音は姉さんに一度も勝てなかった。仕舞いには口喧嘩になっても結果は同じで、口喧嘩にも勝てない美九音は必ず捨て台詞を吐いて逃げていった。
成長した今のこいつの口の悪さは、どうやらその頃に培ったものなんじゃねぇーかと今更ながら俺は納得した。
「それもそうですね、考えてみれば知の言う通りです。この場はわきまえて場所と日時を変え、改めて決着はつけるとしても、とはいえもしこの場でバトルになっても大丈夫なのですけどね。うふふ」
その根拠はいったいなんなんだよっ。
「実はこのマンションに住む住人たちはみんな妖なので死人は出ないと思いますよ? 善良な妖さんたちばかりなので少しばかり心は痛みますが」
えっ? えぇええええええええっ! このマンションはモンスターマンションだったのかよっ!
「でもね知? 未来の妹になるかも知れない、知の嫁になるかも知れない女との争いは避けられませんよ? 知の嫁に、七霧の嫁に相応しいかどうか、いくら許婚だからといっても見定めないわけには行きませんから」
姉さんの顔がいつものやわらかい表情に戻った。どうやら姉さんはこの場は押さえてくれるらしいけど眼光だけは死んでない。
「そ、そうね。きょ、きき、今日のところはウチも引いてあげるわ。ウ、ウチら今日から新学期だし、朝っぱらからバトルなんてしてらんないのよね。お弁当の続きもやらなきゃだし」
美九音の方も既に半泣きになっていた目の涙を拭ってほっと表情を緩めた。てかこいつ弁当を作りにこんな朝早くからここに来ていたのか……可愛いところもあるじゃねぇーか?
「じゃあ……ウチはお弁当の続きしよっかなぁ~」
「それはやめてくれ、爆発する料理が入った弁当なんて楽しみを通りこして昼休みが不安でしょうがねぇーよっ!」
「なによっ! ウチの、か、かか、彼じょ……(ry い、いいい、許婚の手作り愛情弁当が食べてみたくないの?」
美九音は狐耳とふさふさ尻尾をしょんぼりさせ上目遣いで俺を見てくる。そんな捨てられた子犬のような目をして俺を見るなよ……狐のくせに。
拗ねていた美九音は、しょんぼり作戦が通じないと見るや否や、作戦を変更したらしく今度は声を荒げて言った。
「ウ、ウチが折角お弁当を作ったげるっていってるのっ! こんなサービス滅多にしないんだかんねっ」
待てっ! その科白は……。
あっ!? さてはおまえぇーっ! ドサクサに紛れてどこかで聞いたような科白が混じってたと思えば昨晩の深夜に、放送していた歌舞伎の女形をしている主人公と2人の歌姫が出てくる劇場版夏休み特番アニメを観ていやがったなっ!
だがまあいい。今はそっちに突っ込んでやる余裕はねぇーな。
「違うわっ! おまえと姉さんが喧嘩している間に料理初心者のおまえが弁当を作っているのを待っていられるほど時間がねぇーんだよっ! 待ってたら新学期早々遅刻決定なんだよっ! よって今日は俺が弁当を作ってやる」
面倒臭いから滅多に弁当なんか入れねぇーんだけど、昨日は姉さんから貞操を守るためになにかと用を作らなきゃいけなかったもので美九音が帰ったあとに近くのスーパーに買い物に出掛け、買い物をして久しぶりに家事をした。
そのときに弁当に入れるおかずの仕込みもついでにしておいてあった。
「そ、それもそうね。新学期早々遅刻は不味いよね? た、たまにはあんたもいいとこあるじゃん」
「いいわね美九音ちゃんは……知の手作り弁当が食べられて……。やけに嬉そうですね? 美九音ちゃん」
「姉さんの分も弁当作ってくつもりでいたから、そんなに妬ましい顔をするなって」
昨夜は久しぶりに料理をしていて、テンション上がっちゃって仕込んだ量がかなり多かった。まあ冷凍しておいけば保存は利くし、弁当にしろ夜のおかずにしろ、解凍して焼き直すかレンジで温め直せば直ぐに食べられるし問題ない。
「あ、あああ、あんた……夜のおかずって……」
美九音っ! おまえっ。いざとなるとネンネちゃんのくせにエロ方面への反応は鋭いよなっ!
「知? 欲求不満ならお姉ちゃんがいつでも手伝ってあげますから、遠慮しないで言ってくれてもいいのですよ」
積極的に遠慮するわっ!
「はぁ~……ちょっと待ってろよ。直ぐに朝食も用意すっから……」
それから顔を洗い歯磨きをして制服に着替えた後、愛用のエプロンを掛けてキッチンの前に立って仕事に掛かった。
「エプロン姿の知泰って可愛いかも……」
傍で様子を見ていた美九音がそんな感想をもらした。エプロン姿なんぞを見せるはめになった俺を可愛いとか言わないでっ! お世辞でも嘘でもそこはカッコイイって言ってっ!
姉さんはというと「朝食が出来たら起こしてくださいね」「低血圧で朝が弱いから」とか言って自分の部屋として使う和室へ戻って行った。
どうやら姉さんは美九音の気配を感じて、今後も起こりうる嫁小姑戦争で先手必勝とばかりに美九音をパチンとしに起きただけだったらしい。
卵を溶き終え油を引いてフライパンを温めている間に、昨夜の間に作って置いたハンバーグをレンジに入れて加熱しておく。切れた野菜を盛り付けるために出しておいた3個の弁当箱に詰め、フライパンが温まったところに溶いた卵にみじん切りにして水にさらして置いたタマネギ、ニンジン、ピーマン、コーン、砂糖を加え塩を少々入れて味を調えてフライパンに流し込み、卵が固まってしまう半熟の内に手首を小さく返しながらフライパンの縁でオムレツ状に形を整えていく。
「ねぇねぇ知泰、ウチ甘い玉子焼きがいいなぁ~♡」
「お、おう。そういうと思って美九音が好きな甘い玉子焼きにしたぞ。っつーかオムレツ風だけどな」
「ムフフ♡ あんたってなんだかんだ言ってウチのこと良く分かってるじゃん♡ 知泰ってウチのこと良く見てるのね」
オムレツが焼きあがったところで、レンジで温めていたハンバーグが丁度出来上がりテーブルに並べると、テーブルに噛り付いて今にも涎を垂らしそうな顔をして美九音が鼻を鳴らし、耳と尻尾をそばだてている。
まるで子供だな、こいつ。
「ほんとだ~知くん可愛いっ! 知くんって料理とか出来たんだ? 普段は死んだ魚の目をして気だるそうしている知くんの姿を見慣れているから意外よね、狐」
「御主人様の手作り弁当……食べたい」
「でしょでしょ? 以外にも知泰って家事が得意なんだよ? いつもはなにかと面倒臭がって消極的だけどねっ! ……ってあ、ああ、あんたたちっ! なにしてるのっ! いつの間に忍びこんだっ」
美九音の怒声で振り向くといつの間にか見知った顔が増えていた未美と紅葉がなぜか居る。
まったく……このマンションのセキュリティーは仕事を放棄したのか? たとえ妖だとはいえセキュリティーが甘いにもほどがある。それに姉さんが言うには、このマンションには妖ばかりが住んでいるモンスターハウスだという。
ならそれ用のセキュリティーにしてあるんじゃねぇーのか? 入り口でここの住人以外は入れないようになっているはずなんだが……。
「ねぇ~? 知くん。味見してもいい?」
「いいぞ。余分はあるから少しくらいはな」
「ウチもウチもっ!」
「わたしも食べる」
言うなり出来上がったおかずを狐の耳に狐尻尾。猫耳に猫の尻尾。狼の耳に狼の尻尾を生やした雌の野獣が取り合うように口に放り込み始めた。
「って! コラっ! 少しって言ったろっっダメっ子動物どもっ!」
「知? 言い難いのですが……。一応聞いておくことにします。今日は始業式なのですよね? 午後からもなにかあるのですか?」
話が聞こえていたのか姉さんが眠い目を擦りながら起き出して来てそう言った。
「……」
「……」
「ちっ。気づかれたか折角、知くんの手作り弁当を食べれると思ったのに」
「私のお昼ごはん……」
姉さんの一言ですっきり忘れていた驚愕の事実が判明したが、お腹を空かせたダメっ子動物たちのお陰でハンバーグなどは作りおきしてあって余分に作ってあるとはいえオムレツなどはまた作らなければならなくなった。
そして作る弁当の数も結局3個から5個に変更され増えちまった。まあ途中まで作ってたしいいか?
作るのは嫌じゃないけども、少しげんなりした気持ちを立て直してまたもキッチンに向かったところで「うるさいですよ? 少しは静かに寝かせてくださいね?」と姉さんが起きてきた。
美九音を除いた未美と紅葉が人間の気配を伴った足音に気付き緊張を奔らせ、無防備に曝け出して耳と尻尾を間一髪のところで瞬時に隠した。
「き、きき狐っ、耳っ。それに尻尾っ」
未美が美九音に小声で忠告するが、姉さんを知っている美九音はきょとんとしているだけだった。
「あんた、正体バレても知らないわよっ」
「んん?」
美九音の正体は既に七霧の者である姉さんには知れているので、美九音には未美や紅葉のような警戒心は姉さんに対してまったくない。
姉さんに対して美九音は他の事情で警戒心どころか恐怖心は持ってはいるようだが。
「あら? 泥棒猫の匂いが2匹も増えているわ。あっ1匹は犬ころですか? 妖猫に犬神? しかし私が知っている犬神とは少し感じが異なりますが間違いなく犬神ですね」
未美と紅葉の表情が一変した。気配を感じ取って耳と尻尾を隠しバレていないはずの正体が人間に見破られた。しかも完璧に。
正体がバレた以上、隠した耳と尻尾はもう隠しておく必要はなくなった。とばかりに半妖モードになる未美と紅葉。
そのままバトルになることを予想して臨戦態勢を取っている。未美と紅葉、もちろん美九音もそうだけれど、妖を信じていない者が圧倒的に多い近世で人間の振りをして人間の世で生きる妖が、人間に正体がバレてしまうことは致命的だ。
時と場合によっては正体を知られた人間を殺すことも厭わない。
姉さんは寝むそうに目を擦りながら未美と紅葉を交互に見ている。
「よ、よくあたしたちの正体が分かったわね? ところでこの女は誰よ? 知くん」
あのね未美ちゃん? 二股が発覚したときの彼女みたいなことを言わないでくれるかなっ。
「俺の姉さんだよ」
「御主人様? なによこの女」
だから今さっき姉さんだって言ったよなっ! っつーかさ? 紅葉もそういう路線で行くのかよっ!
「まあいいわ。ところであなた何者?」
「どうして私たちの正体が分かったの」
「そらそうよ」
と美九音が呆れた顔をした。
「この女は七霧 飛鳥といって知泰のお姉さんなのよ。ほんと専門家だけのことはあるわね。こいつらの特に希少種の狼の正体をも人目で当てちゃうくらいに飛鳥は妖のことならなんでも知ってるんだから」
「なんでもは知らないわ。知っていることだけ」
姉さんも美九音を真似てそういう方向性でいくのかよっ! その何処かで聞いたことのある科白って? まさかそれメガネみつあみの優等生キャラのじゃねぇーだろうな? っつーかさ姉さんまで深夜のアニメ特番を観てたのかっ!
「当然ですよ。妖の専門家が怪異って妖怪たちを含めた物の怪が出てくる物語を観ないはずがないわ。だって面白いのだもの」
いやだからって、美九音にしろ姉さんにしろアニメの科白をパクるなっ!
「パクリじゃないわ。これくらいの物言いは極一般的なものよ。それに良く小説を書くにしろ絵を描くにしろ上達するには“上手い人を真似ろ”っていうでしょ? それが気に食わないとかオリジナリティーが無い。オリジナルじゃないと決め付け脊髄反射的に拒絶し、それ叩く勘違い作家もどきもいます。でもね、勘違いしてはダメ。真似るのは技術や面白い物語の雰囲気やキャラ作りや表現や文章テクニックであって、上手い表現を真似て身に付けて上達し、オリジナリティーをオリジナルの物語を模索しながら自分の物に、形にする。そのまま丸ごと他人の物を自分の物にするのはもちろん言語道断よ。ここでいう“真似る”というのはそういうことではないでしょ」
いったい姉さんはなにと戦っているんだっ?
「まあいいわ。真似ることとパクリを同じに考えて真似ること拒絶する。そんなの自分の世界観に酔いしれ、読者の需要も考えずに自己満足しているだけの物書きがのたまうくだらないプライドよっ」
しかしまあ、突然なにを分けの分からない、ストーリーから脱線したことを言ってんだ姉さんは? 理不尽なまでに不機嫌だなっ、おいっ。
「知ったら今日から学校が始まるっていうのに興奮して何度も何度も夜中にペチペチ叩くものだから、お姉ちゃん夕べは寝かせてもらえなかったの。体も辛いし本気で機嫌が悪くなっちゃいますよ」
「なっ! ぺ、ペチペチって飛鳥となにしてたのよっ! と、とと、知泰っ」
「と、知くん? あたし……信じてたのにっ」
「御主人様?」
「な、なんだよ、紅葉……」
「けだもの」
「……っ」
多大な誤解を生むことになる爆弾発言を残して姉さんは騒がしい3人のダメっ子動物たちを正座させ、護符をおでこに貼り付けると三度、眠りに就いた。
静かになって朝食作りと弁当を作りに戻った。しかし頼むから倫理的に審議が問われる爆弾発言によって生じた誤解は解いて行って欲しかったと心から思ったよ。
To Be Continued
ご愛読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!
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