なんてこった! 嫁と姉ちゃんが修羅場ってるんですけどっ 4
まだ甘えたい盛りの子供だった俺は当主争いが始まった時期から、幼心に感じていたことがある。
俺はきっと七霧に関わる人間たちに嫌われていたのだと思っていた。高校生になって七霧から少しだけ距離を取り独り暮らしを始めらり、いろんなことに興味を持ち始め、それを知り少しだけ大人の階段を昇り始めた今になっても七霧の人間に好かれているんだとは思えないでいる。
子供だった俺が当主争いを優秀な兄貴や姉さんとまともに争うことなど出来なかったこともあるかも知れない。しかし七霧の退魔師としての実力や潜在能力においても出来損ないの俺は七霧のみんなに、親父やお袋、兄貴や姉さんに愛想をつかされたと。
だからあのとき七霧は俺を助けようとはしなかった。それでも聞かずにはいられない。あのとき美九音が浚われ危険な目にあったんだからなっ。
「なあ姉さん? 俺の暮らしていた家が鬼一族の襲撃を受けたとき、なぜ七霧本家は動かなかったんだよ?」
独り暮らしをしていたとはいえ、俺の住んでいた家は七霧本家の敷地内にあったんだぞ。それなのに今日まで退魔師の術を継承してきた七霧がこともあろうにいとも易々と妖の進入を許したってどういうことだよ。
「それはね知。七霧があなたを見限って見過ごしたのではありませんよ」
「だったらっ!」
「少し黙って聞いていてください。これから知に七霧と久遠寺、そして九尾の狐ちゃんとの関連について話そうとしているのですから」
なんだよ? いきなり……なんだよそれ? 七霧と久遠寺は隣同士で美九音は幼馴染み、それだけのことだろ? 確かに美九音は九尾の狐で七霧は退魔師の家系で、だけど九尾の狐が傍にいるのを知って黙認しているんだろ? でなきゃ九尾の狐っていう大妖怪を七霧が野放しにしておくわけがねぇー。
「最初に言っておきます。美九音ちゃんは七霧が守るべく妖で、知は美九音ちゃんの弱点となるために、彼女と幼馴染みの関係を築かせてきました。詳しくは先ず七霧と久遠寺の事情からはなしましょうか」
「――っ」
美九音を守っている? 退魔の七霧が? だったらなんで助けに来てくれなかったんだよっ! あの場に居たのが俺ではなく美九音だったことを知っていたからなのならなぜだっ! もしなにかの意図があるなら、もしそうだったら余計に許せねぇーぞっ。
「あの場所には美九音ちゃんが1人で居たようですね?」
「ああそうだよ。七霧の失態のせいであいつが、美九音が浚われたんじゃねぇーかっ」
「あの子は……妖です。七霧はそれを知っていますから出て行かなかったのです。その説明をする前になぜ易々と妖の進入を七霧が許したのかという知の質問に答えておきます。元々七霧は妖の進入を防ぐ術を敷地に施してはいません。寧ろ七霧に敵対する妖が容易に入り込めるようにしてある、というべきでしょうか。七霧の敷地は広大です。七霧を襲う妖が善であれ悪であれ全てにおいてバトルウェルカムですからね。それゆえにところ構わず七霧と妖がバトルになれば一般市民に被害が出ます。未然に防げる被害であれば出ないように敷地内に妖怪を招き入れ、そこで叩き殲滅すことを目的にしていますから七霧の者は退魔術を己の組織や個人には張り巡らせてはいないのです」
「美九音や紅葉や未美たちが七霧の敷地にある俺の住んでいた家に来れたのはそういうことだったからなのか?」
だとしたら美九音に紅葉、未美や波音ちゃんに姫子先生は七霧が現時点で無害妖指定にしているってことなのか? あいつらは七霧に敵対する意志はなく、寧ろ七霧と共同戦線を張りたいと考えているもんな。
だけどすみす美九音が襲われたところを見過ごし助けなかったことは腹立たしい。しかしその反面で安堵する気持ちが広がった。
あいつらは人間の敵じゃない。
「今のところはそうですよ、と言っておきます。ですが七霧は退魔の一族です。人に仇名す妖を討つことが七霧の使命であり仕事です。今日では増え始めている妖被害から人間を守るために組織された強大な力を持つ妖への対抗手段として国家機関であるGEOが表には出ない表舞台での妖退治と人間界で生きることを選んだ妖たちの把握、人間として過ごすために戸籍などを与え、発行したり管理する仕事を担っていますが、七霧はあくまでも七霧で国家の思惑とは別の組織なのです」
「今のところは? ってどういうことだよっ? 美九音は人間界に馴染んでいるじゃねーか」
「そうでなければ七霧が困ります。でなければ美九音ちゃんを七霧が討たなければならなくなってしまいます、手が付けられなくなる前に……」
「そ、そんなこと……させるかよっ! 」
「勘違いしないでくださいね知。そうならないように九尾の狐という大妖怪をわざわざ七霧の目と手が届くところに転生させた意味が無くなります」
意図して九尾の狐を美九音という人間の子供として転生させたってことなのか?
「そうです。九尾の狐が完全復活を果たせば対抗出来る退魔師など陰陽や退魔術が衰えたこの時代の何処にもいません。復活したばかりの九尾の狐を追い込み久遠寺家という代々長きに渡って狐を祭る稲荷神社に生まれた小五音おば様の胎内に封じ、久遠寺家の娘、久遠寺 美九音ちゃんとして再転生させ七霧 知泰の幼馴染みとして七霧と久遠寺の傍で監視していたのです。そして知はもしも美九音ちゃんが美九音ちゃんであることを放棄し、いにしえの大妖怪白面金毛九尾の狐となった事態への最終手段にして抑止力となるべき存在なのです」
「俺が……あいつの弱点であることがあいつへの抑止力になるのか?」
「それだけではありませんが、早い話そうことだと思って良いです。七霧と久遠寺の目論見通り、知は美九音ちゃんにとって掛け替えのない存在となりましたから。しかし少し事情が変わってきました。新学期が始まり知たちの学校に鬼の一族が来たことがありましたね?」
「あったな」
思い出したくもない出来事だ。俺は雑魚鬼すら相手に出来ず無様な姿を美九音に晒して、あいつを守ってやるつもりが逆に助けられたんだから、かっこ悪いにもほどがある出来事だった。
「あのとき美九音ちゃんは知の存在を妖から隠すために自身の全妖力を御守りに注いでいました。ですが雑魚鬼ごときに無様を晒した知を助けるために自力で殺生石の破片を集め九尾の力を解放しました。それだけならまだ予想の範疇でしたし、なにより知は目論見通り美九音ちゃんの弱点と成り得たのですからね。ですが、いくしま童子率いる鬼の一族に浚われた美九音ちゃんを助けに入って知がまたしてもやらかし妖に傷付けられたところを目の当たりにした美九音ちゃんは、知に対する強い想いから傷ついた知を傷付けられたことに怒りのまま九尾の力を集め、今度は自我が制御不能になるレベルの九尾の力を取り戻しました。あのときは知が“神纏い”を発現した姿をいくしま童子に晒し、それを制止した後にいくしま童子に向けた怒りに狂って九尾の本性を剥き出しに暴れる美九音ちゃんを、正気を取り戻した知が抑えて難を逃れことができましたが、次はどうなるか分かりません」
確かに姉さんの話を聞いていると俺は美九音に守られてばかりで弱点になっている。
おそらく七霧はもしも美九音が九尾の狐、本来の衝動に駆られ暴れたときのことを想定して俺を美九音の弱点にしたかったのだろう。俺のために作ったという妖から守るための御守りの件などから分かるように美九音は絶対に俺を見捨てない。
七霧にとって、いや人間側にとって俺は九尾の狐の深層に生まれた弱点であり、俺を楯にすれば人質にも抑止力にも成り得るかのかも知れない。もしかすると美九音が言っていた俺の中に眠る力“神纏い”を知っている美九音自身は無意識の内に俺が抑止力となって働いているのかも知れない。
でもそれが俺と美九音が挙げた祝言とどう関係して来るんだ?
「それは七霧 知泰という人間の素性と七霧 知泰が持つ“神の力”に気付き始めた妖たちが警戒を強めてしまったからです。その上、大妖怪九尾の狐である美九音ちゃんが祝言を挙げて夫婦になったとなれば、人間界を好まない妖たちにとって神の力を持つ人間と本来は同胞になる大妖怪九尾の狐の結婚は2人の間に築かれた絆や愛情が、単に人間と妖の頂点同士の同盟を結ぶということ以上の意味を持ち、それは妖側にとって、……いいえ人間側にとっても絶対的な脅威になるからです。」
そんな……俺たちはそんなつもりじゃ……。
「そうでしょうね。知も美九音ちゃんもまだまだなにも分かっていない年頃ですし、今回挙げた祝言も結婚にもなんの覚悟も、それに自分たちの本当の気持ちも確認出来てないままその場の状況に流されたものでしょ?」
……。
「それとは別になりますが、人間界でのあなたたちの結婚は知の年齢的に認められないのは当然ですが、妖界ではそれに順じない。しかし人間界に生きる妖は人間界の法律に順じますから人間界に戸籍もある美九音ちゃんは人間界の方が適応され、妖界だけでの婚姻とすることも不可能ではありませんが、人間界に生きる以上、婚姻届をGEOに届けなければなりません。あなたたちは婚姻届を提出してないですよね? ゆえに知と美九音ちゃんの祝言の事実だけが残り、妖界で騒動となっているだけで本質的にはあなたたちの結婚は無いのと同じなのですよ。聞いていましたね? 美九音ちゃんも」
えっ? あいつの気配なんて微塵も感じなかったぞ?
「美九音ちゃん? 気配を消してないで出てきなさい」
「……わ、分かったわよっ」
美九音の声が聞こえたと同時に押入れの襖が開き、バツの悪そうな顔をした美九音が現れた。っつーか! お前は未来の万能ネコ型居候ロボットかよっ! なんで押入れから出てくるんだ? てかいつの間にっ!
「……なあ美九音」
「な、なによ」
俺が紡ぎ出す言葉が分かっているのか、美九音は唇を噛み締め寂しそうな顔をして俯いた。
「俺たちの……今回の結婚は無かったことにして、幼馴染みからもう一度始めないか?」
そうしたところで今更事態は変わらないのかも知れない。けど今の俺には妖や退魔師から美九音を守れる力はないんだ。
「……えっ? ……うん。分かった……」
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
本年中は沢山の方々に本作品に触れていただき、沢山の方々に楽しんでいただいてありがとうございました。
本作品に興味を持った沢山のアクセスと本作品に触れてお気に入り下さった方々に感謝いたします。
恐らく年内最後の「ちょっと? 九尾」の更新となりますが、来年も本作品やまひる作品を楽しんでいただけるよう努力したいと考えております。
来る2013年も「ちょっと? 九尾な女の子」とまひるを宜しくお願い申しあげます。
ではでは皆様良いお年をお迎えくださいねっ! ><b
本作品に対するご感想、ご意見、評価、お気に入りなどお待ちしておりますよっ!




