なんてこった! 嫁と姉ちゃんが修羅場ってるんですけどっ 2
ダンボールに詰めた少ない荷物は後に小五音さんに引越し先へ送ってもらうことにして、当面必要な制服や着替えなどの貴重品を詰めた手荷物だけを持って久遠寺家の玄関に立った。
口をへの字に曲げ膨れ面をしてはしてけれども、一応は見送りに来てくれたのか美九音が玄関先まで出てきた。
「ふんっ! 知泰がいなくなったってウチはぜんぜーんっ寂しくなんかないんだかんねっ」
眦に涙を溜めて言っても説得力の無い科白だなっ!
「そうかよ」
「そ、そうよ」
「……じゃあ、あした学校でな」
一瞬だけ美九音の顔が華やいだ、と思ったら直ぐに口をへの字に戻して膨れた。
「環さん。小五音さん、お世話になりました」
お世話になった礼の言葉を残して暫く世話になった久遠寺家から立ち去ることにする。背を向けて先に出た姉さんの後を追いかけ、名残を振り払い後ろ髪を引かれる思いを断ち切って勢い良く歩き出し――。
「ぐえっ」
――たっ!? って?
首元が絞まる違和感に突如襲われる。
「知泰、本当に出て行っちゃうんだ……」
「こればかりは仕方ないだろ? いつまでもお前の家で世話になるわけにはいかないし、いつかはこういう日が来たさ。……俺たちはまだ親の、誰かの援助がなくては多くのことが出来ない学生だしな」
「そう……。勝手に出ていけば」
「……」
「は、早く行きなさいよ」
「なら俺のシャツを摘むなっ! よりによって襟を引っ張るとか窒息するわっ! 殺すきかっ。摘むならせめて苦痛を伴わない袖とか裾にしてくれっ」
「え、襟の方が首も絞まるし知泰がよりウチの気持ちに気付いてくれるかな? って……。それにだって、こっちの方がインパクトあるでしょ? 生命の危機感も感じるし」
そんなところにインパクトを求めるなっ!
渋る美九音を残してこれから住むことになる隣町にあるマンションへと向かう。何時までそこに住むことになるかは分らないけど、俺にはまだ誰かに力を借りてでしか社会を生きる術は無いことを一連の出来事で痛感した。
勢いで美九音の我が儘に強く反論することなく美九音の意思に流された形で結婚式を挙げた。よくよく考えてみれば俺にはまだ美九音を本当の意味で養い幸せにしてやる力なんてないことは分っていたんだ。
住んでいた家が壊されても俺には建て直すだけの財力は無いし、結局のところ姉が用意してくれたマンションへと移り住むことになった。
九音寺家での居候生活もそうだ。それに思い返してみれば美九音との新婚生活もママゴトだった。
親元を離れて何処かに住むにしても未成年の俺たちだけじゃ学校を辞めて仕事は出来ても、親の力を借りなければ借家やアパートすらも借りることは簡単には出来ないだろうからな。俺たちにはまだ社会的に信用がないんだから。
俺も美九音もまだまだ多くの大人たちに支えられ、力を借りてでしか生活していけないんだ。
駅まで向かう道の途中で俺たちが通う陽麟学園を横目でやり過ごす。ここには多くの友達もいる。楽しみにしている行事だってある。
夏休みが終わったあとには体育祭や学園祭という一大イベントが控えている。
クラスのみんなで考えてクラス別の出し物を決めたり、普段はそれほど残りたくも無い学校に残って徹夜して準備したり、日頃の成果を文化部に所属している生徒達がこぞって発表会を開き、出された出店やイベントを好きな女の子や彼女と回って買い食いしながら歩いたり、お化け屋敷で密着するという下心を持って心だけじゃなく物理的な距離を縮めたり、去年に美九音が優勝を掻っ攫った俺嫁コンテストなんかもある。
そして後夜祭には校庭の真ん中に組まれたキャンプファイヤーの火を囲んでダンスパティーなんかもあったりする。
毎年、この期間に成立するカップルも多く、人目につくつかずを問わず至るところでイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャする即席カップルが急増したりもする。
幸せいっぱいリア充はみんな死ねばいいのに。
更に後夜祭の日なんかになると殆どの生徒や教師がグラウンドに出ていて、空になった校舎で人類繁殖計画を遂行する生徒まで出てくるんだよ。
くそっ! 俺にも今年は紛いなりにも結婚式を挙げた嫁の美九音がいるけども、あいつとの結婚は妖界ですら成立しておらず、なんだかイマイチ良く分らない関係になってきたし結婚を一度、白紙に戻して、もし美九音と付き合いだしたとして彼氏彼女の関係になったとしても美九音は知識はそれなりにあるみたいだけども、いざとなると恐ろしいほどのネンネちゃんだし、そんな羨ましいことなんかは俺には期待できないよな? ORZ
そら学校といえば楽しいことばかりでもない。
中間や期末試験、そろそろ本格的に進路なんかも決めなくちゃならなかったり。なんて嫌なものもあるけれど、それでも今の俺たち学生にはやっぱり学校生活が一番、今を生きるに相応しい場所なんだ。
美九音とは夫婦じゃなくても俺たちはまだこれからも一緒に居られる場所があり、今でしか得られない体験や経験があるんだよな? あいつだってその方がいいに決まってる。
今はまだ今のままがいい。
まだまだ美九音は幼馴染みの女の子。だけどその認識から少しだけ変化があればそれもいい。今の俺に出来ることなんて本当に少ないんだと思う。
今俺があいつを幸せに出来る方法は、おそらく等身大の俺たちが出来ることで楽しくやっていくことなんじゃないか? 彼氏彼女……その期間ってきっとなんだかんだあったって結果的には一番楽しい時期なんだと思うんだよ。
だって俺にまだなんの力の無いまま、あいつを嫁にして結婚という形で縛り付けて泣かせぱなしにはしたくないんだよ。
あいつの本当の幸せを考えるなら美九音とは――。
「知? 浮かない顔をしていますね。なにか悩み事でもあるのですか?」
「いやべつに。……ただ」
「ただ? なんですか」
「俺はまだ子供なんだなぁ~って、思っただけ」
「そうですか? そんなことはありません。体は立派なお・と・な♡ になっていましたよ。お姉ちゃん、知の初めてを奪うのがとても楽しみです。うふふ」
ちょっと待てっ! 見たのかっ? 何時だ何時だよっ! それにあんたはいったい俺のなにを奪うつもりだっ! 俺、今いいこと言ってたよなっ! 俺のちょっといいシーンに謝れっ!
「冗談ですよ」
なんだ冗談かよ……良かったマジ焦ったぜ。
「一割くらいは冗談です」
九割は本気なのっ!
「うふふ。そんなに驚かないくてもいいですよ」
「驚くわっ!」
「そうだ知? もう正午になりますね、お腹すいていませんか? ここで食事にしていきませんか」
言われてみれば腹減って来たな。姉さんが指差した店は喫茶店風の店だ。〔あいす・ありす〕と書かれた文字が店のガラスに書かれている。
姉ちゃんが開き戸になっている店のドアを開けるとカラッカラーンと扉に括り付けられている鐘が軽い音色を奏で、太陽は絶好調と言わん場ばかりに正午になって蒸し暑さが気になっていた外気にひんやりと心地良い風が流れて来る。
「いらっしゃいませ~」
色白で空を落としたような色の髪の毛の綺麗な若い女性に出迎えられ店の中へと入っていった。
「あれ? 飛鳥ちゃんだ」
「久ぶりですね。真冬ちゃん」
姉ちゃんはこの店のスタッフとどうやら顔見知りのようだ。
「ところで飛鳥ちゃん。これなに?」
と指を差される。っつーか! これ呼ばわりかよっ!
「紹介するわね、真冬ちゃん。私の弟で七霧 知泰職業は痴的生命体よ」
痴的生命体ってどんな職業だっ! 職業って言えるのか分らなねぇーけど、あえていうなら高校生だろっ。
「知? 思春期の男の子なんてみんな痴的生命体なんですよ?」
姉ちゃん! 今、あんたは全国の高校生男子を敵に回したぞっ! あやまれっ、全国の高校生男子にあやまれっ!
「知? こちらは八月一日 真冬ちゃん。私とは旧知の仲なのよ」
「こんにちは、はじめまして痴的生命体くん」
なんであんたはそっちの呼称を覚えたっ!
「あははっ、冗談よごめんなさいね。わたしは八月一日 真冬っていいます。宜しくね知泰くん? あなたのお姉さん、飛鳥ちゃんには物凄くお世話になったのよ」
透き通ったアイスブルーの瞳に見詰められる。吸い込まれそうなほど、とても綺麗な瞳なのに何処か醒めていて冷たいものを感じた。
彼女が俺の耳元に薄い唇を寄せてくる。
彼女が近付くに連れて香ってくる甘くて良い匂いと透き通るような白い肌、はだけたシャツの胸元からは大人の色香が漂ってくる。
そして彼女の唇から漏れ出す唇に引いた口紅の甘い香りと彼女自身が放つ甘くて冷たい吐息が耳にかかっただけで身も心も冷たくて凍える錯覚を覚えた。
「君が噂の七霧 知泰くんかぁ~。あの九尾の狐ちゃんと祝言を挙げたんだってね?」
な、なんなんだ? この人は。なんで美九音の正体を知っているんだ……。
冷酷なほど淡々とした口調。その声色までも恐ろしいほどに冷たく思えた。
顔を寄せて更に近付いてくる彼女に、俺の本能が直感的に訴えてくる。
……危険だ、この人は。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
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次回もお楽しみにっ!




