九尾な女の子 5
こんばんは
雛仲 まひるです。
さて、学園をうろつく鬼と戦えない、戦わない美九音の理由と真意とは? そして怯える震える美九音を見た知泰は?
家の古神術道場で門下生に教えている退魔術の中でも教えていない七霧の秘術なのか? まぁなんだか知らねぇーが恐らくそんなところじゃねぇーかとは思うけど、俺自身、一度たりとも退魔術なんてもんを教えて貰ってねぇーから術の名前なんか知らんっ。
七霧に生まれた俺でさえ、訊いたことのない美九音が呟いた言葉、恐らくは退魔術に思わず訊き直してみる。
「七霧古神道術噛みました? 七霧退魔術正露丸 いちあら? 噛みました“わしゃ”ってなんだ?」
「七霧本家のあんたが噛むなぁ!」
美九音が珍しく突っ込んだっ!? お前はボケ担当だろーがっ! 俺をこの物語から抹消するつもりかっお前はっ。
これは死活問題だ。
「でも良かった。……あんたはまだ知らないんだ。でも知泰は知らなくていいことだから……」
美九音が、ほっと胸を撫で下ろし息を吐いた。
「よかねぇーよっ!」
しかし俺も七霧の家には嫌われているもんだぜ……。今回のことは流石に正直凹んだわっ。本家の俺が知らないってことは、七霧にとって俺は要らない人間てことだよな? 確かに体術や剣術は幼い頃から叩き込まれたけど、退魔術に関しちゃ一度だって教えて貰ったことがないんだよね、俺……。
「もう一度言ったげようか? 古神道術神纏い。七霧退魔瞳術四魂眼 一ノ荒神纏い“夜叉”」
「なんじゃそりゃ? 聞いたこともねぇーよ」
「でもさそれでいいじゃん。きっと知らない方が知泰にとっては……」
「なんだよお前まで……」
お前まで俺は七霧に相応しい人間じゃないと思ってるのか? そりゃ俺は退魔で名声を成してきた七霧なのに、九尾の狐であるお前とこうして幼馴染でいるけどよ……。
「……なんでもない知泰は、ただウチを助けるために退魔師と妖に向かってくれただけ、それだけでウチはいいの。十分嬉しかったもん」
そう言った後、美九音は口を固く結んでなにも喋らなくなってしまった。続く沈黙に耐えられなくなって、ふと首から肌身離さず着けているあの夏の終わりに、美九音がくれた御守りに手を当てる。
そう言えば、あん時こんなことを美九音が言ってたけ? 「狐はね。かくれんぼが得意なんだよ。だから妖に見つからないように毎日毎日、この御守りをつけていてね。約束だよ」って。
……んん、待てよ? そうか。あの鬼は美九音(九尾)か、他の妖の妖気が強く残った場所を探して此処に来たんだ。
妖は強い妖気に引かれて集まって強い妖気の妖を喰らうって。それは更なる力を得る為にだって、じいちゃんが言ってたっけ。
思い出した妖の中でも、獣から付喪神になった妖は気配を消す事が上手い。
妖狐はその中でも特に上手くて見付け難く、更に妖狐の中でも、いや全妖の中で完全に気配を消す事が出来るのは九尾の狐だけだって言ってた。
もしかしたら今、俺達が見つからないのは美九音が完全に気配を断って妖力を押さえ込んでいるからってことだろ? でなきゃあの有名な大妖怪九尾の狐だぜ? いくら完全復活してなくても、その気になれば妖気、妖力は桁違いのはず蹴散らす事なんて造作もないだろうさ。
しかし美九音がそうしないのは何故だ? ……美九音があいつになにもしないのは、完全覚醒していないとはいえ、本気を出せば無作為に際限無く他の妖を呼び寄せてしまうからだ。
しかし本当にそれだけなのか……、それとも――。
俺がもしあの夏の日になんらかの力を、妖達の脅威になるほどの力を使おうとして、美九音を助けたんだとしたら……。もし美九音は俺の力に気付いた妖に襲われない様に、御守りになんらかの方法で気配を完全に断ち切る効力を発揮出来る様にして持たせてくれたのだとしたら……。
――ちっ。ほんとつまんね男だぜ俺は……。
今までこんな事に気付かなかったなんて情けねぇ。
美九音にずっと守られていた自分が情けなさ過ぎて聞くに聞けず、美九音と肩を並べて暫し無言で座っていた。
ザァザァザザ、ザァザァザザと近くに植えられた植木の辺りから、草木を揺らすこそばゆい音がして、美九音は一瞬、ビクりと身体を跳ねさせたが、今は耳をそばだてて周囲の気配を探っている様だ。
「ニヤァーゴ」
なんだ野良猫か驚かすな。ほっと胸を撫で下ろす。
「不味いかも……。このままじゃあいつが無雑作に垂れ流してる妖気に引き寄せられて、多くの妖が集まり出すかも。そうしたらあいつが興奮して暴れ出してガッコなくなっちゃう……。皆死んじゃう」
今俺も同じ事を考えていた。
ならどうすればいい? 今の俺達に出来る事は三通り。
美九音に戦って貰うか俺が戦うか、それともふたりで戦うか、だ。
……でももう決まってるよな? そんなもん。
こいつは生意気で自信家で気が強くて高飛車で我が儘で高圧的で傲慢で理不尽な女だけど、意外に臆病なんだぜ? こいつは俺の前と家族以外……いや俺以外の人間の前じゃ優秀で活発で気立ても良くて優しくて綺麗で可愛い女の子に化けていやがるんだよ。
俺以外の人前では狐のくせに猫被っているこいつの精神を安定させている方法は、日常で溜まりまくるストレスを俺の心と体がこいつの理不尽を受けて犠牲になって保たれているんだぜ? 人知れず世界を滅亡の危機から救っている救世主なのさ、俺は。
そんな俺が本当は臆病で怖くて震えている美九音を戦わせる訳にはいかねぇよ。
「なぁ美九音」
「なぁーに?」
俺が戦ってやんよ。例え戦う事が出来なくても学校の外に、人気の無い所まであいつを引っ張って行ってやんよ。
誰も死なせはしないし傷付けさせたりもしねぇ。勿論お前もだ美九音。絶対言葉に出しては言わんけど。
「あん時の事、俺がお前を見つけた時に俺はいったいなにをした? お前は知ってるんだろ? なら教えてくれ」
美九音は俯いたまま頭を縦に振らない。
知ったところで鍛錬を要するものなら、今の俺には到底無理だけど当主が兄貴に決まってから、もう必要ないって、武道すらも鍛錬なんてなにもしていない。
……違うな俺は、ずっとずっと前から逃げ出していたんだと思う。
「だって……もし知ったら、もし知泰があの力、七霧の力のことを知っちゃったら、もう……知泰は定めに抗えなくなっちゃうもん」
……そんな泣きそうな顔して俺を見るんじゃねぇよ。これじゃ普通にか弱くて可愛い女の子じゃねか。
何時もお前は俺に対して、生意気で自信家で気が強くて高飛車で我が儘で高圧的で傲慢で理不尽で、ちっとも可愛げなんてねぇのに……。
何時もみたいに言えばいいのによっ「あんたはウチのために死ぬ気でやんなさいよねっ! てかウチのために死んで来いっ」ってさ。
「美九音? ちょっといいか」
「うん」
「目、閉じろ」
「こ、こう?」
あれ? なんかおかしくね? なんでこいつこんなに従順なの? なんで顔赤らめて唇突き出してんの? こいつ。
何時もの美九音と違い過ぎて、戸惑い調子を狂わされながら言葉を続ける。
「ほら、こっち来い」
「う、うん」
目を閉じていて視界が利かない美九音は見えない足元に不安を感じてか、手を彷徨わせながらフラフラとした足取りで、俺の誘導するままに動く。
「美九音。顔、上げて」
「……うん。こ、こう?」
不安げに眉間を狭めている美九音の顎にそっと手を添えると肩を小さく窄め、狐耳とふかふかの尻尾をピンと立て緊張させた。
「ひゃぁ!? なっ、なにするの?」
「動くなよ絶対に」
「……!? ど、どど、どうぞ知泰。や、やや、優しく……しれっ」
コクリと小さく頷き「んんー」と唇を突き出した美九音の顎を、そっと持ち上げ手を離す。
うわぁうわぁヤベェ、ヤベェって。
普段生意気な分、従順で不安に震える美九音が可愛過ぎる。
俺は無性に唇を奪いたくなる衝動を押さえた。
幼馴染とはいえ、やっぱ好きでもない女の子の唇奪っちゃいかんよな? 振り払っては湧いてくる衝動と戦いながら俺はベルトを抜き取った。
シュルシュルとベルトを抜き取る衣擦れの音に、狐耳を忙しなくそばだて自慢の尻尾をピンと一直線に緊張させたている美九音だが、決して閉じた瞳を開けようとはしなかった。
「と、知くん? は、早くしれっ? ウ、ウチ、こんなことしているところ、誰かに見られたら恥ずかしい、かも……」
心を落ち着かせようとしているのか、緊張させていた自慢の尻尾を大きく揺らしながらまた時折、体に触れると尻尾を止めてピンと立て根本から先っぽへと電流が流れたみたいに、ピクピク小刻みに震わせ波打たせては、また大きくゆっくりと揺らしている。
「知くんてばぁー、まぁーだぁー? な、なにしてんの? まあいいけど早くしれっ?」
視界を遮られ身体に違和感を覚えて不安を感じたのか、不可しげに首を傾げ眉間を寄る。
「よしでけた。もう目開いてもいいぞ」
「んんー」と唇を突き出したままの美九音から離れるとそれを察してか無意識に追い駆けて来る美九音は、そこで身体の不自由さに漸く気付いたみたいだ。
「こ、こらっあんたこれどう言うつもり? こんな可愛い女の子を木に縛りつけて、こんな自由の利かない無防備なところを、お、おお、雄に襲われちゃったらどうしてくれんのよっ! あんたウチが他の雄に襲われっちゃても本当にいいの? ちょっと聞いてんの? 変態っ」
美九音から背中を向けた俺に罵声を浴びせてくる。今だけ、今だけは甘んじてお前の罵倒も受けよう。
背中に浴びせ掛けられる変態の称号を……。
あっ!? いけねぇ。
「聞いてんのかっつてんのっ! 知泰」
……俺はダッシュしたね、振り返って。
美九音を縛りつけた場所までダッシュで戻り、グググィッと顔を近付けた。
「美九音っ今お前なんっつーた? 知泰って書いて“へんたい”って読んだろ?」
なんて酷い奴なんだ、こいつは。
キリッと鋭く強い眼光で睨み付けられたが余裕だね♪ こいつ今手出せねぇもん。
「なぁ美九音? お前今の状況分かってんの」
益々視線を鋭くして俺を睨みつけてきやがる。ほんと俺に対してこいつ気が強ぇなぁ。終いにゃ乳揉みしだくぞって――。
ぎゃぁー!?
しまった抜かったぜ。手は自由じゃないけど足は自由なんだった。
くっそ! こいつピンポイントで俺の[自主規制]を躊躇なく蹴り上げやがった。
お前どうしてくれんの? 未使用のまま俺の[自主規制]が使い物にならなくなったら、俺ってば一生[18禁]できないんだよ? くそっこんな事になるくらいなら、お前でもいいから[自主規制]で[パキュ~ン]ぶち抜いて[パキュ~ン]に[自主規制]を、そんでもって[パキュ~ン]を[パキュ~ン]に[要検閲]しとくんだったぜ。
たぶん無理ぽいだけどなっ。
いやいや、ごめん。余りの痛さに思考回路が飛んでたわ……。
てかなんのためにダッシュで戻ったかと言うとだな。本来の目的の精度を上げるために大事な事を美九音から、聞き出さなきゃいけないんだった。
えっ? 嘘だろって? 違うのっあれは違うのっ! 訊かなきゃならん事を思い出すと同時に、こいつが 知泰って俺の名前を辱めるから……つい。
気を静めた俺は、訊いておかなければならない事を聞いた。
「美九音? ひとつだけ教えてくんないか?」
「あによっ」
犬歯剥き出しにして睨まなくてもいいじゃん。さっきはほんと悪かったって。
「このお前がくれた御守り。気配を断つ事だけしか出来ないの?」
「……」
だんまりですか? まぁいい沈黙は肯定を意味する、だっけ?
「俺な……。お前が怯えて震えて泣いているところ見たくねぇんだ」
本心だ。もうあの夏みたいに傷付いて泣いて衰弱した九尾の狐(美九音)の姿なんて二度と見たくないのさ。
「……」
「今までありがとな。ずっと俺の事を守ってくれてたんだよな? だからプライドが高いお前が、九尾の狐であるお前は、あれからずっと自分の身を守るために戦う事も出来ず、堪えて堪えて気配だけを断ち続けてくれてたんだよな?」
美九音の表情に緊張が解け柔らかく変わって行く。涙目になって今にも泣きそうでもあった。
「もういいんだ我慢しなくても戦わなくてもいい。今度は俺が美九音を守ってやるからよ」
「……ほ、んと?」
弱弱しいか細い小さな声で美九音が訊いた。
「本当だ。だから教えてくれ。この御守りは気配を断つためだけの物じゃないんだろ?」
美九音は小さく薄い唇をキュッと噛みしめ頭を縦に振った。
To Be Continued
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幼馴染の美九音のために知泰大活躍? 次回をお楽しみにっ!
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