変態サンタとわろえない狐 17
良いはずがねぇーんだよっ! こんなことっ……。ちょっと頭冷やせよお前らっ!
目的が同じ仲間同士で争うなんて、やっぱり違うだろ?
真冬さんと波音ちゃん、そしてぬらりひょんの両者の技が発動する前に、気が付けば俺は両者の間に割り込んだいた。
何やら真冬さんと波音ちゃんが叫ぶ様に俺の名前を叫んでいた気がしたが、もう止まらない止められない。
こんなの良いはずがねぇーんだよっ! 何で皆、気付けない何で皆、気付こうとしない。
お前ら妖たちの世界がどんなものかなんて知らねぇーし、どんな争いがあるのかも知らねぇーし、鬼一族がどんだけその他の妖たちの脅威なのかなんてしらね-けれど、姫子先生や波音ちゃんだったか犬飼姉妹だったか忘れちまったけど、前に聞いた事があるんだよ。
ぬらりひょん? お前を中心に強大な力に抗えない非力な妖たちが集まって、鬼一族の脅威に対抗しようと結束してんだろ? 真冬さんや波音ちゃん姫子先生といった固有性の高くて名高く強力な妖でさえも、鬼一族、天狗一族、妖狐一族といった同じ一族で纏まり組織的に動く妖たちに、その力を持ってしても一時的に抗え生き延びても、何れは消耗し追い詰められて行くしかねぇーんだって事を知っているから、組織に加担しているんだろ?
なのになんで俺たちまで巻き添えにして、仲違いしているんだよっ! あまつさえ一般の人間である来八音ちゃんにまで飛び火させて、好き勝手やってくれんじゃねぇーよっ!
両者の術は極限まで妖力を練り込まれ、今まさに放たれようとしていた。
「と、とと、知泰っ! あんたってば何やってんのよっほんとバカなんだからっ! そんなのあんたが喰らったら死んじゃうんだからっ! やだやだっ知泰死んじゃやだっ!」
美九音が悲痛な叫びを上げながら。
「御主人様の馬鹿。本当に優しい人間、優しい人」
紅葉が呆れと諦めを含んだ短い言葉を発しながら。
「知くんっ! なんで知くんは命懸けで私たち妖の為に動けちゃうのよっ」
未美が怒気の混じった叫びをあげながら。
疲れ切り傷付いた身体に鞭打って、こちらに向かって走り出している。
だがもう間に合わねぇーよ。ありがとなお前ら、それと何時も勝手な事ばかりしてごめんな? でも仕方がねぇーよ自分でも気付かない内に身体が動いちゃってるのだから。
「お前らっ来るんじゃねーっ! 反転して兄貴の結界に逃げ込んでろっ! おいっぬらりひょんの手下どもっお前らも逃げろ出来るだけ遠くまで離れろっ」
聞いたぬらりひょんの手下たち、しばし試案して動けないでいる者、知恵が足りないのか訳が分からず棒立ちになっている者、近くの仲間と審議を問うている者ばかりだ。
最初に動いたのは危険を本能で感じとった原始的な姿をした妖だった。
一度動きが生じれば雪崩の如く事態は急速に動き出した。まるで蜘蛛の子が散るが如く、一斉にこの場から逃げ出し始めていた。
俺に近付いて来たらお前らまで巻き込まれちまうじゃねぇーか。
膨大な質量を有した氷と炎の激突が巻き起こす状況は恐らく凄まじい事態を招く。炎によって急激に溶かされた氷は水に、溶けだした水は熱しられ水蒸気に、そして大量に作り出され続ける水蒸気は炎と相俟って水蒸気爆発を起こすだろう。
俺の叫びを聞いて一瞬、戸惑った美九音たちの動きが止まる。そして傍観を決め込んでいた兄貴は俺の言葉に反応して――。
「解」
なっ……なんでだよっ! 兄貴っっ! なんで結界を解いたっ。
「っ! どうしようどうしよう! 波音ちゃ~んっっ! もう止められないよっこの術。ヤバいよね? これ絶対にヤバいよね?」
「真冬ちゃんっ。もう無理だよ今更止められないよぅ。仮に私たちが止められたとしても、お館様の方は止めないですよ? そうなったら事態はあまり変わらないですぅ同じですぅ」
「いやぁ~! 飛鳥ちゃんごめんなさいごめんなさいっ! 私雪女こと八月一日 真冬、調子こいちゃいましたっ! 助けてぇ~飛鳥ちゃ~んっ」
絶望。
心の中を急速に埋めていったのは、そんな感情だった。絶望が心に満ちる前に両者の技は臨界点を超えて放たれた。
俺の立っている場所に向かって、真冬さんと波音ちゃんの放った氷の塊は、周囲の空気中の水分を取り込みながら、ぬらりひょんの放ったひ火球も周囲の酸素を燃焼しながら、その見るからに強力な威力を拡大させて迫って来ている。
俺はただ茫然と迫り来る氷の塊と火球を、ぼんやりと視界の中に映していた。
もう動けない。動けたとしてももう遅い。そしていよいよその瞬間が訪れようとしている。
だけど俺は二つの強大なエネルギーの衝突する瞬間を俺は感じないだろう。一瞬にして俺の身体は蒸発して消えてしまうのだから……。
[おいおい随分と諦めが良いの? 我が主様よ。 何をそんなに生き急いでおるのじゃ。お主はこれまで幾度も、もっと生き汚く生き恥を晒し生き延び生き残り生き抜いて今尚生きておる。そしてこれからも生き永らえるのじゃ]
……椿姫か。悪りぃ、今回ばかりは無理みてぇーだわ。ごめんな椿姫、お前まで巻き込んじまった。
[構わんよ。でもまあ案ずるな主はわらわを纏っておる。失念していたわけではあるまいよ?]
いや忘れてたわマジで。
[はぁ~……。やれやれまったく世話の妬ける主じゃのぅ。まあなんとかなるじゃろうて、これくらいのエネルギーなら、わらわの復活したちからなら……の? でもまあ力を解放する前のままでは無理じゃったがの]
椿姫? 今なんて?
[まあ見ておれ、怪異の王と謳われるわらわの真の力をの]
俺を中心にして、対局とも言える強大な二つのエネルギーが今まさに衝突しようとした瞬間。俺が纏っていた椿姫の気配が消えた事を感じた。
同時に俺の左右に黒き煉獄の炎が噴き出し、両サイドから来る氷と火を呑み込む。そう「ぶつかる」「衝突する」という表現が当て嵌まらない。
言葉のまま氷と火を包み込む様に捕まえ「呑み込んだ」のだ。
やがて黒い炎が二つの術を喰らい尽くし、辺りには静寂が戻ってくる。
周囲の連中は呆気に取れ茫然と事態の収拾を受け止め始めている様だった。
「終わったのね。良かった、本当に良かった知泰生き、てて……生きてて、く、くれた……もうばかほんとばか……何時も何時も心配させないでよね」
美九音がぺたりとその場に座り込んで目頭を擦っている。
「良かったね紅葉ちゃん、柊ちゃん。ほんと良かった七霧くんが無事で」
「ほんと何時も何時もハラハラドキドキさせてくれるよね七霧くんは。ね? 紅葉ちゃん楓ちゃん」
「そうね御主人様生きてた……。御主人様の背中から黒い炎の翼が生えたみたい」
紅葉と犬飼姉妹は三人抱き合って鼻を啜っている。
「知くん? 知くんが……生きてた、良かっ、た。くすん、うっうう、うわ~ん」
未美は立ち尽くしたまま、天を仰いで大泣きし始めた。
「知泰さん……」
波音ちゃんがへなへなと力無く地べたに座り込んで呆けている。
「良かった~良かったぁ~。パンツ君生きてた。私も飛鳥ちゃんに殺されずに済んだよ~。ねえ姫子さん?」
「いや真冬。私は別に。調子に乗ってやらかしたのは真冬と波音だ。私まで巻き込むなっ!」
真冬さんは目に涙を浮かべながら、姫子先生に抱き付いて笑顔にならない笑顔で喜びを表している。いやそれ俺の無事を喜んでくれているんですよね?
「それにしても七霧? なんだその力は……それにその貴様の後ろにいる――「それより知泰? その――」……」
不思議そうな怪訝そうな表情で姫子先生が俺に向けた言葉に美九音が怒気を孕んだ声で割り込んだ。
「その女、誰っ?」
「はぇ? お前なに言って……椿姫だよ、大閻魔七斬りじゃねぇーか、ほら大閻魔七斬りに封じられた正体不明の妖の?」
「違うわよっ! あの幼女の姿をした妖じゃないわよっ」
えっ? あれ椿姫じゃないの? 纏いを解いて姿を見せているんじゃないの?
「そ、そそそ、その……あああ、あんたの後ろに居る滅茶苦茶綺麗な金髪のお姉さんよっ! ななな、なななっ……なんなのよっ! そ、そそ、その破廉恥なおっぱいはっ!」
美九音が戦慄きながら、俺の後ろを指さしている。おいやめろっ! 人に向けて指差すの止めろって言われことないのか? 失礼だからっ!
……うおっ!?
不意に後ろから俺の知らない何者かに抱き付かれた。背中には柔らかいゴム毬でも押し当てられた様な感触が広がり耳元に熱く甘い吐息を感じる。
なになんなのこれ? ちょ、待って怖い近いいい匂い柔らかい。
そして耳元で色気のある声色が俺に囁き掛ける。
「どうじゃったわらわの解き放たれた真の力は? 我が主様よ」
「えっ? つ、椿姫? 椿姫なのか?」
「そうじゃ如何にもわらわは椿姫じゃが? 何をそんなに驚いておるのじゃ我が主様よ」
ちょっと待て。俺の知っている椿姫はあれだぞ? ロリ姿だぞ? 声ももっと幼女っぽいんだぞ? 長年生きた妖だから合法ロリなんだよ? 俗にいうロリBABBR。
恐る恐る肩越しに目を向ければ、そこには空色を思わせる蒼い瞳に艶やかな唇、筋の通った高い鼻をし、長く艶やかに輝く綺麗な金髪のとんでもない美女が居た。
その美女が背中から離れ俺の横を通り過ぎる際に、彼女が長身スレンダーボディーであることも判明した。
そして彼女が俺の方に向き直ろうとした。
「ちょっちょっと待ったっ!」
振り返ろうとしている彼女に向けて美九音が慌てふためいて駆け寄って来る。
まさに阿吽の息。とでも言えばいいだろう。
アイコンタクトすらしていた様子は伺えなかったのだが、同時に紅葉と未美そして波音ちゃんに真冬さんが駆け寄る。
彼女は美九音たちの行動など意に関せず振り返り微笑を浮かべた。
「ま、間に合ったわね」
「ギリギリセーフ」
「ほんと危ないところだったよね」
「こ、この方の裸体は知泰さんには早過ぎますぅ!」
一人の超絶美女に美少女三人とロリかわ美女?(波音ちゃん)が群がってスキンシップを取っているな、と思っていると同時に駆け寄って来た美九音の手によって視界を塞がれた。
「な、なんなのよっ! この凶暴なおっぱい! あたしよりも大きい。姫子先生といい勝負ね。きぃぃ悔しいっ」←未美おっぱい担当。
「御主人様は見ちゃダメ」←紅葉股間担当。
「なんですかこの透き通る白い肌に高身長ダイナミックボディーなんて卑怯ですぅ! 同じ大人なのに私のロリボディーとは一体……」←波音壁担当(意味深
「ほんとよね。波音ちゃんは兎も角、私も決して小さい小さいわけではないけれど……。これがおっぱいの格差社会というやつなのね、波音ちゃん」←真冬突っ込み担当
「お前ら一体なにしてんの? 女の子同士で……あっ!?」(察し
百合百合しい光景が広がってんのか? 俺の塞がれた視界の向こう側には百合の花園が広がっているんだな。
いやまあ紅葉はまあ分かるな、んん。あいつは公言してたし。
「違うわよっ! あの女全裸よ全裸っ! あんたは見ちゃダメなんだからっ!」←美九音目隠し担当
いやまあ後ろ側はもう見ちゃったけどな、俺の前まで移動してた時に。
「我が主様よ。この姿でお主の前に立てるとは努々思いもしておらなんだわ」
「でお前は椿姫なんだよな? 姿は変わっても俺が知る椿姫なんだよな?」
「如何にも」
椿姫はその後を付け足した。
「じゃがお主が知る椿姫など、わらわのほんの一部じゃ」
「まあそうなんだろうよ」
俺の知る椿姫は言われた通り、ほんの極一部に過ぎない。ならば……。
「質問だ椿姫」
「我が主様の御心のままに」
「お前は誰だ。怪異、つまりは妖の部類には違いないんだろ?」
先程力を解放する時に怪異の王と名乗っていた椿姫に、目の前に居る大人の姿をした椿姫に向かい、俺が知る椿姫だと認識しながら敢えて誰だと聞く。
「そうじゃな? わらわは怪異の王“吸血鬼”じゃ。それも最初に生まれた吸血鬼じゃよ」
「つまりは後に増やした仲間の一人ではなく、純潔の吸血鬼ということか?」
「そうじゃ察しが良くて助かる。流石は我が主様じゃ」
「その怪異の王、吸血鬼の純潔が何故日本で封じられた」
「話せば長くなるが、わらわが生まれた場所には諸説あるの。わらわももう生まれた正確な場所は覚えてはおらぬが、まあ主らが言う今のEU諸国、ヨーロッパには違いない。わらわは祖国を後にし大陸を歩いて旅に出たのじゃが、ここ日本に来る前はロシアに長くおっての。それから海を渡り日本に来たんじゃよ。そしてその時の七霧当主に力を借りた者によって刀の中に封じられたのじゃよ」
「ロシア? そこから海を渡って来たのか日本に。そして封じられたんだな。椿姫を封じたのは――」
俺の推測を椿姫の言葉が遮る。
「第7代孝霊天皇の第3皇子彦五十狭芹彦命吉備津彦命という奴じゃな。主様らの馴染みで言えば、桃太郎じゃよ。そしてわらわは当時こう呼ばれておったわ、酒呑童子とな」
「「「「「えっ? えぇーーーーーっ!」」」」」
まあなんとなく話を聞いている内に予感はしてたんだけど……、まさか本当に椿姫が鬼一族の総帥である酒呑童子とは……。
だとすると今妖界に広がる鬼一族の野望を、でっち上げたのは一体何者が仕組んだんだ?
To Be Continued