変態サンタとわろえない狐 9
この場所に来てから一体……どれだけの時間が流れたのだろう。
美九音が旅立った後の空港。
そのロビーに設置された椅子に座り大量の荷物をカートで運ぶ人やバッグ一つの身軽な人の波、これから家族で旅行に向かう人たちといった人の流れを、ただぼ~っと眺めては視線を落としてフロアーをじっと見つめたり、溜息を吐いたりしている内にとっくに正午は過ぎ去っていて、いい加減腹も減って来たが何も食べる気にはなれない。
途中、不審者に間違われ空港の警備員に連行されそうになったが、ここから立ち去る気力も無く適当に言い訳をするのがやっとだった。
事無きを得たところで不審者に見間違われた原因であるだろうサンタクロースの衣装は脱いで、また美九音が旅立ったゲートの前のフロアーの椅子に舞い戻って来てしまった。
「ママ、おっちいわんわん、ふたつみっつおるよ」
年端の行かない子供が前を横切ったとき、俺の方を指差してそう言った。
「指を指しちゃいけませんっ」
「でもママ、わんわん」
「そ、そうね~。あのお兄ちゃん、彼女に捨てられた汚い雄犬みたいね~」
ちょっとお母さんっ! 子供に余計なことを言わないでっ。
「なあ紅葉?」
「なぁ~に」
俺の呼び掛けに紅葉は、アンニュイな口調で応えた。
「お前らって今、普通の人には見えないんだよな?」
「そうね。人間界で生きる妖は妖化した姿を人間には余り見せないものよ」
言葉少なに紅葉が答え、その後を未美が引き取って答え出した。
「でもね見える人には見えるんだよ知くん、どんなにあたしたち妖が意図的に上手く巧妙に妖化した姿を見せないようにしても、退魔師や陰陽師といった専門家には見えるし、専門家じゃなくても純真な子供には見えることがあるのよ」
俺がここを動かない間、紅葉も未美も犬飼姉妹も妖化したまま片時も離れず傍らにずっと傍に寄り添っていてくれている。
「知くん、そろそろ帰ろ? もうじき5時を回るわ」
膝の上に乗った黒猫の姿をしている未美が顔を覗き込んでそう言った。
「もう少しこのまま……、俺の事を心配してずっと寄り添ってくれたお前らには悪いが、ほんの少しだけでいいから暫く俺をひとりにしてくれねぇーか? ごめん……、でもありがとな心配してくれてずっと傍にいてくれたんだろ? お前らさ」
「ぅん……。じゃあ外で待ってるね。狼、犬、行きましょ」
未美は俺の膝から降りると出口に向かって歩き出した。それを追うように紅葉も犬飼姉妹も未美の後を追って動き出す。
「もう……そんな時間になってるんだ」
目をやったデジタルで表示された飛行機の離発着の掲示板の時計を見て表示された時間を読み取った。
本当だ未美が言っていた通りもう17時か……んん?
17時。ふと思ったのだけれども表現的に時間を表す時って紛らわしいよな? 確か未美は「もうじき5時になる」と言っていた。
状況的に今の俺は何気なく未美が言った5時を午後5時と認識したけれども文章に時間を表す時に、その前後に時間を暗示する描写や背景が無ければ、午前なのか午後なのか分からないことがあるし、リアルに時間の待ち合わせをする時や口頭で時間だけを口頭で伝え聞いた時なんかに、例えば「6時集合」ってことだけを聞けば、待ち合わせる時間が午前6時の朝なのか午後6時の夕方なのかということを、曖昧を回避するために、正確な待ち合わせ時間の確認することもあったりするもんな。
午前か午後を付けて伝えるか、24進法で言ってくれれば勘違いや間違がったり確認し直したりしなくて済むと思わねぇーか? って俺……何を期待してんだろうな。
俺は美九音がまだ旅立っていない可能性を探すが余りに、時間表現にまで縋ってまで……ほんと俺……何してんだろ。
“もう美九音は居ない”嫌でも認めなければならない事実に俺はまた顔を伏せた。
俺にとってあいつが、美九音が何時も傍に居ることが当たり前になっていて気付かなかったこと、気付かなかったことが沢山あったことを、今頃になって知ったなんて……俺はバカだ。
……出来るかどうか分からねぇーけど。
「でもまあもう二度と会えなくなったわけじゃねぇーんだ。もっと年が押し詰った辺りには一度帰ってくるんだし、そん時は……」
今度あいつを送り出す時には――
「あいつを笑顔で送り出してやりてぇーもんだぜ」
あいつが選んだあいつだけの未来だ。幼馴染みの俺があいつが決めた自分の道を喜んでやれなくてどうするんだっつーの。
「そん時はあいつを笑顔で送り出してやりてぇーもんだぜ」
俯いたまま服の袖で目の辺りを押さえ、未美たちが外に出て行ってから頬の辺りを伝い出した通称“こころの汗”を拭って椅子から立ち上がろうと顔を上げようとした、その時――。
目の前にまだ広がっているロビーのフロアーに迷い込む様に赤いハンカチがヒラリヒラリと落ちて来た。
多分、通りすがりの誰かが落としたものだろうハンカチを拾って慌てて顔を上げた。
しかし冬休みに入ったばかりの夕方の空港には、これから海外で年末年始を迎えようと旅立つ人たちで賑わっている。
俺がハンカチを拾って直ぐに持ち主に渡そうと顔を上げたけれども、既にハンカチの持ち主も人の波に飲まれて誰の物なのかなんて特定出来るはすも無かった。
…………。
これは……これって美九音の髪の毛と同じ香りがする。
慌てて北に南に行き交う人の波の中にあいつを、美九音の蜂蜜色をした髪の毛を探して首を振る。しかし黒髪が多い中で目立つはずのあいつが見当たらない。
ちらほら黒髪の中にブロンドの髪の毛、たぶん外国の人だろうけども混じってはいるけれど、違うあいつじゃない。
自慢じゃねぇーけど俺は絶対に他の誰かと美九音を見間違えたりはしねぇーんだよ。それが例え美九音にウリ二つの妹、来八音ちゃんだとしてもだっ。
「えぇーーーーぃっままよ!」
俺は立ち上がり人の波を分けて北ウイングの方へと走り出した。
「くそっ」
美九音の奴がなかなか見付けられねぇーっ! 人が多過ぎて追い着く事すら難しいかも知れねぇー。なんだよこの人混み? これじゃまるで人がゴミの様だ。
「でももしこのハンカチの持ち主が美九音なら北ウイングの方へ向かっているはず」
確か次のロンドン行の飛行機は20時40分だったはず、そしてその搭乗口は北ウイングだった。
「急がねぇーと本当に間に合わなくなっちまうぜ」
飛行機に搭乗する乗客は一時間前には遅くても待機室に入っていく。まだ差し詰まった時間じゃねぇーけど、一時間前っていうのはあくまでも最低限の準備であって、それよりも早く搭乗者が待機室に入らないなんて保証は何処にもねぇ。
待機室に入られたら、もう俺にはそれ以上先へ美九音を追い駆けてやることが出来ねーんだ。
「す、すいませんっ」
時折人の肩にぶつかりながら、人ゴミの中を掻き分けて行く。
あきらめるわけにはいかねぇー、これがあいつを止める最後のチャンスかも知れねーんだから。
人の波に揉まれながら北へ北へと向かって行くと次第に人の数は減って行った。
そして20時40分発ロンドン行き待機室前まで来て……。何時もは赤いリボンで結わえたポニーテールの蜂蜜色の髪の毛を下ろした、腰の下まである長い蜂蜜色の髪の毛の持ち主2人の後姿を漸く見付けた。
「はぁはぁ……はぁ」
焦って追い駆けて来たからか、それとも違う理由からなのか心臓は時計の秒針を追い越すほど早鐘を打ち息も上がっている。
追い着く手前で立ち止まり、まだ距離はあるけれど……後ろ姿ではあるけれど、蜂蜜色の髪の毛の持ち主が本当に美九音なのか最後の確認をする。
……間違いない。
髪の毛を下ろしてはいるけれども1人は間違いなく来八音ちゃんで、そしてトレードマークのポニーテールではないけれども、もう1人は間違いなく美九音だ。
最後の確認を終えた途端に俺は歩き出していた。
ゆっくりだった歩調は誰に急かされているわけでもないのに次第に早まり、いつの間にか走り出していた。
美九音……美九音、美九音…………美九音、美九音、美九音、美九音。
「美九音ーーーーっ」
俺は思わず彼女の名前を大声で叫んでいた。
そして……。
突如、自分の名前を呼ばれて驚いた様子で振り返った美九音の華奢な肢体を抱き締めた。
「と、知泰? なんで知泰がここにいるの?」
「美九音っ行くなっ。何処にも行くなっ」
一方的に抱き締めて、一方的に勝手な言い分だけをのたまった俺の背中に、美九音は細い腕が回して抱き締めて来る。
「バカ、そんなに強く抱き締められたら痛いよ知泰」
「美九音、行くなよ。海外留学なんてすんなっ」
美九音の肩口で何度も何度もそう呟く俺の肩に、彼女も小さな顔を預けて来た。
「ウチは何処にも行かないわよ。……バカね」
美九音の言葉が終わると少しだけ距離を取り、抱き締めていた両腕を互いの腕に絡ませて見詰め合いってから、一度距離を置いた顔が次第にまたゆっくり求め合う様に近付いて行く。
互いの息が分かるくらいに唇が近付いたところで美九音がそっと目を閉じた。
美九音の小さな唇に触れようとしたその時、周囲からパチパチと手の平を打つ音が俺と美九音を中心に波紋の様に広がって行っていることに気付くと、広がる拍手の中に若い男女の無粋な声が混じり出す。
「えっ? なにドラマの撮影でもしてるの?」
「写メ撮ろうぜ」
そして俺たちの周りに居た人たちから日本語と携帯やデジカメのシャッター音に混じって聞き慣れない日本語や外国語も呟かれていた。
「I was able to meet you at a splendid moment. In you, happiness(素晴らしいものを見せて貰ったよ。君達、お幸せにね)」
野次馬の声や外国の老夫婦の声も聞こえる。そして……。
「ふっふふっ。知泰お兄ちゃんもなかなかやるもんですな~。美九音ちゃんもうっとり顔しちゃってるし。ああヤダヤダ、クリスマスの空港で人目も憚らず抱き合ってるし、リア充はみんな死ねばいいのに」
来八音ちゃんの言葉で俺たちがやらかしていることを漸く把握させられた。
「「えっ? ……えぇええええええええええええっ!?」」
なんか周囲が大騒ぎになっていた。
来八音ちゃんの指摘でやっと周囲の状況に気付き、暫く吟味した後に自分たちが何をやらかしていたのかを全て理解した後に美九音の顔が真っ赤に染まった。
「ちょっ、ちょっとっ! と、ととと、知泰っ。あんたこんな人がたくさん居るところでウ、ウウウウ、ウチに一体何してくれちゃってんのよっ!」
羞恥の余りに美九音は俺を突き放してプリプリ怒りだした。そんなに照れるなよ! こっちまで恥ずかしくなってくるじゃねぇーか。
まあでも美九音が「何処にも行かないよ」と言ってくれた事が素直に嬉しく思え、自然と笑みが零れてしまう。
「な、なにニヤケてんのよ、キモっ」
こんな悪態を吐きながらも顔を真っ赤にしてモジモジしている美九音は神掛かり的に可愛い。俺もお前を止られて嬉しいよ。
「知泰お兄ちゃん? えと美九音ちゃんを引き留めたつもりでドヤ顔しているところを悪いんだけど」
んん? なにかな来八ちゃん?
「たぶんだけど美九音ちゃんが海外留学しちゃうんじゃないかって思って、なんか月九ドラマみたいなことしちゃったみたいだけれどね?」
いやっ! それ言わないで来八音ちゃんっ! 恥ずかしいんだからっ。
「留学の件なんだけど、それって来八音のことなんだよね~。まあしないんだけど」
「んん? 今なんと仰いました?」
「えとね、パパが海外出張決まってね。そんで来八音にも来て欲しいって言ってたから、美九音ちゃんに相談したんだよね。ほら来八音もそろそろ進学の進路や受験の準備もしなくちゃいけないし」
「………? …………それマジでかっ!」
「マジで。いろいろなやんだけど残ることにしたんだよ。ということだから来八音も新学期から陽麟学園中等部に編入することにしたからお願いね、知泰せんぱーい♡」
「なあ美九音?」
「な、なによ」
「で? お前はここに何しに来んだよ」
「パパが出張先の視察に行くから来八音と見送りに来たんだけど何か?」
あゝなんだかな~なんだかな~なんでこうなった。(´・ω・`)
「美九音、来八音。それは本当なのか」
俺の背中を通り過ぎて正面の美九音と来八音ちゃんに向かって言葉が掛けられた。
「「んん。そだよ」」
綺麗にハモって返事を返す美九音と来八音ちゃん。
「あははっ。そうか美九音も来八音もパパを見送りに来てくれただけなのか。パパは2人共一緒に来る気でいてくれたんだと思っちゃってたよ。そっかそっか~見送りだけか~。パパは嬉しかったんんだよ? 2人が空港に来てくれて。そしたら美九音は男と抱き合ってるし来八音は留学しないって決めてるし……。パパ泣いてもいい?」
「「キモイからダメ」」
なんだかんだ起こったクリスマスイブだったが、環さんを除いてはみんな落ち着くところに落ち着いたみたいでハッピーエンドというとこどだよな?
あれ? なんか俺、重大なこと忘れてね?
To Be Continued