変態サンタとわろえない狐 8
まだサンタクロースを信じていた幼い頃に絵本で見た。
星が散らばる光と闇のコラボする夜空の海原をトナカイが曳くソリに乗って、青い海よりも広い星の瞬く夜空を赤い服に身を包み、顎には白い立派な髭を蓄えたサンタクロースが大きな袋を担いで、冬の星座をバックに子供たち皆の夢を届けに行く姿が描かれた絵本を、星空に負けない位に爛々と眼を輝かせ夢中で見入っているあいつの無邪気な笑顔に俺は見入っていた。
袋に入り切れなくて溢れたプレゼントをソリにいっぱい積み込んで、夢と一緒にクリスマスの夜に枕元に届けてくれる、そんな話を何度も何度も夢中になって読んでいた。
あいつは今も幼い頃に夢見て憧れたサンタクロースを、あの頃より少しだけ大人になっても、サンタクロースが実在しない事を周りの誰もが心の奥に仕舞い込んだ幼い頃に見たファンタジーを、無垢な心と一緒に胸の奥深くに仕舞い込んでしまって大人になって行っても、あいつはまだ今でもサンタクロースを本当に信じているんだろうか?
彼女のところに夢と希望を運んで来てくれるサンタクロースの存在を今も尚、本当に心から信じているのだろうか……。
巨大な狼と犬の姿に変化した紅葉と犬飼姉妹の衣服を折り畳んでいる俺の膝に、擬態を解いて2本の尻尾を持つ黒い子猫の姿が、未美の着ていた衣服の中からモゾモゾと顔を出した。
「知くん、あたしも行く……」
「未美? なんでお前まで」
「そんにゃの決まってるにゃん。知くんと狐の今後のにゃりゆきをこの眼で確かめるにゃん。で、でにゃいとあたし、諦めきれにゃいもん……。って! にゃにしてるにゃん知くんっ!」
「っつかさ? なんでお前まで妖化してるの?」
「そ、それは……狼も犬も可愛い獣っ娘ににゃったからあたしも……。ってそうじゃないっ! にゃんで知くんがあたしのパンツをビニール袋に入れてるのか、って聞いてるのっ」
おいおい未美。お前が後で困ると思ってだな、人が親切に脱ぎ散らかった服を綺麗に畳んでやっているというのに、お前のその言い方じゃまるで俺が気合の入った変態みたいじゃねぇーかよ。
「ズルいわ」
いや別にズルくはねぇーよ。紅葉の服も犬飼姉妹の服もパンツも未美と同じ様に畳んでソリに乗せたし、パンツはビニールに仕分けて袋に入れたぞ?
んん? ちょっと待て俺今、重大な何かを忘れてなかった? いや絶対に何か抜けてたよなっ! あっ……。
「ところで紅葉。お前、パンツはどうした?」
そうか分かった。重大な何かを見落としていたと思ったら、こいつが脱いだ服を畳んだ時に紅葉のパンツだけ見てねぇーな。
「……は、貼ってる。だってパンツ見られるの恥ずかしいもの」
何者にも屈しない。食物連鎖の頂点に立つ孤高の雄姿が凛々しくもある狼の姿で、紅葉は俺から目線を逸らした。
「も~み~じ~さんーーーーっ!」
お前と言う奴は、絆創膏は下着ではないと何度言えば……。
「だ、だって恥ずかしいもの……。だけれど絆創膏はパンツじゃないから恥ずかしくないわ」
いやいや、いやいやいやいや。いやいやいやいや、年頃の乙女がパンツを履いてない方が恥ずかしいと思うぞ俺は?
紅葉は頬を赤らめて巨大な尻尾を下げたまま揺らしている。どうやらモジモジしているらしい。
「そうよね? 冷静に考えてみれば、あたしたち今、丸裸なのよね? 獣化したからあまり気にならないんだけど」
「「未美ちゃ~ん。私たちまで恥ずかしくなるでしょっ!」」
「それに……いくら御主人様だからと言っても、私今丸裸よ。そ、それでソリを曳いたら……ソリに乗った御主人様に後ろから私のお〔ぱきゃ~ん〕も恥ずかしいお〔ぱきゅ~ん〕の穴も丸見えよ。絆創膏は剥がせないわ」
「「なっ!? も、紅葉ちゃんっ! とどめさをささないでっ」
準備万端と言った様子でスタンバイしていた犬飼姉妹が急に地べたに腰を下ろした。「お手」ってしてみてぇーーーーっ。
「絆創膏を貼って無いなんて、丸出しでソリを曳くつもりだったの?あなた達は乙女の恥じらいが足りないわ。ほら楓も柊も立ってもうお遊びは終わり。御主人様、変態ごっこはもう終わりよ」
よし行こうぜ。今夜は何て素敵な夜なんだろう美少女姉妹と誰もが認める超絶美少女大神 紅葉が四っん這いになった、あられもない姿を眺めながらいざ満天のクリスマスイブの夜空へヒャッハー!
「知くん? 一度死んでみる?」
「ぎゃぁーーーーっ」
目っっ、目がぁーーーーーっ。
未美の奴め、鋭い爪を立て俺の眼球に襲い掛かってきやがったっ! これじゃ何も見えねぇ―じゃねーかっ! ……ごっこだよ? あくまでも変態ごっこだったのにっ。
「本当に世話の焼ける御主人様ね」
未美にやられた目で何とかソリに乗り込んだところで紅葉に呆れた声をかけられた。
こいつにだけは言われたくねぇー言葉だ。
「行くわよ楓に柊、用意はいい?」
「「……う、うん。いいよ紅葉ちゃん」」
紅葉が犬飼姉妹に目配せを送り、一歩を踏み出す呼吸を計っている。
「出発よ」
紅葉からの合図で三頭の犬神が歩調を合わせて走り出す。その一歩一歩が重たい地響きを上げながら、徐々に加速し大通りへと出ていく。
「ちょっ紅葉? もしかしてこのまま陸を走ってくんじゃねぇーだろうな? 空を飛んでいかねぇーのかよ?」
「御主人様、少し黙っていて五月蠅いわ」
「「空に上がるまでの助走がいるのですよ、七霧くん」」
「いやだって、大通りに出たら車もまだ走ってるし、危ねぇーだろ」
俺の言葉なんて意に介さず、更に勢いを増しながら四車線の車道へと入っていった。夜も深まったとはいえクリスマスイブの夜は何時もより賑わいを見せていて、路上駐車している車や走り抜けて行く車、信号を待つ車もまだまだ多い。
そしてガッシャン、ボコッ賑やかな音を立てて……っておいっ! お前ら車の上を走ってんじゃねぇーよっ!
「「七霧くん、私たちは大丈夫ですよ、これくらい犬神の私たちには何て言う事はありませんから心配無用です。それより前見ないでくださいね」
いやいや大丈夫じゃねぇーよっ! 大参事になってるよ。
「大丈夫。普通の人には見えないもの、私たち(・・・)もこの犬ゾリも」
ちょっと待て。お前たちは妖だから普通の人間には見えないかも知れねぇ―けど、普通の人間であるところの俺はどうなの?
「そうね? 丸見えよ」
はい俺終わったっ! \(^о^)/ オワタ
「ほんとマジで頼むから、そろそろ大空へ飛び立ってくださいお願いしますっ」
このままじゃネットのトピックスで「クリスマスイブの怪! モテなさそうな顔の浮遊少年、サンタの格好で車を踏みつぶすwwwww」って見出しが出ていそう。
「そうね、そろそろ霊子も安定してきたわ。踏み固めて空を翔け上がるわ」
紅葉さ~ん。それって某人気死神漫画の瞬〇ってやつの解説で出ていた設定じゃね? パクんなやっ! こういうことしてると中途半端な素人作家もどきがうるせぇーんだからっ!
「紅葉ちゃんっ」
「なに楓」
「トラパー濃度急上昇中、行けるわ。紅葉ちゃん、楓ちゃん」
「柊、良い波が来るわよ」
ちょっーーーーっだから止めろってーの! っつか犬飼姉妹もノリノリじゃねぇーか、今度はあれか? 交響詩篇エ〇レカセブソですかっ!
「飛ぶわよ楓に柊」
「「ごめんなさい七霧くん。大きな妖力を持つ犬神である私たちが力を揃えないと空中での姿勢が不安定になるので少し時間が掛りましたが」
犬飼 楓の口元がやんわり笑みを浮かべた。
「私たち姉妹は妖力も同じですし、呼吸も阿吽の息なのですが、紅葉ちゃんの妖力は私たち姉妹よりも強大で、合わせて貰うのに時間が掛ってしまいました。でも漸く犬神三頭の妖力バランスが取れてくました、飛びますよ」
大神 柊も口元を漸く緩めたみたいだった。
「知くん、妖はね。足元に妖力場を踏み固めて走り、体に纏った妖力を揚力に変えて空を翔けるんだよ」
寒さに耐え兼ねて俺の懐に潜り込んでいた未美が袂から顔を出してそう言った。
「妖力場を揚力場に変換って?」
なにそれおやじギャグ?
「違うわよっ! 勿論飛べにゃい妖もいるけど、空を翔けることが出来る妖はみんにゃ、同じ原理で空を翔けるんだよ。そうね……昔の狐なんかはとっても空を翔けるのが上手だったのよ」
「……へ、へぇ~」
九尾の狐である美九音は、今でこそ古の九尾の狐が持っていた妖力を封じられ、自在にその力を発揮することなんか出来やしねぇーけど、そうだよなあいつは大妖怪九尾の狐なんだよな。
「昔の狐はね。怒ると物凄く怖かったんだよ。あっ今も怒ると怖いんだけどね。……にゃんだか狐、知くんと居るととっても楽しそう、あんにゃ狐、あたしみたことにゃかったから、再開してびっくりしちゃったよ。これがあの九尾の狐? って思うくらいに」
昔はどうだったか興味が無い訳じゃないけれど、だけど俺にとってあいつは小さい頃から知っている久遠寺 美九音の何者でもねぇーんだよ。
「御主人様、しっかり掴まって。これから弾道軌道まで一気に駆け上がるわ」
「ちょっと紅葉さんっ! 弾道軌道までってマジっすか」
「嘘よ、言ってみたかっただけ」
「「七霧くん。弾道軌道は大袈裟だけど、一気に高くまで駆け上がるから気圧の変化がキツいですよ」」
そう言い終えると同時に紅葉と犬飼姉妹に曳かれたソリは急激に角度を変えて夜空に向かって駆け上り始めた。
犬神とソリが地上を離れると奇妙な浮遊感を感じた。例えるならエレベーターの中で感じる様な浮遊感だ。
「うわぁ~綺麗」
懐から顔だけ出した未美が、まだ眠らない明かりに満ちた街を下に満天に輝く星空を上に見て、そんな感想をもらした。小並感だな未美。
いやでも本当に美しい物を見た時って、それ以上の言葉が見つからない、いいやそれ以外の言葉に例えても全ての言葉が滑稽に感じてしまうんだよな。
俺もまた遠ざかる我が街並みを眺めながら未美と同じ感想を抱きながら暫くの間、無言で初めての体験を楽しんでいた。
「寒っ」
冷たい空気を切裂いて飛んでいる中の寒さ5割増しも忘れて見惚れていた景色が遠ざかると、未美が短く呟いて、黒い艶やかな毛並をブルっと振るい、俺の胸元へと潜り込んで行った。
「御主人様の胸元に潜り込んで御主人様の匂いをスハー堪能している猫は後で殺すわ」
一番先頭でソリを曳く紅葉が恨めしそうに懐に潜り込んだ未美に吠えた。
「紅葉、まあそう言うなって。未美は寒がりなんだから許してやれよ」
「御、御主人様がそう言うなら…。でも」
「でも?」
「でも後で私にもしてくれる?」
いいけどお前のその大きさじゃ俺の懐には入り切らねぇーよ。
「ただ紅葉をギ、ギュってしてくれればいいわ。御褒美は大事よ御主人様」
ああそうだな。それくらいお安い御用だよ紅葉。
「あっ……」
飛んでいる高さで寒いだけかと思ったら……。
「雪ね」
空は依然として星が輝いているが、何処からともなく流れてきた雪がちらほら舞い踊り出した。
もうそろそろ空が白み始める時間になって、俺たちは美九音が来ている都市に到着した。しかしまだ夜は明けておらず当たりはまだ暗い。
時間は既に8時を回っているが、空港のロビーから見える空はまだ薄暗い。恐らくはこっちに来てから空を分厚く覆い始めた雲のせいだろう。
「なあ未美よ」
「にゃ~に?」
「あいつ、美九音は何処へ行くって言ってたんだ」
「確か……イギリスはロンドンだったかにゃん」
未美から聞いた行先、ロンドンへ飛び立つ朝一番の便を探した。そして美九音が搭乗するはずの飛行機の時間を見付けて、俺は床に崩れる様に膝を着いた。
「もう美九音は行っちまった……」
8:10分発ロンドン行の時刻表を眺めながら、もう戻らない時間を悔やんだ。
To Be Continued




