変態サンタとわろえない狐 7
「ほんとごめんね知くん。だって狐のやつ、知くんには言ってるって思ってたし、だからあたしも狼も最後のクリスマスくらい狐に知くんを譲ってもいいかな? って思って……でも素直に譲る気にはなれなくて、それで負けず嫌いの狐とわざわざ勝負で……ガチの勝負で狐が勝ったら、あたしたちも諦め着くし……」
美九音が海外留学してしまう。衝撃的な言葉を聞いて居ても立っても居られなくなった俺は最寄りの駅に向かい駆け出そうとした。
「待って。何処へ行こうとしているの」
急速にざわつき出す心と焦りに支配されて行く俺の気持ちとは裏腹の、まったく慌てる素振りもなく感情が籠らない醒めた口調が俺の足を止めた。
「紅葉。決まってんじゃねぇーか、美九音を止めに行く」
「そ? 御主人様に出来るの? 御姉様のところに行けるの?」
「……俺だって電車の乗継ぐらい出来るっ」
馬鹿にするのもいい加減にしろよ? 俺だって電車くらいは1人で乗れるんだぞ!(小並感)
「無理よ。もう遅いもの」
なんだと?
「紅葉よ、俺に美九音は止められねぇーとでも言いたいのかよ」
紅葉は静かに首を左右に振って俺の問い掛けに否定の意を示した。
「寧ろ御姉様を止められるのは御主人様だけしか居ないわ」
だったら……だったら何で止めるんだっ。
紅葉が街の通りに立てられた時計塔を指差した。
「だってもう電車の乗り継ぎに間に合わないもの」
…………。
時間は既に23時を少し回っている。終電までには間に合っても、この時間からでは美九音が向かっている環さんと来八音ちゃんが居る東京までの新幹線に間に合わない。
田舎不憫過ぎるっ! 新幹線が出ている駅まで行くのに時間が掛り過ぎて、とてもじゃないが最終の、のぞみへの乗り継ぎに間に合わねぇーっ。
くそっ! どうしてこうなった?
取り敢えずというか駅前まで来てしまった。しかし電車の乗継に間に合わない以上、他の手段を用いて美九音のところに行くしかない。
駅のロータリーにはタクシーが並び、次々に家路に着くサラリーマンやらを乗せては出て行き、そしてまた最後尾に別のタクシーが並んで行く。
でもなタクシーは金が掛り過ぎるし流石にタクシーを長距離利用するだけの現金を生憎持ち合わせてなんてねぇーし。
……夜行バス。
ふと思考を巡らせ視線を彷徨わせていると夜行バスの窓口を見付けた。
「そうかあれだ、あれならなんとか行けるかも」
「と、知くん? どうしたのよ」
急な俺の言葉に未美が問い掛けて来た。
「夜行バスだよ夜行バス」
俺は窓口へと向かった。
「えと、空港行きってまだ空きありますか?」
「すいません。生憎もう……キャンセル待ちをしていれば、もしかして空くかも知れませんが、出るとは限りませんよ」
「そ……そうですか、ありがとうございました」
あゝ、なんだかもう何もかも上手く行きやしねぇー、……やっぱりもう手遅れなのかよ。
諦め。そんな言葉が頭を過った途端に俺は全身から力が抜けて行くような気がして、近くのベンチに座り込んでしまった。
その両脇に未美と紅葉が何も言わずに腰を下ろした。
「なあ? 未美。 どうしてこんなことになっちまってるんだろうな? 俺……」
「知くんが変態サンタにいいように振り回されて、女の子のパンツ集めてたからでしょ?」
ですよね~。未美さんの仰る通りですねっ! でもな? 今回ばかりは簡単に諦めるわけにはいかねぇーんだよ。
今回のクリスマスに、誕生日にあいつに喜んで貰いたくて、バイトしているつもりだったんだよ。
「なら行くしかないわ」
なんとしてでも美九音の下へ。
もう止められねぇーこの気持ち。なにがなんでも美九音のところに行って言わなきゃならねぇー言葉があるんだ。もう気付いちまったんだよ。
電車で行くことは諦め、俺は再び走り出そうとした。
「待って」
「紅葉、もう待てねぇーよ。俺は美九音に会いに行く」
「変態サンタはどうするの? 放って置けば何れ御姉様に危害が加わる。御姉様の留学を変態サンタが知っていたら……」
それに変態サンタの最後の目標が美九音なら、必ず美九音のところに行く。
だから変態サンタより先に美九音の下へだな……。
「ダメよ。狐のところに行けないならせめて変態サンタはここで止めるべきよ。でないと知くんのこれまでの努力と汗と変態行為が報われないわよ」
未美よ。慰めてくれるのは嬉しい、でもな最後に余計な言葉が付属していた気がするんだが……。
「その件なら俺に策がある」
策というよりはこれまで俺が地道に仕組んで来たことだ。
「そ? ならいいわ。でもどうやって御姉様のところに行くつもり?」
「まさか知くん? 走って行くつもりじゃないでしょうね」
……
「応よ」
「はぁ~……バカっ無理に決まってるでしょ? いったい何時間掛ると思ってんの? そんなの着いたころに狐はとっくに大空へ飛び立ってるわよ」
ですよね~。
「助けてよ紅葉ェも~んっ!」
「分かったわ。こうなったら奥の手を使う」
「えっマジで?」
奥の手って……いったい。
紅葉が携帯を取り出し慣れない手つきで操作し始める。
しかし文明とは縁のなさそうな紅葉が携帯を持っていた事にちょっと驚いた。
「大丈夫よ。これ余計な機能付いてないもの。話すだけのやつ」
シニア向けの楽々ホンかよ! 紅葉さんっ。
相手の電話番号をノロノロ打ち終えた紅葉は、携帯を目の前で見詰めたまま相手が出るのを待っていた。
あのね紅葉さん? 携帯を耳に当てないと聞こえないと思うぞ。
『は~い、もしもし』
紅葉の携帯から大きくて元気な女の子の声が聞こえて来た。あっスピーカーにしていたのな。
「かえ……らぎ?」
『もしもし? 紅葉ちゃん。楓だけど、えと柊ちゃんに用?』
紅葉の奴め、犬飼姉妹の楓ちゃんと柊ちゃんを声で判別出来なくて「かえ……らぎ?」とか誤魔化したのかよ。
「楓と柊にお願いがあるわ」
『お願い? いいよ聞いてあげる』
犬飼 楓は紅葉のお願いが何なのかを聞く前に即答した。いいのかよ? 例え人間界に来て人間として馴染んでいようとも紅葉たちは妖だ。
しかし俺たち人間とは違い、妖は妖であることに違いはない。
人間の俺が知らないあいつら妖にはあいつらの事情なんかもある。人間界に身を置き住んでいる妖は比較的大人しくしてはいるが、決められたルールや秩序を守れない者も少なくは無い。それは俺たち人間にも言えることだが、いやどんな世界にだってあることなのだ。
それに加えて妖には人間界の外で未だに生きる奴等も居て、そいつ等は人間界に取り入った妖たちを良い様には思ってないらしく、そういった連中との間で争いもある。
いくしま童子の一件で、犬飼姉妹は紅葉の為に命の危険や犬神一族での決め事に背いてまで、紅葉を助けに来てくれた。
今回もまた紅葉が危険な状況下に陥って助けを求めたって場面も容易に想像出来たはず、なのに犬飼 楓という犬神は大神 紅葉の「お願いを」理由も要件も状況も聴かずに即答で返してきたんだ。
「……ありがとう楓」
『うん。だって紅葉ちゃんから電話くれるのって初めてじゃない? それにお願いされるのも初めて』
良かったな紅葉。お前は決して孤独なんかじゃなかったんだよ。
『それでお願いってなぁに?』
「楓と柊に“あれ”を用意して持って来て欲しい」
『あれ? あれってなに? 紅葉ちゃん』
「いいから一刻も早く曳いて来て。場所は学校最寄りの駅、その裏路地の駐車場よ」
そう言い終えるた紅葉は、携帯を受話器を下ろそうとボタンに指を添えた。
『ちょっ! ちょっと紅葉ちゃ――』
ツゥーツゥーツゥーツゥー。
「御主人様、電話切れたわ」
いいや今のはお前が切ったんだっ!
「でも安心して御主人様。私と犬飼姉妹で必ず御主人様を御姉様のところに連れて行くわ。勿論、電車よりも速く連れていくわ」
「「お、お待たせ」」
暫くして人目を避け場所を裏路地にある人通りの少なく一見して駐車場には思えないほどの場所には、アスファルトは敷かれおらず、砕石だけを巻いて固めた土地に雑草の生えた跡がある。
薄暗い場所にある月極駐車場は防犯状況を懸念してか利用者は少ないみたいで、駐車している車を余り見たことはない。
そんな周囲を確認するのに月明りだけが頼りの場所に現れたのは犬飼 楓と犬飼 柊だ。
「紅葉ちゃん。頼まれてた“あれ”持ってきたよ」
「そ? ありがと」
犬飼姉妹や紅葉が言う“あれ”が月明かりの中、朧げに姿を現した。
「ちょっ紅葉、これって……」
「そ。これで御主人様を御姉様のところまで運んで上げるわ」
「いやでも……これって……」
俺の質問には答えずに紅葉は月を見上げた。
「新月にはまだまだね。だけどこれでも十分」
冬の寒空に浮かんだ月は少しだけ欠けていた。紅葉は月を見ながら着ていた服を脱いで行くが、紅葉はまったく躊躇する様子はない。
紅葉さんっ! 良い脱ぎっぷりですねっ!
思わず拍手してしまった俺を犬飼姉妹が睨んで見ていた。
服を脱ぎ終った紅葉が一息吸い込むと、月明りに照らし出された紅葉の桜色の髪の毛が銀色に輝き始め、灰色の瞳は月を取り込んだかと思うほど眩い光を放つ金色の瞳へと変化し、彼女の細くしなやかな肢体は膨れ上がりながら銀色の毛並を纏っていった。
気が付けば、あの可憐で清楚な紅葉の姿が小型トラックほどの体躯を有する美しく気高い狼の姿に変わっていた。
「楓と柊も手伝って」
狼の姿をした紅葉が犬飼姉妹にそう言った。
「えっ!? 私たちも」
「えっ!? 脱ぐの」
「そ。でないと服が破れてしまうわ」
「「……分かったわ。紅葉ちゃん一人であれを曳くのは大変だし……」」
渋々といった感じで犬飼姉妹が紅葉の要求を呑むと次いで俺を睨ね付けた。
「「七霧くんはあっち向いててっ」」
「いいじゃない。見られても減るもんじゃないわ」
「「紅葉ちゃ~んっ」」
犬飼姉妹が衣服を脱いでいる衣擦れの音だけが闇の中に響いて聞こえる。
「なあ? 未美。なぜお前は俺の顔をおっぱいに挟んでいるんだ」
これじゃ何も見えんじゃないかっ!
「あれ? 知くん、不服なの? おっきいおっぱい好きなんじゃなかったっけ?」
いやおっきいおっぱいは好きだが、これじゃ今後廻り逢えるかどうか分からねぇー犬飼姉妹の裸が見えねぇーだろ? 空気読んで下さいよ未美さん。
「だって……あたしだって知くんが他の女の子に目を向けたりましてや裸をみたり、なんて嫌なんだもん……」
「えっ? 何だってっ」
「ほんとっ知くんて最低だっ! ……はぁ、なんであたし、こんな人を好きになっちゃったんだろ。……はいもういいよ」
次の瞬間、程よく柔らかい肉圧から解放さた。顔に掛っていた圧力と共に解放された視界に映ったのは、3頭の巨大な犬神と、犬神に繋がれたソリだった。
「犬ゾリ?」
「そうよ。犬神一族の秘宝“犬ゾリ”よ
「「違うよ紅葉ちゃん“飛天楼”よ」」
「嫌よ、そんな名称、中二臭いわ。早く御主人様乗って」
「分かったよ。でも少し待っててくれ」
俺は忘れていた用事を済ましに紅葉たちの下を少し離れた。
「待たせて悪りぃ」
「早く乗って、御主人様は本当に御姉様が大事なの? 急いでいるのか行きたくないのか分からないわ」
「だからごめんって。あいつへのプレゼントをちょっと用意してきただけだから」
こんな夜中に洒落た店なんてもう開いてはいなかった。だけどクリスマスを楽しむカップルをターゲットにした露天商は商店街で寒空の中を頑張っていた。
美九音、お前が要求していたプレゼントには程遠い安物だけど何も無いよりはいいよな?
「紅葉。行ってくれ」
「分かったわ」
紅葉と犬飼姉妹が夜空に向かって一声、遠吠えを上げた。
時計の針が丁度零時を指した頃、俺はサンタクロースの衣装を着てパンツのぎっしり詰まった袋を担ぎトナカイに曳かれたソリ……ではなく、犬神に曳かれたソリに乗ってクリスマスイブの夜空に飛び立ち、我が愛しの幼馴染み久遠寺 美九音ちゃんをお迎えに上がることになった。
To Be Continued