~ 眠り姫 ~ その9
もう四の五の考えているよりも行動に出てなんらかのアクションを起こした方が、今回のこの事件には解決への近道だと俺は思うんだよ。
なにもしなけりゃなにも変わらない、なにも分からないなにも変えられないだろ?
姫子先生が言うように戦略的にみればもっと時間を使って、情報を得て必勝の戦術を模索する、その方が確かに建設的なのかも知れない。
でもな、今回ばかりは俺も平和平和だの平凡凡庸だのと、のたまっている気にはなれねぇーんだ。
そりゃさ? いつのも様に平和だの平凡だの凡庸だのと、のたまって事態を先送りにすれば、幼馴染みの可愛い……、寝顔だけは可愛い幼馴染みの眠った顔をずっと見ていられるのかも知れねぇーけど。
でもさ、それってやっぱり詰まらないよな? 美九音が怒って泣いて歯噛みして、悔しがって悲しんで、そしてその先に咲かせる満天の笑顔と、たまーに鼻提灯なんか作ったりして無邪気に眠りこける可愛い寝顔の方が、やっぱり俺は良いんだよ。
「紅葉ありがとな」
「行きましょう、御主人様。御姉様をこんなにした奴らの下へ」
「えっ紅葉、お前も行くつもりなのか? だったら火絶銀狼丸はお前が持っていた方がいいだろ? 得物を俺なんかに持たせて、お前はいったいどうやって戦うつもりなんだよ」
紅葉はきょとんと首を傾げ「御主人様の言っていることが分からない」と言いたげである。
「お前の武器だ、お前が持っていろ」
紅葉から先程、渡された火絶銀狼丸を差し出し返そうとした。
「私は刀の扱いに慣れていない、刀の扱いに長けている御主人様が持つべきよ。それに私は刀なんて持たなくても強い」
「仕方ないわね、知くんはあたしが守ってあげるわ。あたしだって見た目よりもずっと強いんだから」
「そうですね。大神さんも黒井さんも、あの後から必死に眠らせ封じた妖の本能と戦い制御しながら戦う術を学び、得ようと頑張っていましたから」
「波音先生と私はここに残り、必勝の術とこの偽装世界を破る術を模索するとする。七霧、死ぬんじゃないぞ」
「あたしは美九音お姉ちゃんの傍にいて看てますです。お姉ちゃんの傷を出来るだけ早く治しますですよ。だから知泰お兄ちゃんは安心して戦ってくださいね。お姉ちゃんはあたしが守ってますですからねっ」
「私はなにか体の温まる美味しい物でも作って待っているよ。その前にこれを食べて力を付けて行きなさい」
真冬さんが指を鳴らして合図をすると、扉の向こうに控えていたメイド服の女の子たちがどんぶりを乗せた盆を持って来た。
「あいす・ありす特製のランチメニューのハルマゲ丼よっ! 試作段階だけれど栄養たっぷり、スタミナも付くわ。さあこれを食べて最終戦争に挑むわよっ!」
真冬さんっ? それ今、乗りだけで名付けたろっ!
「てへぺろ。バレちゃったっ♡」
バレちゃったっ♡ じゃねぇーよっ! でもありがと、これから始まる戦いには打って付けのどんぶりだぜ? 最終決戦はまだまだ先かも知れねぇ―けど、美九音のために不倶戴天の決意で、この戦いに臨むという意味ではこの戦いは絶対に負けられねぇーんだからさ。
ハルマゲ丼の内訳は、まああれだ? なんだか余計な力が抜けたって感じだ。だけどもそれは良い意味でリラックス出来たな、うん。
見た目は油をニンニクで香り付けしたビタミン豊富な豚肉と玉ねぎ、ピーマンを特製ダレで炒めた普通のスタミナ丼なんだけれども、豚肉が結構な厚みがあったから、中まで火を通すために恐らくどんぶりごとレンジに入れたんだろうな? 厨房でチ~ンって音してたもん。
それだけなら別に良いのだけれども、曲者素材がハルマゲ丼の中心に乗っていたんだよ。
その曲者素材っつーのが、殻付の卵だったんだ。
最初は割って掛けるのかと思って一応真冬さんに卵は割って掛けるのか、と聞いたらさ。「その内に分かるよ」だって言ったから、嫌な予感はしたのだけれども、案の定嫌な予感は真冬さんが退避した直後に、紅葉が卵をそのまま頬張った瞬間に的中したんだ。
卵が紅葉の口の中で爆発したんだよ。
あれだな? 俗に言う爆弾卵ってやつだ。ほら生卵をそのままレンジに入れて温めると爆発するあれ。
だけれどもハルマゲ丼の所為で力んでた全身が緩んで柔らかくなった感じがした。それに何だか妙に気力が湧いて来る気もした。
ハルマゲ丼のサプライズにげんなりした後に美九音の仇討に行くメンバーを決めた。
メンバーは俺、紅葉と未美となる。
姫子先生と波音ちゃんは敵の情報を出来るだけ探るため、あいす・ありすに残り、真冬さんは店を空ける訳にも行かず(偽装世界だから客は来ねぇーんだけど)残ることになった。
水系妖の波音ちゃんと真冬さんが描けるのは相手に火狸がいることが分かっているから、大幅な戦力ダウンになるけれども仕方ない。
そして枢は美九音に張った結界維持のために離れられる訳が無く、残ることになった。
俺と紅葉、そして未美で謎の陰陽師が束ねる妖、火狸と鎌鼬にこれから勝負を挑むわけだ。
奇しくも退魔師の家系に生まれた人間の俺と狼の付喪神で犬神と猫の付喪神で妖猫猫又の2人という同じパーティーでの戦いになる。
しかし紅葉と未美は人間界に生きる妖だ。
2人の話しによれば人間界に籍を置くため、登録した際に妖力はかなり厳重に制限され押さえられているとのことだ。
だけど紅葉の強さは模擬戦とはいえ手合せした俺には分かる。
未美のすばしっこさと大道芸人の様な身の熟しも、夏の海で紅葉に襲われたとき、いくしま童子戦のときに見ているから知っている。
こう言っちゃなんだけども、こいつらは相当に期待できる頼みしい味方だ。
「御主人様。油断大敵」
「そうだよ知くん。浮かれていたとはいえ、あの狐に怪我を負わせ、眠りの呪をかけたんだよ? 気を引き締めて掛らなくちゃ」
「そうだったな、すまなかった」
今年、初めての雪が降り積もる中を俺たちは、あいす・ありすと美九音ん家までの経路を辿ることにした。
その途中にある学校の側を通り掛ったとき、只ならぬ異様な雰囲気というか禍々しい気を感じた。
「御主人様、気を付けて学校から強い妖気を感じる」
「知くん、刀を抜いて構えて」
紅葉と未美の言葉で校庭に目をやった、するとそこに居た。
学校の校庭に居た。五階建の陽麟学園の校舎と同じくらいの背丈をした狸が居た。
「なっ……文福茶釜に出てきた狸はあんなに大きくなかったぞ」
「相手は妖だよ知くん。中には大きさを自在に変えることの出来る妖だっているんだよ。まあ無限大とはいかないし、それぞれ制限はあるみたいけどね」
「なんでもいい。私も狼の姿になれば小型トラックくらいの大きさになる」
そういえばそうだったな俺の前で一度だけ完全妖化した模擬戦のときに見た紅葉はそれくらいの大きさがあったな。
「行きましょう御主人様」
紅葉は言葉を終えると同時に校門を閉じている平均的な人間の身長程もある鉄扉を易々と飛び越えて校庭に入っていった。
紅葉に続いて未美も軽々と鉄扉の上まで飛び上がり、4cmから5cmくらいの幅がある鉄扉の上に立った。
……未美よ? こん時になんだが毛糸パンツにはどうも萌えられねぇーぞっ!
「知くんも早く上がってきなよ? ……って、んん?」
俺の視線に気付いた未美だったけれども、毛糸パンツを履いている余裕なのか、スカートの裾を押さえようともしねぇー。
これって女子としてどーよ? まあ今はそんなこと考えている暇はねぇーな、だがこの件については、やたらとパンチラする美九音と絆創膏を下着代わりにしている紅葉を加えて、チラリズムが何たるかを教えてやらねぇーといけないよな?
ジャンプ一番、鉄扉に手を掛け、一気に自分の体を鉄扉の上まで引き上げ越えようとしたとき、一陣の風が吹き抜けた。
「きゃぁーーーーっ」
捲れあがったスカートの裾を必死で押さえ、悲鳴を上げる未美。っつーて今更、スカートの裾を気にするのかよっ!
「よく来ましたわね、おバカさん。のこのこ策に嵌まってくれてありがとう」
風が通り過ぎた背中から、若い女の声が聞こえてきた。
俺は振り返らずにこう答えた。
「来るさ。だから礼には及ばねぇ―よ。俺の大事なものを傷付けられたんだからな。例えそこが死地だったとしても俺は行くさ」
「知くん……超カッコイイっ」
未美の黄色い歓声を聞きつつ、振り返り様に火絶銀狼丸の鯉口を切って鞘から抜き放った。
雪が舞う空の下で、火絶銀狼丸の刃が鈍い光を放っている。
眠っていた戦いの感覚を思い出していく。
不思議なことに神経を研ぎ澄ませば、俺の知らない俺が積み重ねてきた戦いの感覚が蘇ってくる。
感じる、敵との距離。
そしてそのまま敵に向かい合うべく、体を回転させながら刀身を振り抜き、ひっそりと静かに振り続ける雪の結晶を切裂き、本来切るべき敵を切に行く。
白い雪が街路灯の光に照らされ、浮かぶ静まり返った闇の中に、金切音が激しく轟いた。
敵が刃を受けた音、硬い金属同士が激しくぶつかりあった音だけが闇の中に響き余韻を残して、また静寂の世界へと帰っていく。
「知くん、あたしがサポートするわね」
「駄目だ未美。お前は直ぐに紅葉の方に援護しに行ってくれ」
不味いな。対峙する敵がミスマッチになっちまったぜ。
「知くん?」
「未美、俺は大丈夫だ。俺を信じろ」
「でも――」
紅葉は今頃、火狸と対峙しているだろう。本来の紅葉がいくら強くても、制限を受けた中であんな化け物じみた火狸と戦うのは、骨が折れるだろうからな。
こんなことになるなら、出る前にこいつを……、火絶銀狼丸を紅葉に返しておくんだったぜ。
とはいえ、俺も鎌鼬相手に素手では辛いんだけどな。
「だから未美。ここは俺に任せて紅葉のところへ行ってくれ」
「……う、うん。分った。でも死なないでね知くん。直ぐにあの狸を片付けて、狼と一緒に知くんのところに戻ってくるから、それまで死なないでよねっ」
応よ。
つづく
御拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!




