第49話 始まるまえに
side : とある商人見習い
こンの~~クソ親父め!なーにが「〈商業同盟〉とトリント商会の納入日被っちゃった。調整ヨロシク☆」だよ!!
大陸二大祭前の、このクソ忙しいときに何やってんだ。第一こんなぎりぎりになるまで気付かないなんて、何年商売人やってんだよっ。お蔭ですきっ腹抱えて走り回ることになってんじゃねぇか、俺が!!
俺は、口をついて出そうな愚痴を心の中で吐き出しながら街中を走っていた。日中に済ませないとならない用事が山ほどある。急いで十字路を曲がったとき時報の鐘が鳴った。
「っうわぁ、もう昼じゃん!間に合うか…へぶっ」
「…おっと、大丈夫?」
急いでいたうえに鐘の音に気取られていた俺は誰かにぶつかって転んでしまった。向こうも走ってたようなのに相手は大したことがないようだ。
くっそ、また時間食った。怒鳴りつけたい気分だが、人付き合いは商売の基本と笑顔を作る。相手が差し出す手を取り立ち上がって、お礼を言おうと…言おうとしたんだが
「あ、りが……えっ?」
目の前には変なものがいた。
いや、相手自体は普通の男だった。歳は20代前半、黒髪に碧い眼の顔立ちは平凡だ。服装は休日の冒険者といった風だが前掛けをかけて屋台を引いている――アルバイト系の依頼だろう。
問題は、だ。男のまわりにふよふよと飛び交う白や緑の半透明の球体…10個は越えている。
「な、なんだよコレ? どうなってんだ? 新しい魔術か?」
「あれ? 君コレ見えんの? 珍しーね。」
「珍しい?」
って俺が?あんたじゃなくて!? と思わないでもない。でも、ふつうは見えないのか。道理で他の人らが注目しないはずだ、こんなものあったらすぐ噂になるもんな。
「そうそう。魔術じゃなくて精霊なんだよねーコレ、偽モンだけど。
君、機会があったら精霊魔術に挑戦するといいよ。…ん、でも君商家の子か。要らん知恵だったかな。」
やばい、この兄ちゃん言ってることがわかんねぇ…。
このボールみたいのが精霊なのか、いや偽精霊?そもそも精霊の偽物ってなんだ? よっぽど危ないんじゃなきゃ情報はあるに越したことがないって親父は言ってたけど、こりゃどっちだ。
混乱した頭でそこまで考えたとき、グウーと腹が鳴った。昼だもんなぁ…
「って時間!!」
「あっ君急いでたのに、ごめんな! それに、腹減ってんのか。これ食えよ。」
急いで立ち上がって、服と荷物を軽くはたいていると謎の兄ちゃんは売り物だろう白いパンを2つ差し出してきた。なにやってんだコイツ
「馬鹿か、受け取れるかンなもん。依頼者の品物だろ!?」
「いや、俺のだからこの屋台。」
「え、マジで?…じゃなくてっ」
「わびなんだから遠慮すんな、ホラ。」
「―――シ様ぁー。っあ、見つけた!はやく戻ってきてくださいよぉ」
謎の兄ちゃんが俺にパンを無理矢理握らせたとき、通りの奥からおおきな声が聞こえた。誰かを探しているらしい。
「やっべ!じゃあな、少年。」
兄ちゃんはソレを聞くと目に見えて慌て出した。かと思ったら、俺に声を掛けるや否や屋台を引いているとは思えないスピードで駆け出していった。
しばらくするとそれを追いかけるように数人の男女が俺の前を通りすぎる。
…というか、今のギルドの受付嬢と〈商業同盟〉のトップ3じゃなかったか?
「な、なんだったんだ?」
思わず握っていたパンは割れかけて悲惨なことになっていた。
割れ目から見える具をこぼさないように頬張る。ふわふわで温かい変わったパンと、塩味の聞いたひき肉と野菜の餡が抜群に合っている。もう1つは茶色いソースみたいのが入っていて、これがまた絶妙な辛みとうまみで、目茶苦茶にうまかった。
目的地の取引先につくころには両方とも食い終わってしまい、不覚にも名残惜しいと思ってしまった。
多少やり残したことはあったが、調整はどうにかなったし明日でどうにかなるだろう。
それより、あの兄ちゃんはいつもどこで屋台を引いてるんだろう。また、食いたいなあ。いっそのこと親父にも頼んでうちに卸してもらうか? 絶対売れるぞ、あれ。