第48話 終りのさなか(下)
side:キヨシ
頷きかけたルークは、俺の言葉に疑問をもったようだった。
「あぁ。…でも、協力?」
「そう、協力、”魔力消失”回避の。…君はその方法を見つけているはずだ。」
残念なことに俺は正規の方法以外には”魔力消失”回避の方法を見つけられなかった。だから、俺はその方法を知るルークに協力を仰ぐほかない。
「…いや、そんなものなかった。僕も色々試したんだ、『そもそも歪みなんて存在しない』って世界も魔法ならできると思って。でも、どの魔法も保って数瞬だった。
表層だけ変えてもすぐに補正されてしまう。根本に働きかけなければ意味がなかったんだ。」
「じゃあ、根本――理ごと変えればいい。」
この正規の方法は『魔力自体の定義を変え、”歪み”をはじめからなかったことにする』という大規模なもので、ルーク一人では成功しない。
「…できないんだ。理を変えるには〈魔力の糸〉を遡って、世界の中枢に接触する必要がある。でも、魔法を使うための魔力を引き出すのに〈魔力の糸〉は塞がっていて使えない。
なにより、僕の〈魔力の糸〉は逆行できるようにできていなかった。」
だから本来の物語では20年後、ギリギリのところで〈葉擦れ〉と名乗る霊樹が協力して初めて成り立つ。でも今霊樹の中に該当する呼び名のやつはいない。もしかしたら、これから目覚めるのかもしれないけど、目覚めないかもしれない。だから俺がやることにしたんだ。20年も待てないしな。
「世界との〈魔力の糸〉ならあるだろ?」
「聞いてなかったのか!?僕のは「俺のが。」…っ! いや、君は魔法を使えないだろう?それは無理だ。」
「無理じゃないだろう。君がやるんだから。俺の〈魔力の糸〉をたどればいい。」
「は…。…何を、言って、るんだ。」
意味は理解しているが、気軽に言ってみせる。ルークのほうが蒼白だ。
『他人の〈魔力の糸〉をたどる。』文字にすれば簡単そうだが実はそうでもなかったりする。例えるなら、レントゲンとかなしで、指先の毛細血管から動脈をたどり心臓まで糸を通すという感じだろうか。
要するに、一歩間違うと死ぬこともあり得るってわけだ。ルークの反応は一般のものとしては正しい。
でも、ここでやんなきゃ物語を捻じ曲げた意味がない。
「何をって文字通りだよ。さっきまで人類殲滅しようとしてたやつが何言ってんだ。
まあ言いたいことはわかる。でもな、俺たち霊樹は”魔力消失”を回避できなきゃ20年後確実に消えるんだ。避けられる可能性があるなら俺はそれにかける。」
「…わかった。僕がやろう。」
ルークの顔は「もしものときに類が及ぶから契約をといておいてくれ」と頼んだ時のケントさんの顔に似ていた。大人として納得してしまった、そんでそんな自分や俺に苛立つ、そんな顔。駄々をこねたトキとは大違いだ。
「そんな顔すんなよ。自己犠牲のつもりなんて全然ないからな、成功させてくれよ?」
結界を解いてもらってすぐ、向かったのは俺本体のところ。並んで歩いているのはルークと俺と勇者。とはいえ後ろにはケントさんやトキが付いてきているようで、一応説得はしたんだけど意味なかったみたいだ。
到着するとルークが俺本体を中心に魔術陣を描き始める。補助的なもので〈魔力の糸〉をはっきりさせる効果があるらしい。その周りに勇者が結界を張ってもしもの事態に備える。
ルークがそっと幹の根本に手をつく。
「じゃあ、いきますよ?」
「おう、あとは頼んだ、久遠。」
勇者が頷くとルークが魔力を手繰り始めた。
真剣な面持ちで目を瞑るルークの額から次第に汗が吹き出す。耐えるようにに眉が寄る。
俺の方も、初めは何でもなかったが、じわじわと体内を侵食されるような感覚が広がる。波のようにひいてはおそってくる吐き気と、胸部、鳩尾あたりの異物感が強まっていく。
吐き気と異物感が一際強まったとき、ルークがカッと目を開く。
『変われ』
「ウッ…グゥァーー」
「…ッ、くそっ魔力の補給が追いつかない。」
「俺のは…使えねえっ」
侵食の感覚が喪失感になり、異物感が明確な痛みに変わった。のどに無理矢理ものを詰め込まれるような苦しさと内臓を鷲掴まれるような痛みに動物のような声が漏れる。
ルークと勇者がどうにかしようとしてくれているのは辛うじてわかるが、どうしようもない喪失感は止まらない。
さらさらと朽ちていく俺本体を見たのを最後に俺の意識は途切れた。
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まあ…結局俺は、こんだけ利用して引っ掻き回しておきながら、この物語を信じきれなかったんだ。勝手に不安になって自分本位に動いた、その結果がこれ。何一つ見届けることもできずに責任を誰かに被せることになって…ホントかっこ悪ぃ。
…あれから何年くらい経ったんだろう? 時間感覚なんてとっくになくなった。
淋しくて苦しくてしかたない。合わせる顔なんてないけど、みんなに、会いたいなぁ。
ー キヨシ ー
…誰かに、呼ばれたような気がした。
願望が産んだのまやかしなのかもしれない。それでも構わない。
開かないはずの瞼があいた。