第47話 終りのさなか(上)
side : キヨシ
ー キヨシ ー
…誰かに、呼ばれたような気がした。
暖かくて柔らかいまどろみの中、水中をたゆたうようだった意識が、ふと浮上する。
最近はこんなことが多い。
まあ、最近って言ったって時間感覚なんてとっくになくなったから言葉自体に大した意味はないのかもしれない。…あれから何年くらい経ったんだろう? まだ、みんないるのかな。トキぐらい、いるよな。
分かってたこととはいえ、起きて本当に一人だったら、悲しいなんてもんじゃない。
浮上した意識がめぐるのはいつだって仲間のこと、そして、あの滑稽な終演のこと。
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「―――少なくとも彼女は、こんな”世界”を望んじゃいなかったはずだ。」
あの日、魔王と対峙した俺は、言葉のすぐ後に久しく使っていなかった”疑似精霊”をばらまいた。それを合図に勇者(おそらくは神官も手伝ったんだろう)が結界を張る。同時にミュラさん呪式文を詠み待機していたエルフたちが魔法陣に魔力を込める。
「っな!…うわあ、ガッ。」
魔術が発動し、とたんに魔王は支えを失って地に落ちた。…かなり痛そう。
発動したのは〈賜名の陣〉。俺もお世話になった〈真名定〉に使われるものだ。それでなんでルークが落ちるのかっていうと
「…〈魔力の糸〉が、無くなって、る?」
そう、この〈賜名の陣〉には、対象と他者を繋ぐあらゆる魔術的なつながりを(陣中で)限定的に破棄するという特性があったんだ。これは本人に最適な真名を選ぶために余計なものを排除しているらしい。だから、世界とのつながりを失ったルークは体を浮かせていた魔法を使うことができない。
「なんで…。くそッ、なんで繋がらないんだっ。
繋がるはずだろ!? じゃなきゃ彼は、どうやってここにいるんだ。」
焦るルークは〈魔力の糸〉を回復させようと躍起になっているがこの陣の中では無理だった。それでもルークが諦めていないのは俺が陣の中にいるからだ。
すでに気付いてるかもしれないけど、本来なら俺はここにいられない。起点となる契約者との〈魔力の糸〉が破棄されるから。
でも、それじゃ困るから俺は”疑似精霊”を使った。俺 は 俺 以外との〈魔力の糸〉を起点にすることで遠距離でも動いている。だから”疑似精霊”とのでも可能っちゃ可能だ、量が必要になるってだけで。そんでのこの魔術陣は 俺 を対象にしているから 分霊 どうしの〈魔力の糸〉を排除できない。
ちなみに勇者たちの結界はルークが外に出ようとしたときのための保険だ。
さて、かなり強引なこじつけだったけど世界は納得したらしい。これで落ち着いて話し始められる。
…今更だけど、魔王襲来と同時に戦闘!とかならなくてよかったよな。ホント
「残念だけど、君にもう逃げ場はないよ、ルーク。だから、もう馬鹿なことはよせ。」
「うるさいっ!! あの傲慢な国を道ずれにするぐらいなら僕にだってできる!
いいじゃないかっどっち道世界は「終るんだから?」…知ってたのか!?」
「近い将来…と言っても20年後くらいか?残留した”歪み”が原因の魔力消失でこの世界は衰退し、文明はほぼ全滅する。世界を通してその事実を知った君は最終的にこう考えたんだろう?『どちらにせよオワるなら早く終わらせてしまえ。そのほうが回復も早い』って。」
驚くルークの問いには答えずに事実だけを淡々と告げる。
ただ、これだけじゃ意味ない。憮然とするルークを見定めてさらに踏み込む。
「じゃあ、なんで『回復も早い』なんて思ったんだ? アリスを食い物にした人間が、それを許す世界が、憎かったんだろう?滅びたってかまわないじゃないか。」
周囲だけじゃなくルークの顔にも愕然とした色が浮かぶ。 やっぱりなあ
「そんなわけ…そんなわけ、ないだろう!
たしかに憎いよ、この世界もあの国王も気に入らない。”歪み”なんてなければ、アイツさえいなければ…アリス、あんなことを強いられることも、それをなかったことにされることもなかった。僕だって…こんな恋心を抱くことも、なかった。
でも、滅んだっていいわけない!この世界でみんな必死に生きているんだ。アリスだって生きたがってた。でも彼女はそれ以上に、誰かを――あの国王でさえ、支えていることを誇りに思ってたんだ。『生れてこれなかったよりずっといい』だなんて、感謝すらしてたんだ。それだけ彼女は世界を愛していたんだ。だからこそ生きたがってたっ。」
あと一押し、か?
「でも、生きられなかったじゃないか彼女は。しかも、”歪み”は増えていく。」
「だからっ、”歪み”を吸収させて人工的に魔物を作って魔法で管理してたんじゃないか! そうすれば魔物を殺したときに”歪み”が減るから。
でも、それにも効率悪い魔術なんか使うから、動物に吸収させてるんじゃ間に合わなくなって……ああ。」
「自棄になってしまった、と。
まあ、要するに君はホントは全人類なんか憎んじゃいなかったし、世界の滅びなんて望んじゃいなかった。むしろ健やかな世界を望んでたわけだ。 ただ、アリスを思う気持ちと、世の中への憤りとが強すぎたってところだろ。
で、馬鹿なことは諦めて協力してくれるか?」
ルークはようやく初めの目的を思い出したようだった。
怒涛のような反論が嘘のように項垂れていた彼に問いかけると、かすかに頷きかけて疑問を漏らした。
「あぁ。…でも、協力?」
「そう、協力、”魔力消失”回避の。…君はその方法を見つけているはずだ。」
残念なことに俺は正規の方法以外には”魔力消失”回避の方法を見つけられなかった。だから、俺はその方法を知るルークに協力を仰ぐほかない。
「…いや、そんなものなかった。僕も色々試したんだ、『そもそも歪みなんて存在しない』って世界も魔法ならできると思って。でも、どの魔法も保って数瞬だった。
表層だけ変えてもすぐに補正されてしまう。根本に働きかけなければ意味がなかったんだ。」
「じゃあ、根本――理ごと変えればいい。」
この正規の方法は『魔力自体の定義を変え、”歪み”をはじめからなかったことにする』という大規模なもので、ルーク一人では成功しない。
「…できないんだ。理を変えるには〈魔力の糸〉を遡って、世界の中枢に接触する必要がある。でも、魔法を使うための魔力を引き出すのに〈魔力の糸〉は塞がっていて使えない。
なにより、僕の〈魔力の糸〉は逆行できるようにできていなかった。」
だから本来の物語では20年後、ギリギリのところで〈葉擦れ〉と名乗る霊樹が協力して初めて成り立つ。でも今霊樹の中に該当する呼び名のやつはいない。もしかしたら、これから目覚めるのかもしれないけど、目覚めないかもしれない。だから俺がやることにしたんだ。20年も待てないしな。
まあ…結局俺は、こんだけ利用して引っ掻き回しておきながら、この物語を信じきれなかったんだ。
「世界との〈魔力の糸〉ならあるだろ?」
「聞いてなかったのか!?僕のは「俺のが。」…っ! いや、君は魔法を使えないだろう?それは無理だ。」
「無理じゃないだろう。君がやるんだから。俺の〈魔力の糸〉をたどればいい。」
「は…。…何を、言って、るんだ。」
意味は理解しているが、気軽に言ってみせる。ルークのほうが蒼白だ。
『他人の〈魔力の糸〉をたどる。』文字にすれば簡単そうだが実はそうでもなかったりする。例えるなら、レントゲンとかなしで、指先の毛細血管から動脈をたどり心臓まで糸を通すという感じだろうか。
要するに、一歩間違うと死ぬこともあり得るってわけだ。ルークの反応は一般のものとしては正しい。
でも、ここでやんなきゃ物語を捻じ曲げた意味がない。
「何をって文字通りだよ。さっきまで人類殲滅しようとしてたやつが何言ってんだ。
まあ言いたいことはわかる。でもな、俺たち霊樹は”魔力消失”を回避できなきゃ20年後確実に消えるんだ。避けられる可能性があるなら俺はそれにかける。」
「…わかった。僕がやろう。」
ルークの顔は「もしものときに類が及ぶから契約をといておいてくれ」と頼んだ時のケントさんの顔に似ていた。大人として納得してしまった、そんでそんな自分や俺に苛立つ、そんな顔。駄々をこねたトキとは大違いだ。
「そんな顔すんなよ。自己犠牲のつもりなんて全然ないからな、成功させてくれよ?」
話しはついたので、勇者に手を振って結界を解いてもらう。
〈賜名の陣〉の効果はとっくに切れていたけど、ルークが暴れることはなかった。あわてて剣を構えるカミオさんが少し哀れだ。
そのまま俺本体のところまで移動する。日がだいぶ傾いていたから、明日にしようと思ったのだがルークの意見