第46話 終ったあとで
定期試験のなんやかんやで遅くなりました。
申し訳ありません。
side:other
静謐な空気の漂う森の奥、エルフの青年が一人歩いている。
その歩みに迷いはなく、さまざまな植物が生い茂り、ときに大きな倒木がさえぎる獣道ともいえない道をまっすぐに進んでいく。慣れているのか、荷物は少なく、装備も上質だがごく軽い。蔦に足を取られることもなく坦々と進む様子も彼がこの道を歩みなれていることの表れだろう。
しばらく進み、不意に今まであってなきようなものであった道がはっきりとしたものになる。やはり彼はそれを着にすることもなく進み、森は次第に開けて日の光が直接降り注ぐ場所に出た。
中央はなだらかな丘のような、盛り土のような場所になっており、そこには一本の樹が根差していた。いや、よくよく見ればそれは盛り土ではなく朽ちた大木のようで、張り出した根が残っている。彼の足はそこへとまっすぐ進む。
「…本当に、小さくなっちまって。やっとこの大きさかよ。」
若木の根本、元は朽木の幹であったろう部分に腰をおろし、荷をほどきながら彼はそんな言葉を吐き出す。口調はごく軽い茶化すようなものであるのに彼の笑みは苦しげだった。
「前来たのは…ジェイの息子が成人したころだから三年前ぐらいか? あいつも冒険者としてうまくやってるらしいぞ。ああ、そういやシンとリズのとこの双子とパーティ組んだとか言ってたな。名前はなんだっけ…〈紫桐の鉾〉?だか、そんなん。目標は打倒〈黄李の楯〉だとさっ。嬉しいじゃん。」
独り樹に向かい語りかける姿は傍から見れば正気を疑うものかもしれないが、そこには深く暖かな――たとえば親友に対するような――親しみや絆が感じられた。何よりここには彼一人、彼の行為に水を差す無粋なものはいない。
「だっけどさぁ、〈黄李の楯〉も もう潮時かな、っと思うわけよ。おれはさ。みんな歳だし。」
樹に背を凭れさせ、荷物の木箱から瓶を取り出しながら彼はため息を吐く。
杯は二つ、キュポンッと音をたてて開いた瓶の口からは強い酒精が香る。なみなみと注いで一方を木の方へ押しやると彼は気まずそうに酒を舐めた。
「あ~あ、愚痴なっちまったな。歳とるってヤだな、ほんと。ま、そんなとこだ、おれらは。
ほかには…勇者が国王やめたって話はしたよな。結局、”首相”だかにはなってんだから大して変わりはないよな? それでも民にとっては違うんだろうなあ、シュベリエはただデカい国ってだけじゃなくなってきてる。 あ、勇者の娘に魔王がベタ惚れするっていうオマエの話ホントだったな。あれはまさしく“溺愛”だわ。魔王のヤツ『今っていうミライがあってよかった』オマエには『感謝してもしきれない』だってよ。」
空にした杯をもう一度満たした彼は言葉を切り、今度はグッとそれを呷る。
何かをこらえるようにしばらく目を瞑っていたいた彼は、目を開くと真剣な面持ちで背後の樹へ向き直る。
「オマエが言ってた“魔力消失”のタイムリミットも過ぎた。世界は平穏に続いてるし、最近じゃ魔物も減ってきたっていう話も聞く。
だから、オマエが言ってたようにあの時のあの選択は正しかったんだろうし、みんなオマエに感謝してる。
…でも、おれは認めねえよこんな”世界”が最良だなんて。全部背負われて、二十年間、礼の一つも言えねえなんて友達甲斐がないだろ。…何時まで待たせんだよ、キヨシっ。」
無理矢理に笑おうとゆがめた彼の顔は少し濡れているようだった。
しばらくうつむいていた彼は、樹の根基においていた杯の中身を土に空け、荷物をまとめた。軽く身支度を整え樹の梢を見上げた彼は身をひるがえして無言で立ち去る。
その背後で樹全体がフワリと淡く光を放った―――。