第45話 終りとの対峙
side:ルーク
「やっぱり来たんだな、魔王…いや、ルーク。」
「ああ、来なきゃいけない気がしたんだ。君も諦めるには惜しい。」
挑むような口調で僕の名を呼び、こちらを見据えた“豊穣の使者”。特設舞台の跡地、これ見よがしに描かれた魔法陣のど真ん中に彼は居た。奥には勇者一行かな?見慣れない意匠の黒い詰襟に身を包み、少し長めの黒髪を膨大な魔力になびかせる彼はなかなかに迫力がある。
でも、僕に〈陣魔術〉なんて通用すると思っているのかな?それとも、こけおどししか残っていないとか? 気になって〈スロキア国〉にまで来たけど、思ったより大したことなかったかな。
「…それで、僕と契約する気になったかな?あぁ、勇者くんたちの助けは宛てにしない方がいい。僕の配下にすら及ばないからね」
これは嘘。勇者が全力を出せば僕と同等、自分の力を認めきれてない今なら力を合わせられるとギリギリかな。まあ、勝てなくはない。
脅かしてみたけど、勇者を信頼しているのか彼は動じない。それどころか目に現れる意志の強さが一層強まる。
「今、勇者は関係ないし、契約する気もない。それよりも…」
ふーん。勇者は関係ない?まさか一人で挑んでくるわけじゃないだろうし…
「それよりも、『ヒトを滅ぼす』こと もうやめるんだ。」
今更”説得”とは悠長なことだ、と一蹴しようとした僕は次の言葉で氷ついた
「アリスだって、そんなことは望んでいなかっただろう?それに、解決法だって――――」
続きなんて頭に入ってこなかった。
アリス…なぜ彼女の名を彼が知っている? 知っていてなぜ助けてくれなかったんだ。彼ならなんとかできたかもしれないのに……!!
side:キヨシ
アリス。その名前を出した途端、その場の時間が止まったような気がした。
世界の魔術――大多数の利便のための人柱にされ、なかったことにされてしまった哀れな少女。俺はそんな彼女を今度はだしに使おうとしているのだ、俺個人の理想的な未来のために。
世界のためだとか、みんなのためだとか、好転するなら早いに越したことはないだとか、色々取り繕って自分に言い訳をしてみたけど、結局のところは俺のエゴでしかなかった。俺は「俺がケントさんやトキたちみんなと生きていきたい」それがしたいがためにに死者を引き合いに出してルークの心を抉ってまで物語を強制終了させようとしているのだ。
「……なぜ、なぜ君がその名前を知っているんだ…全てを知っているなんて言うつもりか?
だとしたら…だとしたらなぜ、彼女を助けてくれなかったんだ!!こんな“最後”まで世界を放っておいたんだ!?」
ルークの体中から濃い魔力が吹き出して、荒れ狂う。まるで、彼の気持ちを代弁するように。
最初は押し出すような弱い声だったのが叩きつけるような調子になっていく。その言葉が俺の胸に刺さり、俺が目をそらしていた”忘れていた”負い目を思い出させる。
「すまなかった。…知っていたはずなのに、この世界に慣れすぎて思い出せなかった。本当に重要な時に動けなかった。…でも、だからこそ、今、俺ができることをするんだ!
…少なくとも彼女は、こんな”世界”を望んじゃいなかったはずだ。」
罪悪感にとらわれながらも、言いたいことを伝える。
俺が語る“アリス”は物語の中の登場人物で、虚構にしか過ぎない。でも、この世界では血の通う人間として生きていたはずだ。だからもしかしたら、反対の気持ちを抱いていたかもしれない。それでも、俺は身勝手にも彼女が平和を望んでいたと信じたい。俺がここでオワるとしても、霊樹の仲間やケントさんやトキ、出会ったみんなにできるだけ長く笑っていてほしいから。
そして俺は手札を切った。