第35話 その証は深紅の瞳
side:キヨシ
突風と大きすぎる魔力の煽りをうけて壊れ、潰れ、転がっていく屋台。そこここで上がる悲鳴。
舞台の骨組みも折れ曲がり、観客や来賓が逃げ惑う。
そんな中に響くのは、恐ろしい事態にそぐわないのんびりとした声。
「やあ、キヨシさん…いや今回ばかりは”豊穣の使者”殿と呼ぼうかな?」
「え……な、んで?」
なんで?どうして? 同じような言葉ばかりリピートする頭。事態に思考が追いつかない。
俺のことをそう呼ぶのは一部のエルフたちだけで、〈碧風式〉が普及し始めた今 他種族俺のことを指すのは”革新者”とか”碧風の祖”とかそんなアダナ。そして、彼は人族だったはずだ、少なくとも15年前までは。
「んー、なんで、かぁ。ちなみにどれがです?」
でも、今の彼は人族と呼べるのか?耳になじむ声と変わらないその風貌に少し思考ができるようになる。
どれか、だって?そりゃ全部だ。
後ろに従えているのはたぶん魔族だ。なぜ伝説に歌われる種族がここにいる?エルフの数十倍の魔力を持つというその魔族にも引けを取らない魔力量、足場のない空中に浮いているのは魔術でもない。どうなってんだ?なんでここに…ここに!?
我に返って見回せばすでにおおよその人が逃げていて、ひとまずホッとした。視界の隅には見慣れた赤毛。戻ってきてしまったのか、どうしよう。なんだか彼はヤバイ気がする。
その様子を文字通り高みの見物をしていた人がクスクスとワラう。
「多くて決められません?
気になるのは後ろの二人?僕の外見?それとも―――このチカラかな?」
彼が腕をふるうと魔力の衝撃波で近くの建物が粉砕する。落ちる瓦礫の先にはケントさんと小さな女の子。ケントさんが戻って来た理由に気付くと同時に、俺は二人をかばっていた。
「イ…って」
まがい物の体には痛みなどないが精神的負荷からなのか反射的に言葉が出る。
「ああ、やっぱり貴方は優しいんですね。見込んだかいがあるなあ
なので、僕と契約してその力を貸してくれませんか?…僕が世界をただすために!!」
見開かれた彼の紅い瞳に、忘れていた記憶が爆ぜた。
みんなと生きるために彼をどうにかしなくてはならない。なぜなら彼は―――
side:other
『北の山より魔を統べる者来る。そのもの人族にありて人族に非ず、その証は深紅の瞳。かのものは魔の声を用いて魔物を率い人々を滅ぼさんとするであろう。』
その日〈シュベリエ王国〉の第三王女、”予言の姫巫女”ことアリシア・C・シュベリエ15歳が天啓による予言を発表した。それにより、軍備強化の触れや協力要請が各国首脳や〈冒険者協会〉や〈商業同盟〉に送られたが、多くには信用されず国内でも疑問視する声がままあった。
しかし、それを押し切る形で翌朝【救済の儀式陣】が姫巫女によって作動され、一人の異界の青年がその地に勇者として召喚されたのだった。
そしてその5日後シュベリエ王都にある知らせが届く。〈建国祭〉のさなかであった〈スロキア国〉が金髪赤眼、二人の魔族と思われるものを率いた男に襲撃されたというものであった。 目的は”革新者”の力であったようで、本人がどうにか退けたが彼も相当なダメージを負ったという。彼の〈碧風式〉の威力は多くの有識者の知るところであり、王都を震撼させた。