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冬空と恋心

作者: yoshihira


 今日、わたしは一つのお墓を作る。

 行き場のないこの想いの為に。




 ***




 ずっと好きだった夏兄にまた彼女が出来た。


 藤堂家とは家が隣で、夏矢兄は十歳上の近所のお兄さんだった。

 我が家の両親の不仲は有名で、小さな頃からわたしは一人ぼっちでゴハンを食べる事が多かった。

 そんな時、夏兄のお母さんである深雪さんが呼びに来てくれて、夕食をよくごちそうになった。


 夏兄は年が離れているにも関わらず、わたしとよく遊んでくれた。

 ままごとも付き合ってくれたし、毎年の誕生日も忘れずに祝ってくれた。


 そんな夏兄にわたしが恋心を持つ事は必然だったと思う。


 けれど、十も離れた年の差はいかんともしがたくて、夏兄にとって所詮わたしは妹のような存在でしかないって事もよくわかっていた。


 身内の欲目抜きにもバスケットボール部で活躍する夏兄は格好よく、高校、大学と、たくさんの彼女が現れては去っていた。

 多分、夏兄は基本的に女の人には優しくない人だと思う。

 彼女に飽きたら手酷く振っていると噂で聞くし、実際、夏兄は彼女の前では素っ気なくみえる。

 わたしは彼女じゃないから優しくしてもらっているけれど。



 中学を卒業した日の夜、わたしは庭でせっせとお墓を作っていた。

 まだ三月初めの外気は凍る程冷たいけれど、手袋を持っていなかったので、そのままむき出しの手で何度も地面を掘っていく。

 そこに手紙を置く。

 未開封のままの白い封筒。

 それから土をどんどんかけて、最後に小さな山が出来る。


 放心したまま、それからどのくらいぼんやりしていただろう。


「ふゆ」


 突然、名を呼ばれて、我に返る。

 しかもよりによって、見つけられたのは夏兄で。


 仕事帰りなのか、黒いコートから覗くスーツ姿が大人の男の人だって事を嫌という程感じさせた。

 慣れた様子で我が家の庭に入ってくると、夏兄は立ち竦んでいるわたしの隣にやって来た。


「こんな寒い中、泥遊びか? 風邪引くぞ」


 わたしに着せかける為だろう、コートを脱ごうとするのを、「もう家に入るから」とわたしは慌てて止めた。


 終わりの見えない恋に終止符を打つ事を決めたのは自分だったけれど、そうすぐには気持ちは切り替わらない。

 複雑な感情が込み上げてきて、切なくなる。


 もっと努力をすれば良かったかな。

 わたしは告白すらしないでこの恋を諦める事を決めた。

 それは両親の不仲をずっと見続けてきた自分が人の想いを信じられなくなった所為でもあるのだけれど。

 告白して受け入れられたとしても、きっといつか別れの時が来る。

 それくらいなら、今の兄と妹の関係を続けていた方がきっと。


「どうした、ぼうっとして。熱でもあるのか?」


 夏兄はそう言って、無造作に額に手をあててくる。


「熱なんかないよ」


 手を振り払うと、夏兄は眉をひそめた。


「こんな時間に何してたんだ?」

「お墓を作ってたの」

「・・・墓?」

「もうすぐお別れだから、この家とも」


 中学の卒業と同時に、わたしはこの家を引っ越す事になった。

 ついに両親が離婚を決め、わたしは高校から一人暮らしを始める事になっていた。

 この家で過ごす時もあとわずか。


「夏兄や深雪さんとももうすぐお別れだね」


 自分で口にして、その事実に無性に悲しくなる。

 地元の高校への進学を決めたから、距離的には今の家ともそう離れていない所に住むのだけれど、きっとその差は大きい。

 会わなくなってしまえば、きっと夏兄はわたしの事など忘れてしまう。


「まだ寒いね。春は来るのかなぁ」


 真夜中に近い今、吐く息は白くて、手の感覚も無くなってきた。

 それでもまだ誰もいない家に入る気がしなくて、ぼうっと庭を見つめていると、いつの間に脱いだのか、夏兄がくるむようにコートをかぶせてきた。


「なつに」

「家に入れ」


 強制送還される。

 玄関でコートを返そうとしたら、「後で」と言われて、夏兄も一緒に家に入ってきた。

 もしかしなくても、心配させてしまったんだろう。

 しまったと思う。

 さっき帰ってきたばかりの夏兄は仕事で疲れてるのに、わたしの世話だなんて。


「あの、夏兄、心配しなくても大丈夫だよ!

 後は寝るだけだし」


 焦って必要以上に元気に振る舞うと、「いいからさっさと手を洗って来い」と言われる始末。

 大人しく従い、居間に戻ると、勝手知ったる人の家で、夏兄はわたしの大好きな紅茶を入れてくれていた。


 一口飲むと、体の中からぽかぽかと温まってくる。


 こんな風に優しくされると本当は辛い。

 泣きたくなってしまう。

 この恋を諦めきれなくなってしまう。少しでも可能性が残されているんじゃないかって期待してしまう。


 その度にわたしは今日作ったお墓を思い出すだろう。

 土の中に埋めた恋心を。

 もう二度とよみがえらせないように。


「じゃあな」


 玄関で夏兄は言った。


「うん、ありがとうね、夏兄」


 さよなら、わたしの恋。

 この想いを告げたら二度と戻れない事はわかっていたから。


 今日、わたしは墓を作った。


一応、短編です。続きもありますが。

今は悲恋で。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きがどうなるか楽しみ!気になります。
2014/01/13 21:32 退会済み
管理
[一言] 私も続編期待しています(*^_^*)
[良い点] 続きよみたいですー(*⌒▽⌒*)
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