ただいま
秋の始まり。日が落ちるのが、少しずつ早くなってきた頃。
私はひとり、ぽつりぽつりと歩いていた。
辺りを見渡すと、会社帰りのサラリーマンや、買い物帰りの親子の姿が目に入る。
両親と手を繋いで歩く子供を見ると、なぜだか「いいなあ」と思う。
いや、違う。
「愛されているんだなあ」
きっと、そう思っているのだ。
私だって、小さい頃は同じように両親と手を繋いで歩いていたはずだ。記憶だって、まったくないわけじゃない。
それなのに、今の私には、その光景がひどく眩しく見えた。
心の奥に、小さな針を刺されたような気がした。
リードで繋がれた犬ですら、羨ましいと思ってしまうほどに。
私は愛されている。
私は大切にされている。
そう感じられるのは、いったいどんなときなのだろう。
優しくされたとき?
好きだと言われたとき?
それとも、何も言わずとも隣にいてくれるとき?
言葉なのか、行動なのか。
考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
もしかしたら私は、ただ寂しいだけなのかもしれない。
小さな幸せを見つけることが、下手なだけなのかもしれない。
あるいは、見つけたとしても、それを幸せだと信じることができないのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は家までの道を少し早足で歩いた。
これ以上、ひとりであるという実感に包まれてしまったら、この寂しさに押し潰されてしまいそうだった。
早く帰ろう。
そう思って、足を速めた。
玄関の扉を開ける。
すると、奥の部屋から「ワオーン」と、聞き慣れた鳴き声が響いた。
愛猫だった。
まるで、帰りを待っていたとでも言うように。
私は靴を脱ぎながら、小さく息を吐いた。
「ただいま」
愛猫の姿を見つめながら、ふと思う。
「ただいま」と言える場所がある。それだけで十分なはずなのに。
私はこれ以上、なにを求めているのだろう。
私は、私をどうしたいんだろう。




