第21話 イブの集合時間
クリスマスイブの予定が決まってから、五人のグループには毎晩のように佐々木から写真が届いた。
積み上げられた白い箱。予約票の束。店の窓へ増えていく飾り。
その中に一枚だけ、店とは関係のない写真が混じっていた。
低い机の前へ並べられた熊や兎のぬいぐるみが、首から名札を下げている。後ろの紙には、二十四日の時間割まで書かれていた。
『一時間目 こくご』
『二時間目 さんすう』
『三時間目 きゅうしょく』
給食だけ、ほかより大きな字だった。
翌日の昼休み、佐々木はスマートフォンを机の中央へ置いた。
「俺だけ先生じゃないんだけど」
画面には、ひよりが作ったらしい五人分の名札が並んでいる。
そうま先生。ことね先生。みさき先生。しおり先生。
最後の一枚だけ、ゆうま教頭と書かれていた。
「教頭も先生でしょ」
三浦は弁当箱を開けながら、画面を一度見ただけだった。
「そうだけど、俺だけ名前の横に先生がない」
「偉いからじゃない?」
「ひよりは絶対、そういう意味で決めてない」
「偉そうだからって言ってたね」
琴音が卵焼きを箸で切る。佐々木は反論しかけたが、小宮山が名札の写真を拡大した方が早かった。
「前は琴音が保健室の先生だった」
「くまに代わったんだって」
「仕事を取られたね」
三浦が笑うと、琴音は自分の名札を見て首を傾けた。
「でも、みんなと同じ教室の方がいいかも」
何気ない言葉だったらしく、琴音はすぐに弁当へ視線を戻した。
俺の隣の机には、琴音の弁当箱と紙パックの紅茶が置かれている。向かいでは三浦が佐々木の名札を指で隠し、小宮山がその様子を撮ろうとしていた。
「撮るなら、美咲の指をどけて」
「教頭を普通の生徒にしてるところ」
「問題行動だろ」
「悠真が言うと、本当に教頭っぽいね」
「美咲、あとで職員室な」
「職員室はお店の厨房?」
「入ったら父さんに怒られる」
佐々木がスマートフォンを取り戻す。全員の弁当が半分ほど減ったところで、小宮山は鞄から小さなメモ帳を出した。
二十四日の持ち物を決めるためらしい。
佐々木は場所と飲み物。三浦は炭酸と、ひよりへ渡す菓子。小宮山は紙コップとカメラ。
俺の横には、オムライスと書かれた。
「琴音は?」
小宮山がペンを止める。
「オムライスを手伝う」
「担当は一緒でいい?」
「うん。颯馬の隣に書いて」
小宮山は俺の名前の横へ琴音と書き足した。
「まだ何をさせるか決めてないぞ」
「卵を焼く」
「一番失敗しそうなところじゃん」
三浦が言うと、琴音の箸が止まった。
「ミサまで」
「文化祭の焼き菓子、三枚割ってたでしょ」
「一枚だけだよ」
「箱に三枚あったぞ」
「颯馬は数えなくていいの」
琴音は紙パックの紅茶を一口飲み、俺の弁当箱から目を逸らした。
ひよりの分まで失敗されると困る。ただ、最初から全部任せないのも、この前より上手になったと言っていた琴音には気に入らないだろう。
「ケチャップライスを任せる」
「卵は?」
「俺が焼く」
「一枚だけ」
「何を」
「ひよりちゃんの分だけ、私が焼く」
「一番失敗できないやつじゃん」
三浦がまた口を挟み、佐々木も画面から顔を上げた。
「ひよりは形が崩れてても喜ぶと思うぞ」
「悠真君は黙ってて」
「妹の好みを教えたのに」
琴音は俺へ向き直ったまま、返事を待っている。
「当日、家で一回焼け。それを見て決める」
「試験みたい」
「失敗したら俺の分にする」
「颯馬の分なら、失敗してもいいの?」
「捨てるよりはいいだろ」
琴音は小さく唇を結び、名札の写真へ目を落とした。
「じゃあ、失敗しない」
小宮山がメモ帳の端へ、卵一枚、と追加する。佐々木は俺たちの欄をのぞき込み、三浦は必要な卵の数を数え始めた。
◇
放課後、佐々木は終礼が終わるとすぐに教室を出た。
十二月に入ってから、店を手伝う日は以前より増えている。机の中を確かめてから帰るようになったのは、三浦や小宮山にまで忘れ物を疑われるようになったせいだろう。
俺も鞄へ教科書を入れ、椅子を戻す。
「颯馬」
後ろの扉から琴音が顔を出した。
教室にはまだ何人か残っていたが、琴音を見てもすぐに自分たちの話へ戻る。学校で名前を呼ばれることにも、以前ほど周囲の視線を気にしなくなった。
「今帰る?」
「ああ」
「駅前に寄ってもいい?」
「何を買うんだ」
「ひよりちゃんに渡すもの。お菓子はミサが持っていくから、それ以外」
買う物はまだ決まっていないらしい。それでも琴音は、俺が鞄を持つまで扉の横から動かなかった。
駅前の雑貨店には、入口近くからクリスマス用品が並んでいた。赤と緑の紙皿や小さな飾りの間を抜け、琴音は文房具の棚で足を止める。
短い色鉛筆、小さなノート、動物のシール。
どれも小学生に渡せば困りはしなさそうだが、喜ぶかどうかまでは分からない。
「颯馬なら、どれがいいと思う?」
「佐々木に聞けばいいだろ」
「聞いたら、いらないって言いそう」
琴音は動物のシールと、星や雪だるまが並んだシールを一つずつ取った。左右の手に持ち、何度か見比べる。
「どっち?」
「動物」
「早いね」
「ぬいぐるみを並べてたからな」
「覚えてたんだ」
「昨日の写真だろ」
琴音は動物の方を買い物かごへ入れた。それで決まったはずなのに、もう一方を棚へ戻さない。
「そっちは何に使うんだ」
「まだ考えてない」
「なら戻せよ」
「颯馬が選ばなかった方だから、少し気になる」
「選んでない」
「動物って言ったでしょ」
「ひよりに渡すならだ」
琴音は雪だるまのシールへ目を落とした。初雪の日の写真を思い出したのかもしれない。そう考えたところで、琴音がこちらを見る。
「半分、使う?」
「どこに」
「ノートとか」
「高校生のノートに貼らせるな」
「星だけなら大丈夫」
「そういう問題じゃない」
結局、琴音は二種類とも会計へ持っていった。
◇
店を出ると、街路樹の電飾が点き始めていた。
青と白の光が歩道の先まで続いている。前に見たときより飾りが増え、駅前を通る人の流れも少しだけ遅くなっていた。
クリスマスがもうすぐそこに近づいている。
琴音は買った袋を開き、星と雪だるまのシールだけ取り出した。
「預かって」
「何で俺が」
「私が持ってると、ひよりちゃんの分と一緒に出しそうだから」
「袋を分ければいいだろ」
「颯馬が持ってた方が忘れないよ」
「俺に任せるな」
差し出された袋は引っ込まない。
仕方なく受け取り、鞄の前ポケットへ入れた。薄い袋なので、教科書と一緒でも折れることはないだろう。
「二十四日に返すからな」
「うん」
琴音は満足したらしく、街路樹の明かりを見上げながら歩き出した。
鞄には、使い道の決まっていないシールが入っている。琴音が忘れたときのためと言われたが、俺まで忘れれば意味はない。
そう考えた時点で、二十四日まで持っていくつもりになっていることに気づいた。
「十七時に行くからね」
少し先を歩いていた琴音が振り返る。
「分かってる」
「卵、買っておく?」
「前日に俺が買う」
「何個?」
「失敗しなければ六個」
「じゃあ、八個」
「最初から二個失敗するなよ」
琴音は笑い、また俺の隣へ戻った。
二十四日の天気予報は晴れだった。雪は降らないらしい。
それでも、鞄の中には雪だるまが残っている。
「帰りは何時になるかな」
「店の都合次第だろ」
「遅くなったら?」
「送る」
答えてから、別に言う必要はなかったと思った。
琴音の足が止まる。
「家まで?」
「その時間に一人ならな」
「みんなと駅まで一緒でも?」
「駅からは方向が違うだろ」
電飾に照らされた歩道へ、俺たちの影が並んでいた。琴音は少しだけ先へ出て、その影を確かめるように足元を見る。
「じゃあ、行きも帰りも一緒だね」
「行きはうちで作ってからだろ」
「うん」
琴音はそれ以上何も聞かなかった。
予定表へ書くまでもない。
二十四日の十七時に琴音が来る。オムライスを作り、佐々木の店へ行く。帰りが遅くなれば、家まで送る。
忘れるには、決まったことが少し増えすぎていた。




