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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第1章 金曜日だけ、幼なじみ

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第2話 焦げた卵焼き

 週明けの朝、玄関のチャイムが鳴った。


 時計は六時四十分を指している。


 母さんは早番で、すでに家を出ていた。この時間に来る相手に心当たりはない。


 扉を開けると、制服姿の琴音が立っていた。


「おはよう」


「早くないか」


「学校の日は普通でしょ」


「うちに来る時間としては早いって言ってるんだよ」


 琴音は片手に空の弁当箱を持っていた。


「お父さんが、お弁当用の買い物を忘れたんだって」


「だから?」


「御飯、余ってない?」


「あるけど」


「おかずも?」


「俺の分なら」


「二人分にはならない?」


「朝から図々しいな」


「近所の人が困ってるのに」


 金曜日に俺のジャージを着て肉じゃがを食べた相手が、今さら近所という言葉を使うらしい。


 外へ追い返す理由もないので、琴音を中へ入れた。


「卵ならある。自分で焼け」


「卵焼き?」


「目玉焼きを弁当に入れるつもりか?」


「焼いたことない」


「卵くらいならできるだろ」


「颯馬が作った方が早くない?」


「俺は自分の仕度がある」


 そう言うと、琴音は渋々キッチンへ向かった。


 俺は炊飯器から御飯を取り、琴音の弁当箱へ詰める。おかずは昨夜作った鶏肉の照り焼きが残っていた。それを分ければ、形にはなる。


 横では琴音が卵を二つボウルへ割っていた。


「砂糖、どれくらい?」


「小さじ一くらい」


「小さじってどれ?」


「引き出しにある」


「これ?」


「それは大さじ」


「見た目で分かりにくい」


「大きさが違うだろ」


 琴音は二本の計量スプーンを見比べた。


「颯馬、毎朝こんなことしてるの?」


「毎朝、計量はしない」


「適当?」


「慣れたら分かる」


「何となく格好つけてる」


「教えてもらってる側が言うな」


 卵焼き用のフライパンへ油を敷かせ、火をつける。


 俺が自分の鞄を取りにリビングへ戻り、キッチンへ戻ってきたときには、卵の端が黒くなり始めていた。


「火、強すぎる」


「弱くしたよ」


「消しただけじゃん」


「一番弱い状態でしょ」


「料理で火を消すことを弱火とは言わない」


 卵を巻こうとした琴音が、形を崩した。


「あ」


「触りすぎ」


「早く言ってよ」


「今言っただろ」


 どうにか巻き終えたものは、卵焼きというより黄色と茶色の細長い塊だった。


 琴音が包丁を握ろうとする。


「待て。それは俺が切る」


「切るくらいできる」


「その持ち方を見たら任せられない」


 包丁を受け取り、焦げた端を少し落とす。


 形の悪い部分を切り分け、半分ずつ弁当へ入れた。


「私が作ったんだけど」


「俺の照り焼きを入れるんだから交換だ」


「そっちの方が得してない?」


「この卵焼きを見てから言え」


 琴音は焦げた切れ端を一つつまみ、口へ入れた。


 数回噛んだあと、真剣な顔で考える。


「食べられなくはない」


「褒めてないからな、それ」


「颯馬も食べてみて」


「いらない」


「味見しないで人に出すの?」


「作った本人が言うな」


 差し出された切れ端を仕方なく食べる。


 苦い。


 ただし、食べられないほどではなかった。


「どう?」


「次は火を弱くしろ」


「味の感想は?」


「焦げてる」


「それは見れば分かる」


「なら聞くな」


 琴音は不満そうだったが、自分の弁当箱へ蓋をした。


「ありがとう。おかず代は今度払う」


「卵で払ったことにしておく」


「半分は颯馬のお弁当に入ってるけど」


「焦げた分を差し引いた」


「細かい」


 時刻を見る。


 普段より少し遅くなっていた。


「そろそろ出るぞ」


「一緒に行くの?」


「お前が今から家に戻ったら遅れるだろ」


「学校では話さないのに?」


「登校する方向は同じだ」


 俺が先に玄関を出る。


 琴音も少し遅れて外へ出た。


 家を出た直後は隣を歩いていたが、学校へ近づくにつれて登校中の生徒が増えていく。


 校門が見える少し前で、琴音が歩幅を緩めた。


「先に行って」


「何で」


「颯馬、学校では話さないんでしょ」


「別に、一緒に登校したくらいで何もないだろ」


「私はどっちでもいいけど」


 そう言いながら、琴音は俺の半歩後ろを歩く。


 俺も立ち止まる理由がなく、そのまま校門をくぐった。


 周囲から視線を感じた気がしたが、確認はしなかった。


       ◇


 昼休み、弁当箱の隅に端を黒く焦がした卵焼きが二つ入っている。


 朝に詰めたのは俺だ。


 焦がしたのは、俺ではない。


「なあ、高瀬」


 向かいで弁当を食べていた佐々木が箸を止めた。


「何」


「それ、自分で作ってるんだよな」


「そうだけど」


「料理できるの、普通にすごいよな」


 急に褒められると、何か裏があるように聞こえる。


 俺は弁当箱を少し遠ざけた。


「やらないぞ」


「取らねえよ」


 佐々木が見ていたのは卵焼きだった。


「相沢さんの弁当にも、同じ卵焼き入ってない?」


 箸が止まりかけた。


「知らない」


「いや、あれ。窓側」


 視線だけを向ける。


 隣のクラスの琴音が、友人に連れられて俺たちの教室へ来ていた。机を二つ借り、四人で弁当を広げている。


 琴音の弁当箱にも、端を黒く焦がした卵焼きが入っていた。


「似てるな」


「焦げ方まで同じじゃない?」


「世の中には似たような焦げ方もあるだろ」


「あるかな」


「ある」


 琴音がこちらを見た。


 佐々木の声が聞こえているらしい。


 卵焼きを箸で持ち上げ、焦げた面をわざわざこちらへ見えるように向ける。そのまま口へ運び、視線だけで笑った。


 腹立たしい。


「今、相沢さんと目が合った」


 佐々木が姿勢を正した。


「よかったな」


「ちょっと笑ってなかった?」


「焦げた卵焼きがまずかったんだろ」


「まずいのか、これ」


「俺に聞くな」


 実際、少し苦かった。


「そういえば、相沢さんも料理するのかな」


「しないだろ」


 答えてから、佐々木がこちらを見る。


「何で知ってるんだよ」


「見れば分かる」


「見ただけで?」


「卵焼きをあれだけ焦がすやつは、普段から料理してない」


「焦がしたのが相沢さんだって、何で知ってるの?」


 まずい。


 佐々木は弁当箱と琴音を交互に見た。


 琴音はこちらの窮地を助ける気はないらしい。澄ました顔で焦げた卵焼きを食べている。


「高瀬」


「何だよ」


「お前と相沢さん、知り合い?」


「家が近い」


「どのくらい?」


「徒歩五分」


「距離じゃなくて、仲が」


「家が近いだけだって」


 嘘ではない。


 全部でもないが。


「ふうん」


 佐々木は納得していない顔で、唐揚げを口へ放り込んだ。


 琴音を見ると、今度は向こうが先に視線を逸らした。


 ただし、口元はまだ笑っていた。


       ◇


 放課後、昇降口で靴を履き替えていると、鞄の脇へ何かが落ちてきた。


 小さく折られた付箋だった。


 拾って広げてみる。


『完食おめでとう』


 丸みのある字には見覚えがあった。


 顔を上げる。


 昇降口を出たところで、琴音が二人の友人と立ち話をしていた。こちらを見る気配はない。


 付箋を二つ折りにし、制服のポケットへ入れる。


「何それ」


 隣へ来た佐々木が覗き込もうとした。


「ごみ」


「ごみをポケットに入れたの?」


「近くにごみ箱がないから」


「廊下にあっただろ」


「見てない」


 靴を履き、昇降口を出る。


 琴音の横を通り過ぎる直前、こちらを向かないまま小さな声が飛んできた。


「苦かった?」


 立ち止まりかけたが、そのまま歩いた。


「普通」


「なら、また作っても平気だね」


「次は自分で全部食え」


 背後で、琴音の友人が声を上げた。


「今、誰と話してたの?」


「近所の人」


 聞こえてきた答えに振り返る。


 琴音もこちらを見た。


 目が合ったのは一瞬だった。


 家が近いだけ。


 近所の人。


 どちらも間違ってはいない。


 帰宅して制服を脱ぐと、ポケットから付箋が落ちた。


 表には『完食おめでとう』。


 裏返すと、もう一行書かれている。


『朝はありがとう』


 礼なら直接言えばいい。


 今朝も言っていた気がする。


 それでも付箋を捨てる気にはならず、机の引き出しへ入れた。


 琴音が次に卵焼きを焦がしたとき、証拠として見せるためだ。


 たぶん、それだけだった。


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