仏の顔の実験計画
昭和の終わりごろ、私は小学5年生のいたずらっ子だった。しょっちゅういたずらをしては先生や親に叱られ、しばしばお仕置きを受けていたが、当時の私にとって罰などいたずらのおまけのようなもので、全く反省せずにいたずらを繰り返す、どうしようもない手のかかる少年であった。
ある日、授業で「仏の顔も三度」という言葉を習った私は、それを実際に試してみようと、とんでもないいたずら計画を立てた。2つ下の弟を巻き添えにし、お菓子を勝手に食べるという些細ないたずらを毎日繰り返して母を試す。毎日わざとバレるようにして叱られ、何日続けるとどうなるかを検証する大胆不敵な計画である。
1日目: 普通に数分叱られて終了。「序盤はこんなものか」と想定内。
2日目: 「昨日もやったでしょう」と正座させられて5分ほど叱られる。「明日はもうしないと約束しろ」と言われ、「はい」と答える。これも想定内。
3日目: 昨日約束したため大激怒を覚悟したが、それほどではなく、正座が10分に伸び、定番の罰である「公園の周り1周のランニング」を言い渡される。いつもの程度の罰に、長期戦の予感が漂い始める。
4日目: まだ激怒には程遠いものの、罰は10分の正座での小言、公園1周に加え、「30分のお手伝い」が追加され、だんだんと大変になってくる。弟が脱落しそうになったため、叱咤激励して計画につなぎとめる。罰のあと、「毎日毎日やって、またしたら罰は1週間にするからね」と言われるが、激怒していないため翌日も継続することにした。
5日目: 約束通りあっさりと「1週間ね」と言われ、10分正座・公園1周・30分お手伝いを1週間受けることに。さらに次は1か月だと言い渡される。本日の罰自体は昨日と同じで何とかなるレベルであり、母はそんなに怒っていない――。今思えば、ここでおかしいことに気付くべきであった。
6日目: 昨日と同じく、1か月の罰を言い渡される。正確には、昨日までの残り6日間が加わり、計36日間。相変わらず母はそれほど怒っていない。ここで馬鹿な私もようやく事の深刻さに気付き、このままでは罰が増えていくだけだと悟る。母を試しているつもりが、自分が母に試されていたのだ。実験を終了せざるを得なかった。「10分正座、公園1周、30分お手伝いを36日間か」とやや気が重くなりつつも、そこはいたずらのプロ、まあ許容範囲かと考えていた。
しかしここで、母からさらなる追い打ちがかけられた。母が弟を問い詰めたところ、弟は私にそそのかされていたずらをしたことをあっさり自供。どうやら途中から内通していたらしい。母は「じゃあ弟の分もお兄ちゃんね」と、弟は無罪放免となり、私の罰は2倍に跳ね上がった。結果、「20分正座、公園2周、60分お手伝い」という、少々の罰には平気な私にとっても過酷な罰を、1か月以上受ける羽目になったのである。
あとで知ったことだが、母は3日目あたりにはすでに気付いて弟を問い詰め、全容を把握していたという。そのうえで私をあえて泳がせ、罰を徐々に増やして懲らしめようと考えていたのだ。4日目に弟が脱落しそうだったのは、罰がつらかったからではなく、母に寝返った罪悪感から行動がぎこちなかったからだったのだ。
その後、裏切った弟を私が問い詰めている現場を母に見つかり再び叱られたが、すでに罰が積み上がっていた私をかわいそうに思ってか、これ以上の罰が追加されることはなかった。こうして、6日連続でいたずらをしても仏の顔を見せる母のもと、36日間の地獄の罰を私はきっちり受け切った。
だが、懲りない私はその期間中にもいたずらを重ね、さらに罰の上乗せを受けることさえあった。全くもって、反省のない困った少年であった。




