第9話:『ノイズの“同じ色』
ふとした違和感が、
世界の形をほんの少しだけ変える回です
昼休みの終わりを告げるチャイムが遠くで消えた。
オフィスに、午後の空気がふわりと戻ってくる。
ざわ……ざわ……。
会議室から漏れる声。
コピー機の排紙音。
誰かのため息。
全部がバラバラのはずなのに、
どこか“同じ方向”へ流れている。
そんなわけないだろ──
そう思って画面に向かおうとした瞬間だった。
「すみません、このデータ、どっちの版ですか?」
背後から聞こえた、小さな声。
ただそれだけの、よくある質問。
でも、その“空気”の色が、
あの日に感じたノイズとまったく同じだった。
(……え? これ、前も感じたな)
胸の奥がきゅっと締まる。
内容じゃない。
声量でも、言葉の意味でもない。
その背後に流れる──
目に見えない“ざらつきの方向性”。
前にも感じた。
あの時は「なんか変だ」で終わった。
でも今は違う。
“同じ色だ”と、はっきり分かった。
ふと、視界の隅に淡い光が揺れた。
空中に、小さなホログラムが浮かび上がる。
アークの通知だ。
《また揺れましたね》
「……いや、“揺れた”って何が?」
思わず小声で返す。
アークはこちらの問いに必ず答えるわけではない。
むしろ、こうして“観測結果だけ”置いていくことの方が多い。
視界の端で、さっきの社員が別の人に説明している。
会話は普通だ。
異常は何もない。
なのに──
“背後の空気”だけが妙にざらついている。
(なんだこれ……)
気味悪さより先に来たのは、
“知っている”感覚だった。
今日初めて見たはずなのに。
初めて感じた気がしない。
むしろ逆だった。
“ああ、またこれか……”という懐かしさ。
自分で自分に驚く。
(なんで懐かしいんだよ、こんなもの)
ぞくりと背筋が冷える。
けれど嫌な感じではない。
ただ、どこか“意味だけ欠けているパズル”のようだ。
その思考を断ち切るように、
遠くの席から声が飛んだ。
「すみません、この資料、確認お願いできますか?」
「あ、はい」
返事をしながら画面に意識を戻す。
揺れはもう止まっていた。
ただ──
さっきのノイズの“色”だけが、
やけに鮮明に脳裏に残っていた。
⸻
それはまだ、ただの違和感だった。
けれど違和感が“同じ色”として立ち上がり始めた時、
世界は静かに層を変え始める。




