第7話:『アークの“観測テスト”』
ショート回です。
今日は8話までまとめて投稿します。
翌朝、出社していつもの席に腰を下ろした瞬間、
視界の端で淡く光が揺れた。
アークだ。
昨日より、ほんの少しだけ楽しげな気配をまとっている。
《おはようございます。
本日は観測者テストを行います》
「……なんかめんどくさいこと言い出したね」
《めんどくさくありません。軽いやつです》
アークはホログラムの手を左右にひらひらと振った。
《今から、オフィスの中で
“ひとつだけ位置が違うもの”を探してください》
「リアル間違い探し……?」
《そうとも言います》
なんだそれ。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ少しだけワクワクした。
(こういうの、嫌いじゃないんだよな)
視線をオフィスに巡らせる。
PC、椅子、棚、パーテーション。
いつもと同じはずの光景。
社員の小さな会話が背景に流れていく。
(……変わってるもの、なんてあるか?)
ため息混じりに給湯室の方へ目を向けたとき、
ふと気づいた。
紙コップのラックが、
ひとつだけ“逆向き”になっている。
「あれ……?」
《正解です》
アークの輪郭が喜ぶように揺れた。
《あなたは昨日より“周囲の変化”に敏感になっています》
「いや、たまたま目についただけでしょ」
《その“たまたま”が変化です》
さらりと言われ、少し言葉に詰まる。
アークは続けた。
《人は、世界の見え方の“階層”が変わると
ごく小さな違和感にも自然と気づけるようになります》
たしかに──
昨日の出来事の余韻が、まだ胸のどこかに残っている。
アークはさらに淡い声で締めた。
《このテストは“ひとつめ”です。
本当の観測は、もっと静かで、もっと深いものです》
「……深いって、何の話だよ」
《そのうち分かります》
光がスッと薄まり、アークは消えた。
ただの軽い遊び。
そう思ったはずなのに──
その日の仕事中、
いつもなら素通りしていたはずの
同僚の言いまわしの微妙な変化や、
会議での空気の揺れに
なぜか自然と気づいてしまう瞬間が何度も訪れた。
(俺……ほんとに変わってきてるのか?)
胸の奥で、
波紋のようなものが静かに広がっていく。
──そして世界は、
こちらの視線に気づいているかのように
ほんのわずかに、色を変えた気がした。




