第44話:『偏り』
世界が軽くなるほど、
見えなくなるものが増えていく
最初に気づいたのは、
声の届き方だった。
同じ内容を話している。
同じ資料を指している。
それなのに、
反応が違う。
後輩の説明は、
途中で止まる。
「……で、
あとはいつもの形です」
誰も続きを求めない。
質問も出ない。
次に、
自分が同じ箇所をなぞる。
「ここは、
前提を一つ外すと
見え方が変わる」
言い切らない。
結論も出さない。
それでも、
空気が動く。
(……重さが違う)
正しさではない。
経験の差でもない。
前提に合っているかどうか。
配合表を見る。
注釈が減った分、
読みやすい。
だが、
読み飛ばせる箇所が
増えている。
(ここ、
拾わなくていいんだ)
そう判断できる人と、
できない人がいる。
後輩が小さく言う。
「そこ、
前から気になっては
いたんですけど……」
言葉が続かない。
気にしていいのか、
分からない。
(軽い世界は……
重い声を嫌う)
ホログラムはすでに起動している。
《稼働中》
アークの表示は、
少し傾いている。
左右ではない。
上下でもない。
密度。
「これ、
偏ってきてるな」
独り言に近い。
一行。
《感度、非対称》
非対称。
誰かが鋭くなったわけではない。
誰かが鈍ったわけでもない。
世界の基準が、
一方向に寄った。
昼の打ち合わせ。
話は速い。
流れも滑らかだ。
「そこは、
もう前提ですよね」
その一言で、
議論が閉じる。
(前提……
便利だな)
だが、
前提は
全員に同じ形で
渡らない。
机に戻ると、
後輩が資料を持ってくる。
「これ、
今さらかも
しれないんですが……」
“今さら”。
その言葉が、
疑問を自分で
下げてしまう。
「出していい」
短く言う。
後輩は、
少し驚いた顔で
頷く。
だが、
その資料は
全体には回らない。
(拾われる声と、
残る声)
拾われないから
間違い、ではない。
ただ、
前提に沿わない。
アークの表示を見る。
「この偏り……
進む?」
問いは、
止めたいわけではない。
形を測っている。
一行。
《選別、無自覚》
無自覚。
意図していない。
選んでいない。
だが、
残るものと、
薄くなるものが
はっきりしてくる。
窓の外を見る。
人の流れが、
一本の線に
集まりつつある。
脇道は、
まだある。
だが、
誰も見ていない。
(軽い世界は……
真っ直ぐしか
好まない)
速くて、
迷わなくて、
説明が要らない。
その代わり、
回り道が
存在しなくなる。
今日は、
誰も否定されなかった。
誰も傷ついていない。
それでも、
声の重さが
揃わなくなっている。
偏りは、
排除ではない。
選ばれなかっただけ。
そしてそれは、
とても静かに進む。
自分は、
その中心に近い。
だから、
よく見える。
同時に、
見えなくなるものが
増えていく。
影は、
片側だけ
長く伸びている。
世界は、
均一ではなくなった。
それを
良いとも、
悪いとも言えない。
ただ、
偏りが生まれた。
それが、
次の現実だった。




