第38話:『空白』
何も起きない時間にも、
世界は静かに形を保っている。
何も起きなかった。
それは、
一時間でもなく、
一日でもなく、
ある程度の時間として続いた。
トラブルはない。
修正もない。
確認の依頼も、いつもより少ない。
(……静かだな)
忙しくないわけではない。
作業は進んでいる。
数字も動いている。
ただ、
引っかかりが一つもない。
配合表を見る。
どこにも目が止まらない。
良くも悪くも、
視線が流れる。
(平らだ)
以前は、
平らな中に
わずかな段差があった。
今は、
面そのものが続いている。
机の上に、
昨日から置きっぱなしの資料がある。
手に取るが、
開かない。
読む必要がない、
というより、
読む入口がない。
後輩が、
進捗を報告してくる。
「予定どおりです」
それ以上でも、
それ以下でもない。
「問題は?」
「特に」
会話は、
それで終わる。
(空白、か)
何も欠けていない。
何も余っていない。
だから、
何も生まれない。
ホログラムはすでに起動している。
《稼働中》
アークの表示は、
どこにも寄っていない。
中央でも、外側でもない。
「これは……
待ち、なのか?」
問いは、
判断ではない。
状態の確認だ。
一行。
《変化、停止》
停止。
止まったのではない。
進んでいない。
昼の打ち合わせ。
議題は消化される。
結論も出る。
だが、
次の話題に
自然につながらない。
(間が……
空いてる)
誰も気にしていない。
誰も埋めようとしない。
空白は、
見過ごされている。
机に戻ると、
時計を見る。
思っていたより、
時間が進んでいる。
(何をしてた?)
答えはある。
仕事はしていた。
だが、
記憶に残る動きがない。
アークの表示を見る。
「この状態……
どれくらい続く?」
問いは、
不安ではない。
ただ、
測っている。
一行。
《兆候、未発生》
未発生。
兆しがない。
だが、
否定でもない。
窓の外を見る。
雲は動いている。
空も変わっている。
それでも、
景色として
切り取れる瞬間がない。
(意味が……
発生してない)
観測していないわけではない。
注意も払っている。
ただ、
何も引っかからない。
それは、
観測不能とは違う。
観測不能は、
外れる感覚だった。
空白は、
そもそも当たりが存在しない。
限界の先で、
ずれが戻り、
観測が外れ、
そして今、
何も起きない。
(ここは……
踏み台だな)
進むためでも、
戻るためでもない。
ただ、
次の配置を受け取るための
余地。
今日は、
何も起きなかった。
それを、
問題だとも、
無駄だとも思わない。
空白は、
埋めるものではない。
置いておくものだ。
この空白が、
いつか
世界に触れたとき。
そのとき、
次の動きが
はっきりする。
今日は、
その前段階として
十分だった。
世界は、
静止しているわけではない。
ただ、
まだ語っていない。
それだけのことだった。




