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第35話:『限界』

続けてきた役割の先で、

見えていたはずのものが見えなくなる。

ある日のことだった。


特別な出来事があったわけではない。

忙しかった日でも、

疲れが残っている朝でもなかった。


ただ、

席に着いて資料を開いたとき、

先が読めなくなっていることに気づいた。


判断が遅れたわけではない。

精度が落ちた感覚もない。


ただ、

これまで自然に見えていた

“次の揺れ”が、

見えない。


(……あれ?)


配合表を見る。

数値は安定している。

工程も整理されている。


問題はない。

むしろ、

よく整っている。


それなのに、

この先で

何が起きそうかが浮かばない。


(読めない、というより……

 続きがない)


後輩が、

少し遠慮がちに声をかけてくる。


「この先の展開、

 どう見てます?」


どう、見ているか。


以前なら、

答えは自然に出ていた。


確定ではない。

予測でもない。


ただ、

“気配”として。


「……今のところ、

 大きな揺れはなさそうだ」


言いながら、

自分で違和感を覚える。


(それ、

 前提の言葉だな)


見ているのではなく、

固定された流れをなぞっている。


ホログラムはすでに起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

以前よりも

さらに中心寄りだ。


俯瞰しているのに、

遠くが見えない。


「これ……

 視野が狭くなってないか?」


問いは、

自分に向いている。


一行。


《観測範囲、制限》


制限。


奪われたわけではない。

遮られたわけでもない。


位置の問題だ。


昼の打ち合わせ。


話題は順調に進む。

翻訳も、

ほとんど必要ない。


みんなが

同じ言葉を使い、

同じ前提で話している。


(揃いすぎてる)


以前なら、

その揃い方に

違和感を覚えていた。


今日は、

何も感じない。


それが、

一番の異変だった。


(……鈍くなってる)


疲れているわけではない。

集中力も落ちていない。


ただ、

揺れを感知する余白がない。


机に戻る。


資料は整然としている。

余計なものはない。


だが、

余白もない。


(限界、か)


能力の限界ではない。

体力の限界でもない。


この位置からは、

 これ以上、

 世界が変わらない。


アークの表示を見る。


「ここに立ったままだと……」


言葉が続かない。


続きが、

見えないからだ。


一行。


《固定点、盲域》


盲域。


見えない場所が生まれる。

それは、

視力の問題ではない。


立ち位置が作る影。


窓の外を見る。


空は安定している。

風も一定だ。


雲は流れているが、

形は変わらない。


(この空、

 ずっと見ていられるな)


同時に、

別の感覚が浮かぶ。


(でも……

 新しい雲は、

 見えない)


戻りたい、

とは思わない。


逃げたい、

とも違う。


ただ、

このまま続けると、

 観測が意味を失う。


それだけは、

はっきりしていた。


限界は、

壁として現れない。


警告音も鳴らない。


ただ、

世界の変化が

手応えを持たなくなる。


今日は、

何も問題は起きなかった。


それでも、

ここが境目だと

分かった。


限界とは、

「できなくなること」ではない。


**「見えなくなること」**だ。


そしてそれは、

次にどこへ立つかを

静かに要求していた。


今日はまだ、

動かない。


ただ、

この位置では

もう先がないことを

観測した。


それで、

十分だった。

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