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第34話:『摩耗』

役割が続いた結果、

消耗だけが静かに現れ始める。

疲れている、という感覚ではなかった。


眠れていないわけでも、

仕事が詰まっているわけでもない。


ただ、

戻る場所が分からなくなっている。


朝、席に着くと、

すでにいくつかの資料が置かれている。


「確認用」

「念のため」

「一度目を通してもらえると」


どれも軽い。

どれも急ぎではない。


それでも、

視線が集まっていることだけは分かる。


(……またか)


ため息は出ない。

嫌でもない。


ただ、

一つずつ“通して”いく。


配合表を見る。

説明資料を見る。

工程表を見る。


どれも、

決定を求めてはいない。


だが、

通過させる前提で置かれている。


後輩が言う。


「この表現、

 現場的には問題ないですよね?」


営業が続く。


「説明的にも、

 この言い回しで通ります?」


管理側からも、

短いメッセージが来る。


「判断材料として、

 一度共有お願いします」


共有。

判断。

材料。


どれも正しい言葉だ。


(……全部、

 “決めないまま”通す言葉だな)


気づけば、

自分は何も決めていない。


だが、

何も決めていないからこそ、

全部が通る。


ホログラムはすでに起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

以前より少し低い位置にある。

人の視線と、ほぼ同じ高さ。


「これ……

 減ってないか?」


問いは、

数値の話ではない。


一行。


《内部損耗、進行》


進行。


減っている。

だが、

失われているわけではない。


すり減っている。


昼過ぎ、

短い打ち合わせが続く。


どれも五分、十分。

結論はすぐ出る。


正確には、

結論が出た“ことになる”。


「じゃあ、

 その理解で」


「はい、

 助かりました」


助けた実感はない。

解いた感じもしない。


それでも、

流れは止まらない。


(熱が……

 発生してない)


衝突もない。

対立もない。


その代わり、

推進力も生まれない。


机に戻ると、

一瞬、何をするつもりだったか

分からなくなる。


資料は揃っている。

タスクも明確だ。


なのに、

“次の一手”が浮かばない。


(思考が……

 平坦だ)


深く考えていないわけではない。

ただ、

考えた結果が

どこにも残らない。


すべてが、

その場で消費される。


アークの表示を見る。


「この役割……

 続けられるか?」


問いは短い。


一行。


《持続性、低下》


低下。


限界ではない。

崩壊でもない。


静かな減衰。


夕方、

窓の外を見る。


人の流れは、

相変わらず一定だ。


滞りもない。

混乱もない。


だが、

どこにも

“揺れ”がない。


(摩耗って……

 こういう形か)


壊れるより前に、

削れる。


否定されるより前に、

使われる。


役割は、

消耗を自覚させないまま

人を薄くする。


今日も、

何も問題は起きなかった。


それが、

一番の問題だった。


席を立つとき、

足元が少し軽い。


重さを感じない。

踏みしめてもいない。


(このままだと……)


言葉にする前に、

その感覚は

どこかへ流れていく。


ホログラムを見る。


アークは、

いつも通り一言も語らない。


ただ、

表示がわずかに揺れている。


摩耗は、

数値には出ない。


評価にも残らない。


だが、

位置を維持する力を

確実に削っていく。


今日は、

それが見えただけで

十分だった。

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