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第32話:『距離』

同じ場所にいても、

同じ世界に立っているとは限らない。

同じ席に座っているはずなのに、

会話の届き方が変わった。


音量ではない。

言葉遣いでもない。


距離だ。


配合表を前にして、

数人が同時に画面を見ている。


以前なら、

誰かが一つ気づけば、

そこから話が広がった。


今日は違う。


気づきは、

それぞれの位置で止まる。


(……重ならない)


後輩が言う。


「この部分、

 現場的には助かります」


営業が続ける。


「説明上も、

 ここは分かりやすいです」


どちらも正しい。

どちらも、同じ箇所を指している。


なのに、

話が噛み合わない。


(同じ点を見て、

 違う距離で見てる)


言葉は通る。

意図も分かる。


ただ、

相手の立っている位置が、

 こちらから少し遠い。


ホログラムはすでに起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

全体を俯瞰する高さにある。

誰の肩越しでもない。


「これ……

 前は、

 もっと近かったよな」


独り言に近い。


一行。


《距離、拡張》


拡張。


離れたわけではない。

引き離されたわけでもない。


測り方が変わった。


昼の打ち合わせ。


同じ資料。

同じ構成。

同じ結論。


進行はスムーズだ。


「では、この方向で」


全員が頷く。


違和感はない。

問題もない。


それでも、

会議室を出たあと、

胸の奥に静かな空白が残る。


(……届いてない)


否定されたわけではない。

無視されたわけでもない。


ただ、

共有されていない。


机に戻ると、

確認依頼が数件届いている。


「この前提で合ってますよね」

「ここ、見ていただけますか」


内容は軽い。

判断も難しくない。


それでも、

返すたびに

距離が一段、増える。


(近づくほど、

 遠くなる、か)


以前は、

一緒に考えていた。


今は、

考えたものが運ばれてくる。


アークの表示を見る。


「この距離……

 埋めた方がいい?」


問いは短い。


一行。


《距離、機能》


機能。


問題ではない。

欠陥でもない。


役割として成立している。


それが、

いちばん扱いにくい。


午後、

現場で軽いトラブルが起きる。


致命的ではない。

すぐ対応できる。


だが、

報告の経路が

以前より一段増えている。


(直接来ない)


誰かが悪いわけではない。

配慮だ。


“今の位置”に

直接持ち込むのは

負担だと思われている。


(……壁じゃない。

 段差だな)


登れないほどではない。

越えられないわけでもない。


ただ、

踏み出しにくい高さ。


窓の外を見る。


人の流れが、

層になって動いている。


同じ方向。

同じ速度。


だが、

交わらない。


(距離があると、

 衝突は減る)


同時に、

摩擦も減る。


摩擦が減ると、

熱も生まれない。


(世界は……

 冷えてきてる)


ホログラムを見る。


アークは、

相変わらず一言も語らない。


だが、

表示の位置が

ほんの少し、高い。


全体は見える。

細部には触れない。


(この距離は……

 保たれてる)


近づこうと思えば、

近づける。


だが、

近づいた瞬間、

この位置は失われる。


遠ざかろうとすれば、

役割が崩れる。


距離は、

選択ではなく

状態だった。


今日は、

誰とも衝突しなかった。


誰とも深く交わらなかった。


それが、

この位置の

正確な使い心地だった。


夕方、

風が少し強くなる。


空気は動く。

だが、

温度は変わらない。


世界は、

一定の距離を保ったまま

静かに進んでいる。


その距離が、

これから

何を生み、

何を失わせるのか。


まだ、

判断する必要はなかった。


今日はただ、

距離が生まれた

という事実を

観測する。


それだけで、

十分だった。


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