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第28話:『歪み』

世界の使い心地だけが少しずつずれていく

違和感は、説明しにくい形で現れた。


数値ではない。

工程でもない。

配置ですらない。


ただ、

話が噛み合っているのに、前に進まない。


配合表を開く。


入口の数値は、問題ない。

後段の安定性も、基準を満たしている。

規定値の範囲内だ。


なのに、

頭の中で描いた流れが

途中でわずかに引っかかる。


(……続かないな)


紙の上では、

すべてが正しい。


だが、

正しさ同士の“つなぎ目”が

どこか滑らかではない。


営業用の説明資料を確認する。


入口から話す構成。

分かりやすい。

反応もいい。


一方で、

現場用の工程表を見ると、

後段の安定を前提にした手順が

自然な顔をして並んでいる。


(前提が……

 揃ってない)


どちらも間違っていない。

ただ、

前を見ている方向が違う。


後輩が、

サンプルを持ってくる。


「南条さん、

 これ、

 昨日と同じ配合ですよね?」


「そうだな」


「でも……

 作業の感覚が、

 ちょっと違う気がして」


感覚。

それが一番正確だった。


「やりにくい?」


「いえ、

 やれます。

 ただ……

 どこを意識すればいいか、

 迷います」


迷う。


失敗するわけでも、

遅れるわけでもない。


ただ、

焦点が定まらない。


(歪み始めたな)


余白に置かれた意図が、

互いに邪魔をしているわけではない。


だが、

互いを前提にしていない。


入口の意図は、

“最初に伝わること”を重視する。


後段の意図は、

“最後まで安定すること”を重視する。


どちらも、

全体を良くしようとしている。


その結果、

全体の輪郭だけが曖昧になる。


ホログラムはすでに起動している。


《稼働中》


アークの表示は、

余白の中を

行き来しているように見える。


定位置がない。


「これ……

 ズレてるよな」


独り言に近い。


一行。


《意図、非整合》


非整合。


衝突ではない。

矛盾でもない。


噛み合っていないだけ。


昼の打ち合わせ。


話は進む。

結論も出る。


「じゃあ、

 この流れで行きましょう」


誰も反対しない。

誰も異論を出さない。


それなのに、

決まったはずの内容が

頭に残らない。


(……決まった“感じ”がしない)


会議が終わると、

それぞれが

自分の理解で動き始める。


大きなズレはない。

致命的でもない。


だが、

少しずつ、

説明の言葉がずれていく。


「入口を大事に」


「いや、

 最後の印象を」


「全体としては、

 この方向で」


全員、

同じ方向を指しているつもりだ。


しかし、

指の角度が

微妙に違う。


机に戻ると、

資料の配置が

わずかに乱れている。


誰かが触ったわけではない。

揃え直すほどでもない。


だが、

揃っていないことが気になる。


(これは……

 管理の問題じゃない)


ルールを増やしても、

説明を統一しても、

解消しない。


原因は、

意図の数ではない。


意図同士の距離だ。


アークの表示を見る。


「このまま進むと……」


言いかけて、止める。


予測ではない。

警告でもない。


ただ、

位置の確認。


一行。


《歪曲、進行》


進行。


止まっていない。

だが、

加速もしていない。


静かに、

形だけが変わっている。


窓の外を見る。


雲が、

層になって重なっている。


それぞれは薄い。

光も通す。


だが、

重なり方によって、

明るさが変わる。


同じ空。

同じ雲。


なのに、

見る位置によって

印象が違う。


(世界は……

 もう一枚、

 歪んだ)


壊れてはいない。

崩れてもいない。


ただ、

元の形では使えなくなった。


余白は残っている。

意図も残っている。


だが、

その間に生まれた歪みは、

誰かが手を入れない限り

自然には戻らない。


それが、

いちばん静かな変化だった。


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